迷  走  録


一旦自分の口から飛び出してしまったコトバには責任を持たなければならない。それは既に社会に向けて発信されてしまったのである。

ましてそれが確実な記録として残る「書く」ということにおいてはなおのことである。

自分に確たる思想があるわけではないし、生き方の方向が定まっているわけでもない。だからコトバを発することは恐いし、書くことはもっと恐い。

自身で振り返ってみても矛盾に満ち満ちているので・・・。

しかし、だからといって考えることを止めるわけにはいかない。瞑想することを放棄することは出来ない。

たとえ、迷走でも良い。口から発することによって、書くことによって、多少なりとも自らを律することが出来るのだとすれば。

自らを律する意味でも「毎日更新努力」を宣言して、本コンテンツを設置した。

2000/12 0101前半 0101後半 0102前半 2001/04 2001/05 2001/06 2001/07 2001/08 2001/09 2001/10 2001/11 2001/12

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010228  懐道を行く

週2回ノルマの荻窪〜上石神井間5キロ強の徒歩帰宅を始めてから二年半。もう止めたい、膝が痛い、辛いという泣き言を別コンテンツ「零細企業の哀しい社長〜一方通行を逆走せよ」につい先日書いた。何とかこの弱気を押さえ込む方法はないものか・・・とも。

今夕も顎を出して歩きながら瞑想した。毎日同じ道を歩くから飽きて来たということもあるのだろうか、でも道筋を変えると一方通行の逆走が出来なくなるし、第一少々道筋を変えた所で真っ暗で平凡な住宅街の風景が変わるわけではない。
と思った所で、痛い膝をハッシと叩いた。「そうだ、なぜ今まで思いつかなかったのだ!」。ほんのちょっとした発想の転換である。

1950年(S25)から1965年(S40)の間に小生は6回住居を変えている。そのうち1回は短期間の品川区であるが、後の5回は全て杉並区か中野区、しかも中央線か西武新宿線の沿線なのだ。
中学の時が阿佐ヶ谷、高校に入って高円寺3丁目、社会人になって野方1丁目、新婚当時が南高円寺7丁目、娘が生まれて野方4丁目。


勿論すっかり様変わりしているので、特定できるかどうかは分からないが、いつかは昔住んでいた辺りを散策してみたいと思っていたのが果たせないでいる。なまじ現住所と近いものだから「そのうち・・・」になってしまうのだ。
幼年時代の住所を尋ねて上海まで足を運んだ小生としたことが・・・。


途中下車をすればよいのだ。南阿佐ヶ谷で降りて中央線を突っ切って鷺宮まで。そこから上石神井まで電車。
次は新中野で降りて中央線を突っ切って野方まで。その次は新高円寺で降りて中央線を突っ切って都立家政まで。


旧住居総ナメの懐かしい道があるではないか。歩行距離は現在とさして変わらないだろう。
ディメリットといえば西武新宿線に乗車する電車代が増えることだが、百円玉の世界だ。


現在の道筋は定番として置いておいて、無数にある、目的を持った途中下車コースを攻めてみよう。歯を食いしばって歩くのは定番コースだけにして、多少商店街の散策気分もアリにして、たまには立ち飲みコーヒーに寄っても許すことにして・・・。

早速来週当たりから始めよう。だって今週はノルマ達成だから、もうヤダ。
一石二鳥で本コンテンツのネタにもなるではないか。「懐道を行く」。

乞うご期待!じゃなかった。浮世の義理でお付き合い願えれば幸甚である。
こっちだって退屈しながら一時間も歩いてるんだから、一分だけガマンして読むのを付き合ってくれる位、楽なものでしょう。


010227 巣鴨刺抜き地蔵

先日ここで紹介した古西という友人から社に電話がかかって来た。
例の「江戸かさね地図」のCDお試し版が出来たということで「PRを兼ねて一枚やるから制作現場を見がてらスグ来い」。
「いまは勤務時間中じゃないか」と言うと「そんなことは分かっている。昼飯を奢るからスグ来い」。こちとら「奢る」のコトバには弱いのだ。行き先板にクライアントの名前を書いてスットンデ行った。彼のオフィスは大塚。社から30分強である。


