迷  走  録


一旦自分の口から飛び出してしまったコトバには責任を持たなければならない。それは既に社会に向けて発信されてしまったのである。

ましてそれが確実な記録として残る「書く」ということにおいてはなおのことである。

自分に確たる思想があるわけではないし、生き方の方向が定まっているわけでもない。だからコトバを発することは恐いし、書くことはもっと恐い。

自身で振り返ってみても矛盾に満ち満ちているので・・・。

しかし、だからといって考えることを止めるわけにはいかない。瞑想することを放棄することは出来ない。

たとえ、迷走でも良い。口から発することによって、書くことによって、多少なりとも自らを律することが出来るのだとすれば。

自らを律する意味でも「毎日更新努力」を宣言して、本コンテンツを設置した。    

                                                                       2000年 12月 1日

2000/12 0101前半 0101後半 0102前半 0102後半 0103前半 0103後半 0104前半 0104後半 0105前半 00105後半 0106前半 2001/11 2001/12
レジメ

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010630  女はラッシュに乗るな!

昨日のこと、例によって上石神井駅から超満員の急行に乗車したが押されているうちに吊革にありつけた。その時、丁度前に座って熟睡していた爺さんがハッと目を覚まして飛び出して行った。僅か二十分の乗車であるが、長年の通勤生活で初めての座席確保である。

ラッキーッとは叫ばなかったが急いで座った。押し出されて今オレがありついた吊革にいかにも高慢ちきそうな、バストの高さが一メートル位ありそうなミニスカの若い美女がぶら下がった。隣は今座ったオレの方をうらやましそうな顔で眺めた貧相な顔のオヤジである。

電車が乱暴に発車した途端に、オヤジの肘がバカ高いバストにちょっと触れた。その美女はそれはそれは物凄い形相で、オヤジの方をキッとばかりに睨みつけた。オヤジは気が付かない。  

そのオヤジは右手で吊革に掴まり、左手には柔らかいズック袋のようなものをぶら下げている。次に電車が揺れた時に、今度はそのズック袋が美女の尻に触れた。

オレの位置からは目の前なので良く見えるが、美女は後のことなので見えていない。手で撫でられたと思ったのだろう。それはそれはそれは先刻の十倍位物凄い顔をして貧相なオヤジを睨みつけたのみならず、手で尻のあたりをサッと払った。

今度はオヤジも気づいて、バツの悪そうな顔をしてズック袋を持っていた手も吊革に伸ばし、両手でぶらさがるポーズをとった。丁度顔の前をズック袋がぶらぶらし、何とも不自然で珍妙な格好である。あまり気の毒なので「お持ちしましょう」といって、遠慮する彼から奪い取るようにしてズック袋を持ってやった。

彼は終点に着くまで、直立不動、ホールドアップのような苦しそうな姿勢で吊革にぶら下がっていた。

かくいうオレだってこういう少し楽しい、でも滅茶苦茶腹の立つ被害にあったことが数度ならずある。何とかして欲しい。

実験的に深夜には女性専用車両を走らせている路線があるが、ラッシュにはとても無理だ。しかしせめて各車両に神経質女性ボックスなる箱を置いて、男を見たら痴漢と思う女性はその箱の中にギュウギュウ詰めにしてやれば良いのだ。そうでないエリアに乗ってくる女性は多少バストを突付かれても、多少尻をこすられても、ガマンするだけの覚悟をしてから乗ってこい。

少なくともオレの場合、そうなったからといってわざと揉んだり摩ったりなんていうことは絶対に、多分しない。


010629  商業モラル

話を分かりやすくするために、オーダーメード専門の紳士服テーラーだとしよう。一昔前まではまとめて百万円などというオーダーも珍しくはなかったが、何分にも現下の不況であり、そんな受注は年に4−5本あるかないかだ。

客の選り好みはしていられないので最近は五万・六万、いや例え三万のオーダーであっても極力受けるようにしている。しかしこの辺のオーダー客に限って、あまり質が良いとはいえない。出来上がってから瑕疵でもないところをオーバーに騒ぎ立てて瑕疵だと主張する。三万のものを二万八千円にしろという。それでなければ引き取らないという。そんなこといったってオーダーメードで出来上がってしまっているのだ。

昔なら「そうですか」と言って、出来上がった商品を捨ててしまうと言って逆襲に出るのだが、そうはいかないのが現今の辛さである。泣く泣く二万八千円を受け取り、次回からはそのお客様のオーダーを受けないようにするしか手がない。

先日来店のお客様のオーダーは、見積もったところ十三万五千円になった。まあまあのオーダーである。ところが「十三万四千円しか予算がない」とおっしゃる。最初からそう言ってくれれば、それなりの生地で見積を立てたのに、偵察見積を取って、材料も仕様も決まってからの交渉であるし、一旦十三万五千円で見積もったものを、材質を落としたり、手抜きをしたりでの調整は絶対にしないのが当店の方針である。

