迷  走  録


一旦自分の口から飛び出してしまったコトバには責任を持たなければならない。それは既に社会に向けて発信されてしまったのである。

ましてそれが確実な記録として残る「書く」ということにおいてはなおのことである。

自分に確たる思想があるわけではないし、生き方の方向が定まっているわけでもない。だからコトバを発することは恐いし、書くことはもっと恐い。

自身で振り返ってみても矛盾に満ち満ちているので・・・。

しかし、だからといって考えることを止めるわけにはいかない。瞑想することを放棄することは出来ない。

たとえ、迷走でも良い。口から発することによって、書くことによって、多少なりとも自らを律することが出来るのだとすれば。

自らを律する意味でも「毎日更新努力」を宣言して、本コンテンツを設置した。    

                                                                       2000年 12月 1日

2000/12 0101前半 0101後半 0102前半 0102後半 0103前半 0103後半 0104前半 0104後半 0105前半 0105後半 0106前半 0106後半 0107前半
レジメ

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010731  参院人気投票

参院人気投票が終わって二日、どうやら落ち着いたようだ。人気投票に相応しく小泉自民の圧勝。タレント候補も無事当選を果たした。
これで国会も国政も少しは落ち着くだろう。選挙前は浮き足立っていて、政治どころではないだろうし、その気持ちもまるっきり分からないではない。

しかし国会議員たるもの、基本的には政治を最優先してくれなければ困るのだ。小泉がこの時とばかり衆院解散の暴挙に出なければ(そのような暴挙には出ないと信じるが)、そして外務官僚を引っ張り出しての裁判ごっこが始まらなければ(こっちの方はやや危惧材料であるが)、そしてどんな結果になるにせよ靖国問題に決着がついてくれれば、いよいよこれからが改革政治・改革国会の本番である。

あたかも野党が政権を取ったかの如くの、ドラスティックな政変を期待して見守って行こうではないか。もちろんわれわれ大衆にとってのメリットのある、否、即席のメリットはなくても少なくとも納得の行く政変でなければいけないことはいうまでもない。

しかし変化といえば今度の投票所、ややこしかった。投票方式が大幅に変わったからである。

「小泉純一郎の自民党」と書けば有効票で自民党に一票。「自民党の小泉純一郎」と書けば“そんな人は立候補者リストにありません”ということで無効票でアウト。なぜこんなにチョクチョク投票方式が変わるのだろうか。

これから発足する参議院は旧投票方式議員と新投票方式議員がほぼ半数ずつになるわけだが、これによって派閥が別れたりしないのだろうか。どっちが偉いかで喧嘩になったりしないのだろうか。

もっとも今回採用された投票様式は確かに合理的であるとは思う。より民意を反映しやすい方式であるとは思う。だからよほどの問題が起こらない限りは今回の方式を定着させて貰いたいものだ。コロコロ変えないで欲しい。

ただ困るのは政党名。自民・民主・自由・社民。どれがどれだっけ? それに続けて候補者名を書こうとすると大変である。折角の一票、無効票になっては大変と名前を確認しようにも、頭の上にあんな小さい字で候補者リストが貼られていても見えないではないか。

急いで老眼鏡をかけるとこんどはぼやけてしまって見えない。投票台を独占すると並んでいる人に迷惑をかける。次回からは選挙には望遠鏡が必需品であるし、その位のものは選管で用意しておいて欲しい。

わかりやすい党は二つしかない。その有利なハンデを貰って、躍進の絶好のチャンスだったはずと思ったが共産党は意外なことに惨敗であった。

ひとつにはキャンペーンがよろしくない。小泉や小沢みたいに、キャラクターグッズに展開するにたる候補者はいないのだからこれはダメだろう。しかし、もし小生にキャンペーンを任せて貰えれば、も少しマシだったのではないだろうか。

ガンガンと音楽を鳴らして歌いまくる。 「♪ 共産党 昔の名前で 出ています ♪」


010730  太地の人面鯨

今年も例によって夏休みシーズンに入った。とはいっても零細企業のわが社の夏休みはシミッタレている。どうしても会社丸ごと休みというようなことは出来ないので、各人がバラバラに三日ずつ。ただし仕事に支障がないことを条件に、土日は勿論、有給休暇をつなげても可という制度を取っている。
 
さて、今年は若い女性社員がトップを切って先週末から夏休みを取った。
「今年はどこへ旅行なのだ」 と聞いたら 「友人達と鯨を食べに太地に行きます」 というではないか。太地といえば小生のこのHPでも再三ネタになって頂いているBBS仲間で、リンクも貼らせて頂いている「くじらの〆谷商店」さんが仕切っている町ではないか。
 