まずは制作現場の見学。凄い。壁一面に江戸の地図と現在の地図が貼ってある。その前に十台位のパソが並び、スタッフが壁の地図とモニターの地図をチェックしながらカチャカチャと最終仕上げに余念がない。どの顔を見ても生気に溢れていて嬉しそうである。
まさに「楽しくなければ仕事じゃない!」を絵に描いたような風景である。

続いてCDROMの説明とデモ。最終商品ではないが・・・ということだが一枚貰って来た。
社に戻ってから早速試して見たが、なかなかのものである。現在の詳細地図があり、マウス
を動かすとレイヤーで江戸地図に変化して行く。やはり少し重いのと使い勝手に今一工夫が必要というのが率直な感想だが、それはこれから改良されて行くのだろう。

でもそんなことはどうでも良い。肝心なのは「奢ってくれる飯」である。ふらふらとしばらく歩いた所が「巣鴨刺抜き地蔵商店街」。
二十年来通っている病院から200〜300メートルの所だが、足を踏み入れたのは始めてである。

老舗の鰻屋で上等の鰻を奢ってくれ、美味かったがスマン。その話は割愛だ。

驚いたのは商店街の活気である。東京にもまだこんなに元気な商店街が生き残っていることにビックリした。とはいってもその活気を生み出しているのはどう若くみても75歳以上の爺さん婆さん。商店街の道路の真中で座り込んでいる爺さんを、杖をついた婆さんが「そりゃ、もうすぐそこんだからにゃ」と言って励ましている。60台半ばの我々二人が最年少である。

商店街の商品も凄い。長襦袢やステテコの類が道路にはみ出して陳列されている。後は土産物屋と食物屋に茶店に、古道具屋と間違えそうな新品道具屋。

飯を食い終わってから喫茶店を探すのに苦労したが、やっとみつけて小一時間の無駄話。
話題は高校時代の思い出から月日の立つのは早いということ。
「十年なんてあっという間だ」ということ。そして外に出たらまたぞろ爺さん婆さんの山。思わず顔を見合わせた。


「オイ、後十年だぞ。ここでお前と肩を支えあいながら、がんばれ〜と声をかけあってひょろひょろと歩いているかもだぞ」。
「その時はこの喫茶店じゃなくてあそこの団子屋からヨタヨタ出てくるのだろうな」。

何となく暗〜い気分になって「巣鴨刺抜き地蔵商店街」を後にしたのであった。


010226 深夜便

NHKの「ラジオ深夜便」はなかなか良いがその話ではない。先週木曜の夜、十時を回ってからのことである。
BBSで知り合った友人から突然電話がかかって来た。

「今、お宅の下まで来たのだが・・・」。

何事かと思って降りて行ったら、奥様と赤ちゃんを連れて車の中でニコニコと笑っている。休暇を取って千葉まで釣に行き、大漁だったとのことである。実家に行っていた奥様と赤ちゃんを迎えに行った後、釣果をわざわざ届けに来てくれたのだ。カンパチとイサキ。

確かに彼がBBSで釣のことを書くたびに「書くだけでなくたまには持って来い」のジョークは飛ばしていたし、彼らとはオフ会を通じて4−5回は会っているのである程度気心も通じてはいる。

でも彼の家は調布、決して近くはない。釣で疲れているだろうし、明日の勤務があるにもかかわらず、わざわざの深夜便である。
量もハンパじゃなく、とても我が家だけでは消費しきれない。


たまたま金曜の夜が「肉弾掲示板」の例会。ガハクの包丁さばきでカンパチの刺身とイサキの塩焼き。集まった素敵で愉快なメンバーと大騒ぎしながら食ったが、絶品だった。
考えてみればこのメンバーとの付き合いも、初回に会った時の勢いがそのまま続いてはや十数年である。


そして翌土曜の夜のことである。上記の釣師と同じBBSで知り合った女性の友人から突然電話がかかって来た。
「確かお宅はこの辺の筈だが、近くまで来ている」。


何事かと思って降りて行ったら、先の方に駐車していた車がライトを点けて合図しながら走ってきた。
車の中でご主人と一緒にニコニコと笑っている。丁度BBSでは「デコポン」のことが話題になっていたのだが、
「良いデコポンが手に入ったので・・・」ということである。