技術者に相談したら、彼もこの際喉から手がでるほど仕事が欲しという事情が分かっているし、十万を越える仕事ともなるとなおのことだから「何とかしましょう」と言ってくれた。

再度の交渉と紆余曲折があって、結局最終的には多少の材質変更を条件に十三万三千円で話がついた。
と思ったら、数日前に 「他の店に見積を頼んだら十三万円といわれたので、そちらに頼みたい。でももしお宅がこの値段で受けてくれるのだったらお宅の方にお願いしたいのだが・・・」 と技術者に直接電話があった。

技術者が小生の所に相談に来て 「あとたったの三千円のことだからOKを出します。 サービス残業をしてでも頑張りますから」 というので断固として言った。 「当店はバナナの叩き売りをやっているわけではない!断れ!」と。

技術者が恨めしそうな顔をして 「出来上がってから値切られるよりはタチがいいでしょう。利益が全く出ないというわけではないし、この際受けておいた方が・・・」 と言ってくれた。気持は嬉しい。でも返事は 「毅然として断れ!」。

毅然として断った技術者の所へ今日顧客から再度の電話があった。技術者がにこにこしながら報告に来た。
「いろいろ検討したが十三万三千円で結構です。お宅にお願いしたいと思います」とのことだった。
全くせこいというか汚い世の中になった。このまま放置すると商業モラルなんていうものは跡形もなく吹っ飛んでしまう。

契約書を交わすことを条件に「吹っ飛んで行け」といったら、技術者が顧客の所に吹っ飛んで行って、契約書片手ににこにこして戻って来た。喉から出た手でしっかりとサインをした。


010628  目線

自分の文章に対しては完全なナルシストないしはフェチである。悪いこととは思っていないが、かなりの変態ではある。
例えば本コンテンツなども、ネタさえあれば十五〜二十分で書くが、推敲と細部の訂正に同じ位の時間をかけているし、一字の誤字誤植もないように心がけている。

もっともこれだけ書きまくっていると、心がけてはいてもアッと驚くような誤字誤植もある。それでもたまには読み返して、例えそれが三ヶ月も前のものであっても訂正している。

HP上にアップしてから再度見直すが、右端が揃わないのも気に食わない。最近では右端を揃えるために、不本意ではあっても余計な修飾語を入れて引き伸ばしたり、逆に不本意ではあっても句読点を省略する、かなを漢字に直して短くつめる等の作業にも結構時間をかけている。

もし親切な方がいらして、誤字誤植を見つけられた場合は是非御指摘願いたい。独擅場(独壇場)、一所懸命(一生懸命)等、こだわっているために現代の慣用にそぐわないものもあるが、明らかな誤字誤植、無知によるもの、あるいはケアレスミス・変換ミス等に関するものはただちに修正させていただく。

読み返してみてくだらないものも多いが、愛着一入の原稿もかなりある。
トップページからリンクさせている「目線」などはその最たるものであるが、何度か書いたようにこれは昨年初、百万円懸賞小説に応募して最終ノミネートまで通過した作品である。

結局は落選してアタマに来たので、今年の正月に本HPにハリツケたものであるが、いくら短編とはいえ原稿用紙五十枚(二万字)などというのはモニターでは読めたものではないということは十分承知の上で、ただ可愛いからハリツケタだけである。

この「目線」。昨年ノミネートされた時は百万円のオコボレ頂戴で友人達が大騒ぎしてくれた。みんなが「面白い、大丈夫、百万円だ」と言ってくれた。もっとも逆の立場なら小生でもそう言う。

でも数人は本気で褒めてくれて長文の批評文をくれたり「家宝にはしないが保存しておきたいので自家製本を寄越せ」といってくれた。

そのうちの三人の友人から今年の初め
「日航が機内誌用の海外旅行をテーマとした懸賞エッセイを募集している。焼き直して応募してみたらどうか」
と言って募集要項を送ってくれた。

そのうちそのうちと思っているうちに、〆切の6月30日が目の前だ。制限は原稿用紙五枚。ということは五十枚の十分の一。
悪い癖の特技を発揮して昨夜は久々のカンテツである。 


五十枚を五枚に縮めるのは壮烈に苦しかったが、今朝速達で投函した。
入選の場合の賞品はJAL機内誌への掲載と、世界のお好きな国(と言っても制限はあるだろうが)への往復航空券。


どうせダメだろうが何しろナルシスト。
このままお蔵入りで再度の燃えるゴミは哀しいし、別コンテンツ「零細企業の哀しい社長」に丁度良い長さなのでハリツケた。


HPはあくまでも自分のためのものと自制して、滅多に「読んでください」とおねだりはしないように心がけている。
「読んでください」。

                                            強制連行   じゃあ読んでやる   それでも読まない

010627  日々是好日

九時起床、昔と違って目覚ましに叩き起こされないさわやかな目覚めである。
昨夜はスナックから帰宅したのが午前三時前、まだ何とはなしに心地良い酔いが残っている。今日も良い天気だ。