「何だ、太地なら去年も今年も行って来た。いい所だぞ」 と教えてやったら 「え〜っ。そうですか、鯨博物館には当然行く心算ですが、他にぜひ見てきたらいいというものありませんか?」 と聞かれた。  勿論アル。「人面鯨」だ。
 
実は友人の〆谷商店のご主人、通称〆ちゃんという方は一応は人間の顔をしている(多分)のだが、でもその体躯たるや完全に鯨なのである。まさに人面鯨。


もっとも顔の部品の並び方にさえ目をつぶれば、彼自身は素晴らしくおおらかで、楽しくて、魅力的な人物なのだ。
昨年と今年、二回にわたってお邪魔した時にも散々ご馳走になっていて、いわば大恩のある方なのだからホントは顔の造作の批評などしてはいけないのだが、まあご自分のHPにも堂々と顔写真をUPされているので(しかもあのC・Wニコルさんとのツーショットで)リンク先に見に行って頂いて、笑ったついでに小生への中元を注文して頂きたい。
 
しかもどこでどう間違えたのかは分からないが、これも写真を見れば一目瞭然だが、その奥様なる方がメチャクチャ美女なのである。
世にも不思議な組み合わせなのである。太地まで足を運んでこんなに面白いものを見ない手はない。
 
社の彼女が 「そんなに面白い方がいるなら、ぜひ見てみたい」 というので 「では拝観料はオレがオゴッテやろう」 といって、彼宛というよりは奥様とお子様宛の暑中見舞を託した。


小生のBBSでのHNはこのHPタイトルでも流用した【バカ】。彼女には 「本名を言っても分からんぞ。バカからといってくれ」といっておいたのだが、いきなりインタフォンから 「バカの託り品を持って伺いました」 の声が入ってきてビックリされたらしい。
でもビックリさせるのが目的だったのだから、それはそれで良い。
 
それで良いのだが、一緒に遊んでいるBBSの仲間達に向かって 「バカの会社の友人が暑中見舞いを持って突然尋ねて来た」 と書くべきところを省略して 「バカが来た、バカが突然来た」 としか書かないものだから「抜け駆けだあ」「何時の間に行ったんだあ」という非難と問い合わせのメールが殺到し、その対応に追われている。



010729 涼風進呈

暑中見舞は先日ここにすでに書いたが、散々の悪評だったので再度の暑中見舞いである。

親友のガハクがビジネスとは関係なく、自分のライブラリとして描いているシリーズの少女の絵。猛妻とスナックのママも大のファンで我が家でも至る所に額縁に入っている。

とんと絵心には無縁の小生も彼のこのシリーズにはほのぼのとしたものを感じる。


   夏ひとつ テラスの少女に 歳重ね
         初恋の 傷みをつれて 夏の風
               筆一閃 涼風刷いて 今日を閉ず 

なお、このシリーズで彼女の素晴らしく美しいヌードもある。
ご希望の方にはお送りするが、こちらの方は有料とさせて頂く。    


010728  肉弾掲示板

昨夜は月例の肉弾掲示板。前にも書いたと思うが、原則として毎月最終金曜の夜に集まっての、しかめつらしく言えば異業種交流会であり、ひらたく言えば飲んで食ってしゃべる会である。飲み屋での情景と多少違うのは、一応はしゃべりに毎回テーマらしきものがあるということだろうか。ただし全員がまだ酔いつぶれていない最初の2−3時間はという条件はつく。

会場はわが敬愛するガハクのアトリエで、絵本作家や編集者や出版社のお偉いさんや翻訳者や詩人や小生のようなタダのサラリーマン。男女比もほぼ半々なら、老若の比もほぼ半々という、なんともバランスのよいメンバー構成でもう十年以上も続いている。

毎回のテーマは本や音楽や映画といった文化系の話題が中心だが、どちらかといえば活字寄りの話が多い。
パソを通じてのメールやBBS全盛の時代であるし、当然ここのメンバーも全員そういうことに親しんではいるが、面つき合わせて唾飛ばしあっての本来の正しいコミュニケーションを守っているということから「肉弾掲示板」と称している。

当然、昨夜は小生が主役の座に持ち上げられて、独擅場の観があった。何しろ二年半近く前にこの会で大騒ぎしていた「目線」が忽然と大復活をしたのである。そもそもあの懸賞応募「ポカラ誌」を持ち込んできたのもこの会のメンバーであるし、今年の初めのJAL誌の随筆募集の情報をメールで送ってくれた三人のうちの一人もここのメンバーである。

メンバーの一人が「あの時百万円取れなくて正解だった」というので、小生が「冗談じゃない、航空券よりは百万円の方が欲しい」と言ったら、さすがに頭のいいやつはいうことが違う。

「原価計算をしてみろよ。前回は五十枚で百万ということは原稿用紙一枚二万だぜ。今回は正規運賃でブラジル当りの高い所にすれば二十五万×二名で五十万。原稿用紙五枚制限ということは、原稿用紙一枚換算で十万じゃないか」。ナルホドナルホド。よほどの売れっ子作家でもこれは無理だ。