彼女等ご夫妻ともオフ会を通じて4−5回は会っているので、気心は通じている。
しかし遠路はるばる青梅からである。何のついでもないのにわざわざである。
猛妻にと言って珍しいワインと、青梅で評判が良いというチャーシューも一緒の深夜便である。


土曜の夜ということもあって、その足で行きつけのスナックにご一緒した。
スナックのママもこのBBSの仲間であり、前に一度会ったことがある。

ご夫妻ともにアルコールは一滴もダメ。ウーロン茶と日本茶だけで話が盛り上がり、二時半を回ってから青梅まで帰って行かれた。

いただきものは全て美味かった。感謝・深謝である。が、しかし・・・。

これって何なのだろうか。確かにオフ会で会っているとはいっても、それだけの話なのだ。
後はBBSで情報交換をしたり、冗談を飛ばしあっているだけの仲間たちなのだ。

何かよく分からないけど・・・。今まで自分が生活していた世界とは異空間の世界にも・・・。
スゴク大切なものが存在していて、今そのことに気が付いて・・・。スゴク貴重な拾い物をしたような・・・。

よく分からない。とにかく美味しい深夜便が、ホットな心に運ばれて来た、二夜だった。

010225 焦げ目

まずは左の写真。かれこれ半年位前、わが居室の床にタバコを落としてしばらく気づかなかった時の焦げ目である。見つかった時はスサマジカッタ。強烈な騒ぎだった。
『家燃やす気かあ』『人のこと殺す気だったのかあ』『家では一切タバコ吸うなあ』
決して家を燃やす気も人のことを殺す気もなかった、ということを理解して貰うまでに十数日を要した。

さて、先週帰宅して食卓についた時の驚きの右の写真である。
「なんだ何だ、これどうしたんだ!?」
『あ、それね。今日ディライトを使って花の撮影しててちょっとそこに置いたらそんなになっちゃった。へへへへ』

「ディライトは物凄く高熱だから気をつけろといってるだろうが!」
『そうよね、危ないわね。やっぱりディライトスタンド買わなければダメね。今度買ってくるわね。へらへらへら』

女って、いや主婦って・・・みんなこんなに厚かましいというか、ずうずうしいのだろうか。否、やっぱり我が家だけの特殊事情なのだろうな。
猛妻の猛妻たる所以なのだろうな。

010224 葱

葱はうまくない。ただの雑草である。特に焼き鳥屋の「ネギマ」というやつ。あれは詐欺以外の何物でもない。
ましてや「マクラ」というやつ。これはもう正に凶悪犯罪である。


そば屋に行くと薬味と称して必ず葱の刻んだやつがついてくる。客を舐めている。
何でそばみたいな美味いものに、不味いものを混ぜなければいけないのだ。


辛うじてすき焼きに入っている葱だけは許す。
たれを吸ってぐたぐたにへたばって、葱独特のうまくない味と香りがすっかり消えているからだ。


ところで葱といえば関東では何と言っても下仁田。
特に小生が住んでいる練馬は産地に近いというせいもあってか、八百屋でもスーパーでも下仁田葱が巾を効かせている。

さて、先日の会社の昼休みでのことである。女性社員二人が葱の話をしている。

「ネギっていえばさあ、ホレ、あのおいしいの・・・何だっけ、ほれ、アレ」。

「ああ、わかるわかる。あの群馬の、ほれ関越の先の・・・それ、え〜と、アレ」。

毎度のことながらボケの始まりの兆候を示している会話である。
その時、こっちでサンドイッチを食べている若い女性社員がアドバイスした。

「それってシモネタネギのことじゃないんですか?」

件の女性二人が異口同音に割れ鐘のような声で叫んだ。

「そ そ! そう! シモネタ!!!」

弁当を食っていた若い男性社員が

「あのお・・・ もしかしてシモニタの間違いじゃありませんか?」

とボソッとつぶやいて、赤い顔をしてうつむいた。

もしホントにシモネタネギなるものが存在するのだとしたら、ネギマだろうがマクラだろうがバリバリ食ってやるのだが。



010223 フットワーク

「こういう情報が欲しい」というとすぐパソの前に走って行く。検索をかけまくって実に的確に情報を抽出してくる。
「こういう資料が欲しい」というとパソからそれらしい資料を持っていそうな官公庁を探り出して、電話をかけまくって、要領よく資料を入手してくる。
「今年のトレンドは?」と聞いても、パソの中から巧みに評論家の意見を探り出してくる。

もちろん、今の若い人たちに関してであるが、これはこれで良いのだろう。インターネットという便利なものがあるのだから、利用しない手はない。かなり存在する老化人間のようにパソを頭から否定して、頑なにソッポを向く必要はさらさらない。

しかし、基本というヤツが全く失われても良いものだろうか?