ザックを背負い、デジビデを片手に近所の公園を散策。子供達や野良猫や池面にレンズを向ける。
ぶらりぶらりと隣駅まで歩いて、ドトールで目覚めのコーヒーをラージサイズで一杯。

さて、ここからはわき目もふらずにジムまでの三キロほどの道のりを速歩である。汗をかいた体にプールの水が心地よい。
ノルマの水中激歩を二キロと六分間のサウナ。

ザックにつめた着替えでサッパリしたところでイタリアンレストランでジョッキ一杯のビールとスパゲティの昼食。

タクシーを捉まえて一旦帰宅、一時間ほどの午睡を楽しむ。昨日は水上温泉まで関越を飛ばして日帰り入浴のドライブで、赤城のうまい蕎麦屋で遅い夕食を取って九時前に帰宅して、それからスナックに出掛けた。

一昨日の夕食も友人と一緒の外食だったので、今日は家で夕飯を食おう。とすれば今日は新宿まで出掛けて映画でも見てくるか。
面白いかどうか分からないが、シニア料金は千円。つまらなければすぐに出て、他の映画を探せばよい。七時前には帰れるだろう。


明日も天気は良さそうである。日課はさぼって久しぶりに朝から競馬場を楽しむ予定だ。
そして明後日は一昨日約束した友人と一緒に浅草まで出かけてストリップ見学だ。
そうそう後四日しかない。今月末6月31日からのヨーロッパ旅行の準備もそろそろ始めなければなるまい。

こういう「毎日」を夢見て久しい。もうすぐ、もう少しと思っているのだが、そのもうちょっとがなかなか来てくれない。
小生の中高時代の友人で大企業勤めをまっとうした連中の殆どがすでにこういう毎日に突入しているというのに・・・。
仮にいま、こういう事態が与えられたとしても、とてもじゃないがこういう毎日には経済が追いついていかない。


零細企業の社長の人生を、自分の意志で選んだのだから自業自得といわれればそれまでなのだが。
ああ、でも喉から手が出るほどこういう毎日が欲しい。

ええい、面倒だ。いっそのこと電車にでも体当たりしたら、一瞬にして日々是好日の世界に飛び込めるなと、発作的にというか理論的には考えることもある。でもそれでは多勢の人に迷惑をかけることになるだろうし、第一、イテーだろうなあ。


010626  エスカレータの快談

空港を初めとして長距離歩行のための「動く歩道」というヤツがある。少しゆったりと二人が並べるが左側はのんびりと立っている人。右側は急ぐ人が歩くスペースとルールが決まっているようだが、空港での目的の搭乗ゲートまでが延々と長い時など確かに合理的だ。

ところが最近ではこの習慣が駅やデパートのエスカレータでも常識となっているのだ。どのエスカレータも大体二人が並んで立てるほどのスペースであるが、その左側の列の人はエスカレータをエスカレータとして利用しておとなしく立っている。しかし右側の列の人は足を動かして忙しく上がって行ったり、中には駆け上がって行ったりする人で占拠されている。

うっかり右の列で立ち止まっていようものなら、後から聞こえよがしの舌打ちが聞こえてきたり、ひどい場合には押されて横をすり抜けられたりするのだ。「あんたはエスカレータ利用のマナーも知らんのか。空港を利用したこともないのか」という叫びが聞こえてきそうである。

極端な場合にはエスカレータの右側がガラガラであるのに、大人しく乗りたい人たちで左側だけが延々と並んでいるという光景を目にすることもあるし、その中に体の不自由な人やお年よりの姿を見かけた時には何のためのエスカレータなのだと思う。

確かに最近出来た地下鉄のように、五階まで、六階までという高さのエスカレータの場合にはそれも分からなくはないし、その場合には利用者がその時の状況を判断して譲り合えばよいと思う。

しかしデパートのエスカレータでさえが、駅にしても僅か十数段のエスカレータですらが、誰が作ったかわからないこの暗黙のルールに従っているというのはどういうことだろうか。

そこでつい先日の地下鉄銀座駅のエスカレータで見かけた張り紙が登場するわけであるが、思わず快哉を叫んだのだ。エスカレータ横の壁にB全版くらいの張り紙があって大書してあった。

「エスカレータは歩いてのぼらないようにお願いします。先日もケガをした方が出ました。エスカレータは歩くようには設計されていません。お急ぎの方は階段をご利用願います」。

少々長文なのでエスカレータが通過する間に一度に読めないのが難点だが、二枚貼ってあるので要領よく半分ずつ読んでいけば十数段のエスカレータを上るうちに読了できる。本来なら写真ネタに使いたかったのだが、やはり終日超混雑の銀座駅ではムリだ。