そう思って悦に入った時である。突然酔いの回ったガハクが荒れ出した。
「バッキヤローてめえ。おれなんかB4の画用紙に苦労して苦労して一枚描き上げていくらになると思ってんだ。ザケンジャねえ」

結局機会を改めて何らかの形でこの会にオゴラサレルことになった。不思議である。フツーならこういう場合は周囲の人間がお祝いで小生にオゴッテくれるというのが社会正義というか遵法精神というものだろう。

それがこの会でも、小生が遊んでいるBBS仲間でも、会社の連中までもがオゴレオゴレの大合唱。
これではいくら金があっても足りない。


いっそのこと航空券が届いたら、細かくチギッテ一人一人の口の中に押し込んでやるか。



010727  脳震盪会

中国語というか中国の字は面白い。コンピュータの電脳はすでにおなじみだが、なかなか含蓄のある漢字である。トイレの洗手間なども何となくニュアンスが伝わってくる。汽車は火車。始めて見たときは小生の懐具合のことを言っているのかと思った。

傑作だったのは台北の胡弓博物館で土産物を買った時の滑鼠板。マウスパッドであるが笑ってしまった。しかし言われてみればなるほどの字である。

さて、本日のタイトルの「脳震盪会」。意味の分かる方はいらっしゃるだろうか。
四〜五日前の新聞で見かけたのだが、その新聞社が香港の新聞記事の中で見つけたということである。

何とブレーンストーミング。う〜ん、これは傑作である。だいたい日本ではブレストと会議を同義に使い勝ちだが、両者は本質的に違うものである。

会議は会して議する。何も決めない、何も決まらない会議ならやらない方が良い。時間の無駄である。
対してブレストは字義どおりブレーンによる嵐。もちろんブレストとしての鉄則というかルールはあるが(ほとんど守られていない)底流を流れているのは自由に、白熱したダベリということである。まさしく脳震盪会、やはり中国人は偉い。


われわれが普段何気なく使っている言葉。ひとつひとつ考えながら使うとなかなか面白いものがある。例えば「将棋倒し」。先日の悲惨な人災事故で各紙の紙面に踊った文字であるが、将棋連盟から各新聞社に正式の抗議文が届いたということである。曰く「本来は将棋に親しむために幼児が将棋板上で駒を利用して楽しむ健全な遊び」。ごもっともである。

しかし使ってはいけないといわれても・・・。そんなこと言ったら「罰としてお灸を据えるぞ」といったら鍼灸協会から「灸は健康のためのもの」と抗議が来るだろうし、「すし詰めの不愉快」などといえば寿司屋協会から文句を言われるだろう。「豆腐の角に頭ブツケテ死んじまえ」などといおうものなら豆腐協会が「豆腐は凶器じゃねえ」と叫んで、手に手に豆腐を持って押しかけてくるかも知れない。困ったものだ。

将棋連盟の抗議もわからぬではない。昨今しきりに目にする「またEメール殺人」。われわれのようにEメールを健全に利用している者にとってははなはだ不愉快である。
何かEメールを使っていること自体が、まだ世間の大勢を占める非利用者から危険視されているような・・・。


要は言葉はやみくもに使わないで考えて使おう。使ってしまった後でも良いから不思議だと思ったら辞書なり語源辞典なりで調べてみよう。その上に立って大人の感覚で使って大人の感覚で受け止めようではないか、ということになるのではないだろうか。

なお、実はこの文は昨日アップの予定で脱稿していたのだ。ところがご覧のように昨日は飛び入り騒ぎがあったので急遽差し替えた。
ところがここに書いたかなりの部分が、今朝の「産経抄」と重複しているのだ。昨日書いたものなのだから、マネをしたわけではないのだぞ。  グヤジイ。


010726  タ・タ・タイヘンだっ!

何がどうタイヘンなのかということを 「先ず結論から書け」 というのが小生の持論である。しかし今回ばかりは違うのだ。
何がタイヘンなのかということを、状況説明から始めて、くどくどと、ジックリとタイヘンの感激を噛みしめたいのである。

従って本日は長くなるので、短く書く。

まずは ↓ をご覧頂いて、自力でお戻り願いたい。

http://www.jal.co.jp/jal2000/third/essay_2nd.html

お帰りなさい。よろしければ、ここをクリックして頂きたい。



010725  エアコンに手を出すな

女性はいい、特に若い女性は。臍丸出しであるのみならず、臍下五センチ位までの逆ミニジーンズ姿。申し訳程度にバストを隠した布切れを羽織って、背中に至っては細い紐二本がクロスしただけの、手っ取り早く言えば上半身ほとんど裸の姿で街を闊歩している。