情報にしても資料にしても、小手先や頭でひねり出すものではない。大もとの情報や資料を作成した人間は、歩いて歩いて、歩きまくって、フットワークで作っているのだ。

人が苦労してフットワークから生み出したものを、モニターからちょちょいと出してプリントアウトする。悪いと言っているのではない。それだけで良いのだろうかという疑問を呈しているのだ。

まして「今のトレンドは?」と聞かれた時に、パソの前に走って行くという神経は信じられない。なぜ自分の目でみないのか、なぜ自分の耳で聞こうとしないのか、なぜ自分の五感を駆使して確かめようとしないのか。そのためにはまず「足」だろう。
まさに「書を捨てよ、街に出よう」の精神だ。

「レポートは足で書け。手や頭で書くな」と常々言っているのだが、そういう自分が時代遅れなのだろうか。

確かに時代という奴は着実に変わっている。小生が就職した1955(S30)年にはまだ電話の普及率が高くなかった。丁度今のパソの普及率位だったのではないだろうか。

その時の日本電信電話公社のキャッチフレーズが『テクテク行くより、モシモシ電話』。

「どうだ!今のNTTのお偉いさんだって殆ど知らないだろう」なんてことを威張っても仕方がないが、さしずめ今の世の中、

「バタバタ走るな、かちかちネット」ということなのだろうか。

010222 歌舞伎町

終戦直後、新宿の有力者が空襲で焼けた歌舞伎座をこの地に誘致・再建しようとして、いちはやく町名を歌舞伎町としたそうだ。その努力も空しく、結局歌舞伎座は元の跡地、築地に再建されてしまい、町名だけが残ってしまったということである。

社への通勤経路であるため、原則として朝・夕の二回通過する。

朝は9時30分位。西武新宿駅で下車した通勤客が靖国通り方面へとごった返して急ぐ。小生は裏道の路地の方向へ。比較的規模の大きなパチンコ屋が2店あり、両方とも開店待ちの長蛇の列。列といっても立って並んでいるわけではなく、寝そべっているか座り込んでいるか。

座布団持参から寝袋持参まで用意周到であるが、客層は若いやくざ風かフリーター風か学生風。その中に2〜3人であるが、背広にネクタイの明らかにサラリーマン風が混じっているのがどうもよく分からない。

路地を通り抜けてから靖国通りに出ると、今度はサラ金のティッシュ配りの行列、コマメに手を出していけば軽く10ケは集まる。これからの花粉症シーズン、有難い。

道を急ぐサラリーマンにとって邪魔なのが前夜からの居残り族。一様に生気のない眠そうな顔をしてフラフラと歩いているというか座っているというか。朝っぱらから公衆の面前でケシカラヌ振る舞いに及んでいるアベックも散見される。

夕方は6時30分位。歌舞伎町の活動開始の時間である。活気が街全体を包み始める。真っ黒に塗りたくったギャル達が、曲芸のような高い靴を履いてキャーキャー言いながら我が物顔に道路を占拠している。そのギャルの合間を縫うように、茶髪のお兄ちゃん達がせわしなく歩いている。

裏道に入ると呼び込みのラッシュである。十年一日の如くのマンネリであるが、いつ聞いても楽しい呼び込みもある。
「さあさあ、どうぞお入りください。明るく楽しくイヤラシク・・・」ってどういうことなのだろうか。

歌舞伎町というと「怖い街」の代名詞のように言われているし、事実「街のイメージ調査」によっても常に「怖い街」の上位にランクされている。確かに新聞に報道されるような事件も多い。しかし「住めば都」とやら。小生にとっての歌舞伎町は池袋や渋谷よりは遥かに安全で心休まる街である。ご贔屓の安くて美味い食物屋も何軒かある。