しかしこの張り紙があるのは地下鉄銀座駅だけである。ケガ人が出たのだったらなぜ全駅に徹底しないのだろうか。まさか天下の銀座駅のエスカレータだけがボロイ設計なんていうことはあり得ないはずだ。

別に「オカミがルールを作れ」「オカミの作ったルールに従おう」などと言う気はないが、車のパッシングにしてもハザードランプの使い方にしても、何時の間にか何となくルールみたいなものが出来てそれが勝手に解釈されているということが多すぎるような気がする。

文字通り「ケガのもと」だと思うのだが。



010625  型破りとルール

巷間伝えられるところのこの話はかなり脚色されていて、実際にはこういうことではなかったそうだが、とにかく良い話なので巷間伝説のままを書く。

一九五九(S34)年の西鉄・大毎戦。西鉄の監督三原脩が判定を巡って二出川審判に猛烈に抗議をした。そして叫んだ。「ルールブックを持って来い!」。
二出川審判が怒鳴り返した。「俺がルールブックだ!」。

スゴク良い話ではないか。グランドにルールブックを持って来いと言うほうも言うほうだし、型破りである。しかし俺が本だと怒鳴り返すほうも、負けず劣らず型破りである。

型破り大いに結構。拍手であるし、この型破りは気持が良い。なぜってお互い怒鳴りあいをしているとしても、その根底には「ルール」を守ろうという共通認識のもとでの怒鳴りあいなのだから。

型破りな総理と型破りな組閣人事によって、政治が俄然分かりやすくなったし、見えやすくなってきた。大いに結構なことである。しかし、型破りということはルールを無視して良いということではないし、ましてやルールを踏みにじって良いというものではない。あくまでもルールという枠の中で、型を破る努力があってこそ魅力があるのであり声援を送りたくなるのだ。

今回の田中外相を巡る騒ぎは、どこからどう考えても外相の側に非があると思う。例え不勉強を見抜かれて嵌められたにしても、行政府の然るべき立場にいる人間が、立法府の人間に対して指図に近い言を弄するなどということは、素人の小生から見ても明らかに非常識であり、あってはならないことだと思う。

一応陳謝ということであるが、陳謝で済む問題ではないだろうし、大揉めに揉めそうな雲行である。今のところ小泉首相は擁護の姿勢を取っているようだが、むしろ外から指摘される前にただちにレッドカード、百歩譲歩してもイエローカードを出すべきではなかったろうか。

しかし政党やマスコミがそういう論旨を表明すると、物凄い電話・FAX攻勢を浴びるのだ。彼女がやろうとしている、やりつつあることが、確かに共感を呼ぶことも多くエールを送りたいことも多いために、彼女が大衆のどでかい人気と票田を背負っているからだ。

しかしながら彼女はルールもルール、大元の「憲法」を無視する暴挙に出たのだ。彼女がよく一部の新聞で叩かれているように「不勉強すぎる」としても、仮にも国を背負って立つメンバーの一員なのである。
「三権分立への侵犯になるとは思いませんでした」で済まされる問題ではない。


ものを言う前に考えて欲しい。感情的に、反射的にものを言うのを止めて欲しい。貴女のやろうとしている諸々のことは、是非やって欲しいことも多いのだから。

しかし我々の側も、貴女のことを「イジメにあって可哀想」とか、「型破りでカッコ良くて面白い」とか、そういう次元で評価することを止める必要がある。

* ところで一昨日の小生の都議選予想は見事にハズレ!! 日本も見捨てたものではないということか。
  それとも衆愚はこのバカ一人だけということか。 そもそもバカがこんな難しいこと考えてはイカン。明日からはまたバカを書く。
 


       

010624  猛妻が大変

 猛妻が一人で写真を見ながらニヤニヤしている。
 「何を見ているのだ」と言って側に行ったら「可愛い〜。可愛いでしょ」だと。
 
 タイヘンだ。ついに幼児ポルノの世界に嵌ったのか。

「でもねえ、こういうのってなかなかシャッターチャンスがないのよね」

当り前だ。でもそのうち男子トイレの盗撮でも始められて掴まったらエライことだ。
  仕方がない。モデルになってやるか。

 皆さん、来週あたりの写真アップ。
乞、ご期待だ。


010623  都議選

明日は都議選である。参院選を控えての予備選挙と位置付けられているため全国的に注目されるだろう。でも果たしてそうだろうか?