歌舞伎町が小生に害を為すのはただひとつ。帰途ふらふらと映画街の方へ迷い込むと開幕をつげるベルがブルブルと鳴っていること。

シニア料金千円。ついふらふらと誘い込まれてしまうのである。


010221  変な友人

高校時代に変な友人がいた。かれこれ十五年ほど前に変なことから四十年振りの再会を果たしたがやはり変だった。クリエイティブの会社を経営しているが、再会当時はしょっちゅう小生の会社まで押しかけて来て迷惑した。勤務時間中だろうが何だろうが「碁を一局」と所望するのだ。最近は自分の腕前に愛想を尽かしたとみえ、それがなくなったために年に一〜二度会うか会わないか程度の付き合いである。

今日突然、興奮して社まで押しかけてきた。高校時代に変だったヤツはこの歳になってもやっぱり変だ。

本業以外であるが、彼がここ五〜六年夢中になって研究していることは知っていた。一枚のCD−ROM。現在の地図が書かれている。クリックすると江戸古地図にオーバーラップするのだ。例えば現在のわが社の位置が江戸時代の誰の屋敷跡であったか、我が家の位置がいかに由緒正しきやんごとなきお方の住まいであったか、それがどういう姿・形で広がっていたかということがひと目でわかるのだ。
池波正太郎の食の世界ともリンクするのだ。


いよいよ完成間近につき販売戦略のお知恵拝借というのが訪問主旨であるが、なかなか素晴らしい。私財をスッテンテンになるまで注ぎ込んだという話だが、彼の話だから半分で聞いたとしても、確かに大変な投資だと思う。とにかく興味惹かれる素晴らしい作品である。

近々彼の許可を得て、出来ればそのほんの一部をわがHPで紹介させて頂きたいと思うので、もし興味のある方がいれば小生までご連絡を・・・と変なダチの作品のPRに一役買わせて貰う。

目下プリサーベイで販路開拓中とのことだが、文化・教育・歴史関係にだけ焦点を絞っていた所、不動産業者からの問い合わせが多くてビックリしているそうだ。

なるほど。わが社の斜め前の広大な空き地に、二十数階建てを建設するのでよろしくご協力のほどを、という回覧が一年程前に回って来た。そして間もなく整地作業が始まった。
今は完全に凍結している。文化遺産が発掘されたということで、時々調査団が来て、ちんたらちんたら掘り返しをしている。
彼らはいつ見ても、弁当を食っている。

土地を買った不動産業者は切歯扼腕して泣いていることだろう。


010220 お詫び

先日の「胃カメラ」。反省しています。
優れて格調高いとお褒めのお言葉を頂戴している本コンテンツには誠に不似合いでした。
読んで頂いている各位、特にご婦人方に対しては伏してお詫び申し上げます。

案の定というか、恐れていたことというか、以前にもここにご紹介した京都の先輩から痛烈なお叱りのメールを頂戴しました。
その先輩は、毎月ガハクのアトリエの「肉弾掲示板」に集ううら若い女性の父君でもあるのです。
“娘の友人として許しがたい”というお怒り、ご尤もです。再度、心の底からお詫び申し上げます。


人間には品性というものがある

おっしゃる通りです。私としたことが全く不覚でした。
その先輩も胃カメラのお世話になっているそうです。そしてその先輩も女性技師なのだそうです。でも彼の場合には

『両手を自分の太股にしっかりと添えてじっとしていた』。

のだそうです。強烈にののしられました。


『恥ずかしい。年齢を考えなさい』。

一言もありません。以後心して、本コンテンツの格調維持に努力します。でもひとつだけ・・・。
先輩の最後のフレーズだけが、理解不能です。どういう意味なのでしょうか?


次の検査の時には是非貴方の病院を紹介して下さい


010219 支持率ヒトケタ

ついに支持率が10%を割った。「支持率って何だ、今週のヒットチャートか?」という疑問がないわけではないが、それをいうと本日の論旨から外れてしまう。またの機会にする。

さて、以前に“新聞のコラム欄が好きだ”ということを書いたが、「産経抄」は異色である。実に旗幟鮮明なのだ。バッサリと斬る。「あっちも分かるがこっちも分かる」というような論旨にはお目にかかったことがない。常に自らの立場を明確にした視点からのコラムとなっている。