明後日に参院選が行われるならともかく、一ヶ月先の参院選を占えるなどとは、少なくとも小生の場合には考えていない。明日は明日の風が吹く。所詮われわれの多くは政治にはあまり関心がないし、政治のことには精通していないのだ。

今は単なる政治がお祭ブームなのだ。かくいう小生もミーハーの最たるもの、早速「小泉内閣メールマガジン」に登録して、今までにアップされたもの全てを精読した。

リライターがいるのかどうか知らないが(多分いるのだろう)面白いし、精読に足るだけの読み応えはある。それよりも何よりも、とにかくわれわれに政治が見えるようになった。このことは声を大にして評価しなければなるまい。

しかしそのことと「政治が分かる」ということを混同してはいけない。われわれは、こと政治に関しては、今を去ること二千四百年前にソクラテスが喝破した、ピラミッドの底辺、ステーツ・オブ・ピッグス(豚の国家)の階層の人間なのだ。われわれが持っている選挙権などは所詮、ソクラテスがいうところの「衆愚政治」に過ぎないということを自覚すべきである。

明日の選挙で自民党が大勝利を収めれば驚くかもしれない。しかし伸び悩んだとしてもそれほど驚かないし、惨敗という事態があったとしても腰は抜かさない。

今の小泉・田中「人気」は、「自民党」とは無関係の所で踊っているような気がしてならない。否、むしろ「自民党が小泉・田中をイジメている。う〜ぬ、ニックキ自民党」という無定見票が自民党離れを促進したとしても、それは不思議なことでもなんでもない。

それはともかく、本日はヤケに逆説ないしは自虐的なことを書いたが、勿論選挙には行く。過去四十四年間、不在投票を含めて投票をしなかったということは一度もない。

ただ若い頃にイキがって、二・三度白票を投じに行ったことはある。今となっては、選択の機会に選択しなかったということは、正しい選択ではなかったと反省している。

「どう投票したって世の中変わるわけじゃないよ。棄権、棄権」 と言って胸を張るような不逞の輩にだけは落ちぶれたくない。
女性に選挙権を得るために戦って獄死した先達のいるという事実を、この不逞の輩どもはどう受け止めているのだろうか。

「豚の国家」の一員でも結構。でも明日は庶民ではなく、行動する一市民になるのだ。
豚だって吠えるのだぞ。ぶーぶ〜。


010622 現代医学

不整脈/十二指腸潰瘍/胃壁ポリープ/高r-gtp/高コレステロール/高中性脂肪/高尿酸値/高ナトリウム。

それぞれ若干の出入りがあるとはいうもののここ十数年来のお付き合いで、サボリはするが原則として三ヶ月に一回の胃カメラ、サボリはするが六種類の薬を一日三回ずつ。

とてもじゃないが自分では信じられない。何度もいうが風邪ひとつひくでなし、三十年間病欠ゼロの記録を日々更新中なのだ。

ということで、一応自分の病状は分かっているし、かかりつけの医者にも通っているので、社の行事である年に一度の健康診断はずっとパスしてきた。

しかしあまりにも不思議であるし、信じられない。今年は人間ドックの一日検診を受けられるということなので、面倒だがものは試しで二十日ほど前に受診して来た。

受診の動機はあくまでも医者の、ないしは現代医学の信憑性をテストすることが目的である。最初の自己申告書にはこう書いた。

「現在医者にかかっていない」 「病気一切ナシ」 「もちろん薬は服んでいない」 「酒は飲まない」 「煙草は吸わない」 「早寝早起きを励行している」 「スポーツをしている」 「食生活を始め規則正しい生活をしている」 「食偏向は皆無」 「ストレスは微塵もない」 「女性にはモテモテである」。

過日「成績表」なるものが届いた。結果を打ち込むのは面倒なので最上段からコピー&ペーストだ。

不整脈/十二指腸潰瘍/胃壁ポリープ/高r-gtp/ 高コレステロール/高中性脂肪/高尿酸値/高ナトリウム。
実にお見事! ピッタリである!!


総評は最低ランクの「E」で、「要再検査および要治療、至急来院されたし」。
電話して「申し訳ありません。以上の病状は分かっていました。現在通院中・薬服用中です。忙しくて自己申告書を人に頼んだため間違いを記入してしまいました。ゴメンナサイ」。


う〜ん、現代医学ってたいしたものだ。もしかして我々がやっている社会調査の分野よりデータの許容誤差幅は狭いのかもしれない。
当たり前か・・・。


でもやっぱり不思議だ。
もしかしたらこれら八つの悪玉が絶妙のバランスで均衡を保っていて、世にも稀なる健康体を作り出しているのかも知れない。


うん、そうかもしれない、多分そうだ、いや絶対そうに違いない。流石の現代医学もそこまでは分からないのだ。


010621 サントリー角

何度も書いているが夜も十一時を回ると、原則として週四回はスナックに足を運んでいる。今夜もいまから出かける。そのスナックにキープしているのは「サントリーローヤル」である。別に理由はない。ウィスキーはそれ一種類しか置いていないだけの話だ。

そこで水割りを3〜4杯、ダブル換算で2〜3杯位呑んでから一時過ぎ、二時前位の時間に帰宅してさらにダブルで1〜2杯呑みながらパソに向かう。

本数でいうとスナックで月に二〜三本。自宅では月に四〜五本消費している計算になる。合計七本平均として700ミリリットル瓶であるから、月に約5000ミリリットルを体内に流し込んでいることになる。アル度40パーセントであるから間違いなく月間2リットルのアルコールが体内にと考えると、ちと不気味である。

他に晩酌に必ずビール、休日は昼間にも必ずビール・・・等と考えるとますます首をかしげたくなる。しかしここにリンクを貼らせて貰っている友人などは純粋アルコール換算で月に100リットル位呑んでいるようだから、それに比べれば不気味ではない。


家で呑むウィスキーは「サントリー角」と決めている。近所の酒屋で1420円、スーパーに行くと1200円台。ディスカウントに行くと多分もっと安いだろうが、要するに経済的に手ごろなのだ。

ハッキリ言って小生ウィスキーの味はわからない。スナックでは酔ってしゃべるのが目的だし、家では酔って寝るのが目的だから、酔えればなんでも良いのだ。スナックでローヤルを呑んで帰宅してすぐに角を呑んでも「ランク落ちだ」とか「不味い」などとはさらさら思わない。

でも「何が好きですか?」と聞かれれば「角」とは答えない。「そうですねえ、どちらかといえばバーボンが好きだし、特にブラントンですねえ」と答える。相手はもしかして中元か歳暮の贈り物にと思って聞いているのかもしれないのだから「角」と答えたら失礼だ。現にブラントンの競走馬のついた蓋栓とボトルを包んである袋はかなりの数溜め込んである。

正月には必ず来る義弟が、角を出すと「社長なのだからオールドパー位でないと・・・」と文句をいう。それならば持参してくれば良いのだ。

しかし「角」には非常に良いところがあるのだ。「通のウィスキー」というイメージが定着してくれているのだ。したがって小生のような人品いやしからぬ人物が「角党だ」というと、決して経済的な理由とは思わずに「流石・・・」と思ってくれる人が多いのだ。

もうひとつ、「サントリー角」の誕生は1937年。小生の誕生年と同じなのだ。「何となく思い入れがあるじゃない」というイクスキューズが効くというのも、小生にとっては非常に都合の良いウィスキーなのである。

とは言っても別に特別こだわっているわけではない。もし小生にウィスキーを贈ってくれようと思う人がいらっしゃるなら「角」じゃなくて結構。「ブラントン」でも「オールドパー」でも喜んで頂戴する。


010620  時価千円

社ダチで佐久の山荘のオーナーでもあるトリさんから電話がかかってきた。平素の連絡はメールでやりとりしているので電話は珍しい。何事かと思って電話口に出ると悲壮な声で
「いま佐久にいるが急遽入院することになった」という。

簡単にいえばこうなるが、悲壮な声であることはわかるがここまでの言葉を聞き取るまでに随分時間がかかった。もぐもぐふにゃふにゃした発音でなかなか聞き取れないのだ。
「突然どうしたのだ?」と聞いたら「顔の右半分が腫れ上がって何も食えないし話すこともできない。時価千円のせいらしい」という。

だから言わないことではないのだ。仕事で山ごもりと称して、夜な夜な佐久の町まで出掛けて行って、怪しい店を開拓しながら飲んだくれているのだ。 すし屋での彼の会話は容易に想像がつく。
「オヤジさん、その河豚、時価って書いてあるけどいくら?」  『へ〜い。今日は千円にさせて頂いてます』

フツーなら、常人ならばこんな安い危なっかしい河豚には飛びつかない。何度もいうが彼はフツーじゃないし、まして常人などでは絶対にない。これは安い!ってことで多分続け様にバクバクがつがつと食ったに違いない。まあしかし命あっての物種。顔が腫れ上がった位で済んでよかった。フツーの人間なら死んでるぞ。

とにかく 「良く診て貰って落ち着いたら詳細をメールしてくれ」 と言ったら今日メールが届いた。テンプされている写真を開くと、顔の右半分がゴムマリのように膨れ上がったアップの写真が写っているではないか。

時価千円ではなくて「耳下腺炎」だということが判明した。それは悪かった。

そういうことであればくれぐれもお大事にだが、コキタナイ顔の写真はいらない。
第一インキンタムシ病になった時はどんな写真を貼ってくるのだ。そもそも病人が自分の病気を遊ぶんじゃない。



とまあ、実は以上の原稿は二週間程前に書いたものだが、少し様子を見ようと思ってストックしておいたものである。ところが彼が東京に帰ってからの顔を見てびっくり仰天、まるでコブトリ爺さんの世界なのだ。そして彼は東京で大学病院に入り、再度の即日入院で要精密検査となった。そもそもの発端がここに書いた「吐血」(010418記)であるだけに、マジで物凄くリンパ癌を心配した。