古い話になるがあれは60年安保の時、例えば三大紙のトップに揃って「国会に三万人デモ」の見出しが躍った時も、産経だけは「国会に十万人(警視庁発表三万人)」と報道した。三大紙が頑なに「報道の客観性(?)」に固執している中にあって、産経だけが完全に労働者側の視点からの報道姿勢を貫き、当時労働運動をしていた我々の喝采を浴びたのだった。
「産経抄」を読むたびに思うのだが、もしかしてこの筆者は、あの60年安保の時の最前線記者の生き残りではないのだろうか。

010216に「誰かの擁護」と題して、小生の感じたことをここに書いたが、同日付の「産経抄」を今日読んだ。

〔世論は“森たたき”だが、そういう世間の俗論に反対するのが産経抄のあり方ではないか〕という趣旨のファクスやメールが沢山届いたそうだ。すなわち小生がここに書いたタイトルのように「総理といえどもプライバシーはある。擁護の立場があってもいいではないか」ということなのだろう。

筆者は激しい筆勢で「お答えします」と書いている。
「小欄が取り上げるテーマは、世論の潮流や風向きとは特に関係ありません。是は是、非は非ただそれだけが尺度です」。
そして今回の出来事そのものについてはこう結んでいる。

「繰り返しますが、小欄は森さんの中傷や非難を書いているのではない、一国の宰相へ諫言を申し上げているのです」。

当然、文体の迫力や論旨の明快さという点でレベルが違うが、言っていること自体は小生が書いたことと全く同じ。わが愛読する「産経抄」の筆者の文章であるだけに嬉しくなった。

「一杯奢りましょう」 といって誘いに行っても断られるだろうな。


010218 スノータイヤ

我輩はスノータイヤである。先代に続いて二代目として昨年十二月に赴任して来た。大枚八万円也である。

先代は凄かった。関東・東北・北陸・中部一円の雪道をガンガンと走った。運転手が元気だった。やれスキーだ、やれ野天風呂だといって、冬になるとハシャギまくっていたのだ。雪道だけで三千キロは走っただろう。ついに一昨年、北温泉に行く山道の途次で空転してしまい、スノータイヤでありながらチェーンのお世話になるという醜態を晒してお払い箱になってしまったのだ。

ということで我輩が新規に赴任してきた次第である。とりあえずは十二月に二回と一月に一回の計三回、野天風呂に行く筈だった。一回目は、運転手が急遽仕事の都合でということで中止になってしまったが、これは止むを得ない。しかし二回目の中止は「膝が痛い」が理由だったのだ。ウソをつけ、この横着者が。第一膝が痛ければこその温泉だろうが。

そして三回目は・・・何と運転手が「今日は寒いから止めた」といって中止してしまったのだ。寒いから止めるヤツが何でスノータイヤなのだ。ッタクもう。

やはり人間、年を取るとこんなにもダメになるのか。我輩はバリバリの現役なのだ。ああ、雪を蹴立てて走りたい。

毎日々々がコンクリートの上、文字通り身が擦り減る思いをしている。


010217 胃カメラ

胃壁の丁度カーブしているあたり、もっとも癌が発生しやすい部位とやらに小指の先大のポリープが出来てから約十年。手術でバッサリ取る手もあるそうだが「悪性ではないので三ヶ月ごとに胃カメラで監視という条件なら薬で抑える手も・・・」との医師の勧告。
別に手術なんて全く、全然コワクないが、柔肌にメスを入れられるのは困る。間でチョクチョクさぼってはいるが今日が胃カメラの日。


「十年間大丈夫ということは三ヶ月置きでなくても・・・」と医師に勧告してみたが、例によって「薬で抑えてやっているのだ」。
でもその他にも心臓・十二指腸潰瘍を始め六種類の薬を朝・昼・晩と服んだのでは飯が入らん。ホントは薬もチョクチョクさぼっているのだ。「薬で抑えてやっているのだ」なんて、よくいうよ。

胃カメラで唯一の救いは二年前から技師が替ったこと。以前の青年技師はブッキラボウで非情で乱暴だった。ところが二年前からモノスゴク可憐で美人で優しいお姉さん技師になったのだ。胃カメラが楽しみとは言わないが、サボリの回数は少なくなった。

台に横たわる。「は〜い、ではカメラが入りますよ〜。力を抜いてねえ〜」。
横にある棒を手でぐっと握る。二の腕に彼女の太ももがのしかかって来る。マ、ここまでは満員電車でも経験できる。