検査結果が出たというので今日見舞に行って来た。「異常ナシ」だが念のため後一週間ほど入院治療とのこと。流石に酒は呑まないが、煙草ブカブカで、大分腫れもひいている。 「今のうちにデジカメで記念撮影をしてくれ」 とノーテンキな休養を楽しんでいた。

したがって本日、大量在庫の原稿のひとつをやっと処分することが出来た。



010619 はぐれ刑事

昨日午後の会社。郵便局まで行って帰ってきた男性社員が 「そこの公園で“はぐれ刑事”のロケやってるよ」
わが社からビル二軒を挟んで三十メートルほどの所にある公園である。


「誰が来てるの?」
「藤田まことと加藤茶が居たなあ。それからほれあのリポDのコマーシャルに出てる・・・ケイン・コスギって言ったっけ?」

それまで黙って聞いていた女性社員が「ギョエッ」っと蟇蛙が潰されたような声を発して飛び出して行った。他の女性社員もドタドタッと続き、続いて男性社員も。エレベータも利用せずに階段を駆け下りて行った。ただでさえ少ない社員が誰もいなくなった。

シャチョーが電話番である。「はい。お世話になっています。彼はちょっと出かけていますがすぐ帰ると思いますのでこちらから・・」「ハイ。お世話様です。彼女は今便所ですから出てきましたら折り返し・・」

そこへクライアントに出かけていた男性社員二人が帰って来た。 「あれ?どしたんですか、誰も居ない?」

理由を説明するとまた誰も居なくなるので、「イヤ、すぐ帰るだろ。オレちょっと郵便局まで行って来るから電話番頼む」といって、デジカメ片手に飛び出して行った。

黒山の野次馬の中でリハーサルが進んでいる。写真を撮っても良いのかどうか分からないが、こういうチャンスに備えて常にデジカメを持ち歩いているのだ。まず藤田まことをパチッとゲットしたが、他は誰が誰だか分からないので適当にパチパチと。本人は勿論回りのスタッフも気づいているようだが、文句は言われない。

そのうち監督が「ホンバン行きま〜す」と叫んでバシッとカチンコを鳴らした。藤田まことが走り出した所へカメラを向けた時である。スタッフがパッと割り込んできて 
「済みません、写真はご遠慮願います」 「え〜っ?フラッシュ焚いてませんよ」 「ハイ。でも本番中は御遠慮頂きたいのです」

今まで写しているのを知っていて何も言わなかったくせに、ちょっと解せないし残念だったが、大変丁寧な言葉使いで好感の持てる青年だったので、仕方なくカメラをしまった。

でも後から推測した。多分だが・・・。監督が本番と叫んでカチンコを鳴らしたと同時にそれは彼の作品であり、彼の著作権なのだ。
勝新が黒沢作品にビデオを持ち込んで逆鱗を買って役を降ろされたのもそれだったのだろう。
もしこの推測が当っているとしたら、確かに、なるほどである。プロの世界はやっぱりプロの世界だと思って感心したのだった。


ところで昨日とうとうロケの最後までしっかり立ち会って大幅にサボッタ女性社員。今朝、まだ興奮していて教えてくれた。
犯人役の加藤茶を藤田まこととケイン・コスギが逮捕してパトカーに押し込む所まで撮影が進んだそうだ。
そしてそのパトカーには「山手署鑑識課」と書かれていたそうだ。


見たことのない番組だが、しばらくビデオ録画の必要がある。もしかしたら犯人逮捕を見守る野次馬群集の中に、はぐれ刑事より凛々しい顔をした一人の男、小生のクローズアップでエンディングなんていう編集があるかもだ。



010618  父の日

昨日は「父の日」だったようだ。なぜ昨日だけが「父の日」なのか、後の三百六十四日は父なんかどうでもいいのかは知らないが、とにかく「父の日」だった。

猛妻も娘も出かけて、小生だけが一日自室でパソに向かったりビデオを見たりしていたら、まず娘が帰ってきた。

「ハイ、ウィスキー。父の日のプレゼント」と言って西武百貨店の包装紙を渡してくれた。

開けてみると「アーリータイムズ」である。
「あのねえ、これはウィスキーではなくてバーボンなのだ。それでねえ、デパートで買ったら三千円くらいしたんじゃないの?これはバーボンの最低級品だからディスカウントショップなら千円台かもよ」 という言葉をグッと飲み込んで 「おう、バーボンの原点じゃないか、アリガトウ」 と礼を述べた。


しばらくしたら猛妻が帰って来て今度は東武の包装紙。何で母娘で池袋に行くのにばらばらで出かけて、何で東と西で買い物なのだろうという疑問は置いといて 「スゴイでしょ。ジョニ黒よ」 の言葉に唖然愕然。

「何で今どきジョニ黒なんだ。ディスカウントショップではジョニ赤の次の安スコッチだぞ。それがデパートでは今でも五千円はくだらないんじゃないか」 と叫びたくなった言葉をグッと飲み込んで 「おう、最も由緒正しきスコッチウィスキーじゃないかアリガトウ」と礼を述べた。


机の上にバーボンウィスキーの原点「アーリータイムズ」と最も由緒正しきスコッチウィスキー「ジョニ黒」を並べ、ついでに本日自分でジムの帰りに購入してきた定番ウィスキー「サントリー角瓶」を並べて眺めている。


ま、何はともあれウィスキーが三本というのは幸せであるし、そういえば「サントリー角」ネタは使えるな、などとボンヤリ考えている所に猛妻が 「今夜は三崎港よ」 と言って顔面工事を始めた。

とっくに無くなってしまった泡銭だがこう執念深く覚えていられたのでは仕方がないので散財をして来たが、店内は父の日を祝うらしき家族連れで満員で、帰りのレジも息子・娘らしき方達が行列して精算している中、小生だけが父本人であったようだ。

さて、父の日の損得勘定は?


010617  考えは変わることも?

わが町「大泉学園」駅前。踏切りは都内のワースト・テンに数えられている。渡るとすぐに直角カーブでしかも
すぐに信号、当然開かずの踏み切りで街道は終日大渋滞である。

2−3年前から急ピッチの開発が始まった。駅は高架になって高層ビル、駅周辺もガラリと変わるようだ。当然
踏切りも無くなり道も真っ直ぐに。

3年前位だが、ジムの帰途よく飯を食いに「○○屋」に行っていたが、行く度にそこの爺さんに「開発反対」の
署名運動の協力を要請されるので、面倒臭くなって足が遠のいていた。

先日久々に訪れたら、その爺さんが健在で 「開発後の駅前がいかに素晴らしくなるか」  を力説していた。
人の考えっていうのは変わるものだなあ。

それにしても爺さんが生きているうちに目にすることが出きればイイのだが・・・なんて、人のこと言ってられんか。


010616  家庭内断絶

本コンテンツを立ち上げた直後に「スチンシップ」という稿を書いた(001204)。昼食時の蕎麦屋で隣り合わせた社長風の男が社員風の男達を前に 「今朝息子二人を怒鳴りつけて出てきた。朝っぱらから二階と一階でメールで会話している。人間スチンシップが大切だと言って説教してきた」 という風景を目撃しての感想を記したものである。 

ところがこれが人ごとではなくなって来たのだ。

小生のウィークデイの日課はといえば激歩帰宅。すぐ自室に飛び込んでパソの電源を入れながら素裸になって脱いだ服を丸める。全身から汗をボタボタとたらしながらメールの有無だけをチェック。

そのままの姿で風呂場に行き、洗濯籠に丸めた衣服を放り込んでからシャワー。それから食卓へ。巨人戦をやっていればテレビを見ながら、やっていなければ無言で食事。猛妻は前の席で、何時の間にか娘が隣の席に座っている。

食事が終わったところでパルの横面を二・三発張り倒して、パルと猛妻の怒声を浴びながら自室へ。そしてパソに向かうか、巨人戦の続きを見るか、ビデオ鑑賞か。さらに週のうち四回は十一時を過ぎたら抜け出してスナックに行き、一時か二時に帰宅。パソに向かって三時前までという生活である。

娘は娘で似たようなものである。殆どを自室に篭って、メール専用の機械を使ってメル友と深夜までピコピコとやっている。分からないのは今日職場で別れて来た仲間、そして明日職場で会う仲間とメールのやりとりをしているということである。

分からないといえば先月佐久に行った時も、山荘に着いたら早速ピコピコと始め、長文を打ってから携帯の電源を入れたら「圏外」。フツーならそっちの方を先にチェックすると思うが・・。

過日猛妻に言われた。小生は娘と「この一週間ひとことも口を利いていない」とのことだ。別に意識しているわけではないがチェックしている方もしている方だ。「そんなに口を利かないんだったらせめてメール位ではコミュニケーションをとったらどうなの!」。

その後、隣室の娘から時々メールが届くようになった。話すことがない位だからメールのネタだってない。従って「今日は低気圧だから気をつけた方がよい」とか「冷蔵庫の中の雰囲気からして明夜はカレーみたいだから明日の昼食はカレーは避けた方がよい」といった程度の内容である。小生も「ワカッタ」とか「アリガト」とか返信をする。

ま、猛妻発案によって、小生と娘とのコミュニケーションは偉大なる進展をみせた。

娘と猛妻は小生に対する悪口雑言をネタとして直接のコミュニケーションがかなりあるようだ。
残された問題は小生と猛妻とのコミュニケーションである。