「は〜い、入りましたよ〜。写真を撮りますから息を止めてね〜」。

「ウギュ・グ・グェッ」と呻いて、右手で彼女の内股をハッシと掴む。満員電車では絶対に無理だ。でも彼女は怒らない。
「あ〜ら、苦しいですか〜。ゴメンね〜。さあ、今度は十二指腸の方へ行きますよ〜。も少し奥に行きますからねえ〜」。


「ギョヘ!ゴボッ!」と目に涙をためて、今度は右手で彼女の右胸をムンズと掴む。
満員電車なら完全に警察ものだが、彼女は怒らない。


「は〜い、苦しいよね〜。力を抜いてね〜」と言って、右手の小生の手を静かに握って引き離し、今度は自分の左胸の方へと誘導してくれる。

「グフッ!ギョベッ!グフフフーッ」。 
「は〜い、終わりました。カメラは食道を通って静かに出て来ま〜す」と、まるでバスガイドである。 


ここまで空想というか妄想を逞しくした所で、胃カメラの検査は終わった。

現実には絶対に無理な話としてもこの位美貌の技師で、この位妄想をかきたてさせてくれるなら、検査の時間はも少し長くてもよろしい。


010216 誰かの擁護

どこかの国の総理がメチャクチャに叩かれている。国の非常事態が勃発したにもかかわらず、悠々とゴルフを続けていたと。しかも藪から蛇が出てそのゴルフ場の会員権がモグリの贈与だったことまでがバレテしまった。

例によってマスコミは大ハッスル。ゴール前50メートルの騎手のような物凄い形相で鞭を揮っている。

しかしオレだったらどうだろう。ゴルフをやっている所に緊急連絡が入ったとしよう。しかもその緊急連絡は情報が不確かで次の情報を待たなければならないのだ。
慌てて社に飛んで帰ったとしても、当面は手の打ちようが無く、次の情報を待つだけなのだ。
それならイライラしながら社長室で座って待つよりは、プレーを続けながら待った方が気が紛れるし、楽しみを中断することもない。


贈与にしてもそうだ。今日まで契約のアルバイトがいたとする。彼が昼休みに零細企業の社長に弁当を買って来てオゴッテくれたとしよう。そして「今日までの契約ですが、どうしてももう少しお金が欲しいし、明日はやることもないのです。明日までお願いします」といわれれば、多分タダメシを食いながら「アアいいよ」というだろう。痛むのは会社の懐であって自分の懐ではないし、そのことによって今日の昼飯代が浮いたのだから・・・。

はなはだスケールの小さい話で恐縮だが、マ、一国の総理と零細企業の社長ではこの位のスケールの差は当然である。
多かれ少なかれ、スケールの大小はあれ、あり得ることだ。こんなことで零細企業の社長がいちいちマスコミに叩かれたのでは適わないし、利益追求法人である零細企業の社長の場合は、この程度のことは、ホントは許されてはいけないが、まあ許されても良い・・・カモシレナイ。

ゴルフ場の彼だって、このスケールが大きいというだけの話。あの判断自体はあり得ることであるし、彼個人を尺度に考えた場合には悪と決め付けるのは可愛そうだ。

ただし、彼はひとつだけ決定的な間違いを犯した。総理になったことだ。否、自己の利益ではなく国益を追求することが任務である議員に立候補し、当選してしまったことだ。

議員になった時に、極端な言い方をすれば二十四時間、「個人としての尺度」には隠れられないこと、不自由極まりない身になったということ、常に自己犠牲と同居しているのだ、ということを自覚すべきであるし、その覚悟がないならば、議員に、ましてや総理などになるべきではなかったのだ。議員には、何事もなく、完全なプライベートな時間以外に「私個人」はないのだ。 

スケールは比較にならないほど小さいにしても、零細企業の社長だって、ある程度の自覚と覚悟は持っている。あなたは一国の総理ではないか。

それにしても誰かさんも早まったものだ。後三ヶ月遅く、今この時期に反旗を翻せばマスコミが大騒ぎで後押しをして、国民が付和雷同して、簡単に総理の椅子を奪えただろうに。

ま、同じようなことのくり返しが起きるだけのことだろうが。