ラッシュの電車の中でこんな女性の隣に立とうものなら災難である。本を読むべく視線を落とすとそこに見えるのは臍と、腰で穿いているジーンズと肌の隙間。とても活字を追える雰囲気ではない。何の権利があって束の間の人の読書時間を妨害するのか。しかも電車はこういう人種のご機嫌を取ってか、一輌置きに弱冷房車ときたもんだ。

ワイシャツにネクタイ、腕に持つと鬱陶しいのでガマンして背広の上着を着込んでという、悪魔の発明品に身を包まれている男性のことはどうしてくれるのだ。

流石に会社の中には年令のせいもあるが、ここまで極端な服装の女性はいない。しかしそれにしても吹けば飛ぶようなペラペラのノースリーブのワンピース。いかにも涼しげである。いやホントに涼しいらしい。

エアコンを十八度に設定したいのはやまやまだが、何しろ女権の強い我が社。二十四・五度のところでガマンしている。
にもかかわらず・・・ヤケに暑いなと思ってチェックに行くと涼しい格好をした女性の手によって二十八度に設定されなおしていたり、ひどい場合には切られていたりするのだ。何のためのサーモスタットなのだ。

男性は悪魔のファッション、背広姿で外に出て行かなければならないし、社の中では上着を脱いでいても来客があったりすると急いで袖を通さなければならないのだ。

頼む、エアコンのボタンをいじらないでくれと叫びたくなるが、何しろ女性上位の会社である。しかしどう考えても不条理である。そんなに寒いと思うなら、ちゃんとした服を着てくればよいのだ。ないしは厚手のコートでも羽織って自己防衛すれば良いのだ。

どうしてもそれがイヤだというなら男性に自己防衛の権利を認めて欲しい。来客時以外はパンツ一丁で社内を飛び回らせて欲しい。でも実際にそんなことをしようものなら、セクハラだと叫んで110番する女性が3−4人、辞表を叩き付けに来そうな女性が2−3人存在するというのが我が社の実情である。

再度頼む。何が何でもエアコンのボタンを押すというなら、男性にもパンツ一丁程度の自己防衛は認めて欲しい。例外的にまともな皮膚感覚を保持していて、男性の自己防衛法に歩調を合わせるという女性がいたとしても、それはそれで喜んで許す。


010724  暑中お見舞い

毎度歩く話で恐縮だがとにかく暑い。だから、あまり暑いから書いてしまうのだ。例によって激歩帰宅の途中、三十分位の所で意識が朦朧としてくるほど暑い。でも凍傷で死ぬヤツは日本でもゴマンといるが熱射病で死ぬヤツはスターリンの時代から数えても、今度の日曜は参院選だ。

簡単な説明をしてアイデアが出なければサラッと流せばいいのだから、真剣に考えても映画料金の千八百円というヤツは、今日届いたFAXによると名古屋地区で千サンプルということは日本発明協会が虎ノ門にあるということを始めて知ったし、そういえばキューバ紛争のときも枝豆がキロ三千円は高いと思いました。

ゆさゆさと前から若い女性が歩いて来て、どうみてもノーブラだと思ってカット目を広げた途端にドバッと汗が沁み込んできて、痛いの何のって、なぜ鍼灸治療は健康保険が効かないのだ。そもそも小泉内閣がチャーチルの時代にイワン・デニーソビッチが小泉八雲になったのが間違いのもとで、うぉぉぉぉ 暑い。

そういえばいま「利益はこうして殖やせ!」という本を読んでいるが、そんなこといわれたって、人間は合理的思考力を持つ唯一の生き物だから、消費者を広告開発プロセスに巻き込み、広告を正しいものにするのです。すなわちおでんネタの中で最も正しいものは大根を置いて他にないし、外務省のデタラメなんていうのは、缶ビールに比べればスケールが小さいのだ。

ああ、やっと缶ビールの自販機にたどり着いた。一缶を頭から被った後、もう一缶をあっという間に飲み干して、少しはマシになった頭で考えた。頭から被るヤツは発泡酒にすれば良かったと思ったが、後の祭り。また歩き出した途端に今飲んだビールが体中の毛穴から噴出してきて、 ♪頑張ろう、突き上げる空に♪ の労働歌が口から噴出して、芥川龍之介の河童の頭の皿が干上がって、諫早湾は絶対にいけないのだ。

やっと西武線の踏み切りまでたどり着いたら丁度遮断機が下りて、電車が走って来たので体当たりするべく飛び込んだら、その前に暑さでふにゃふにゃになった線路で電車が脱線してしまい、バスが汽笛を鳴らして津波に飲み込まれた。

ぎやああああーー。暑いのだ。石川五右衛門が釜茹での刑の釜の底から這い上がったような、全身ビショビショ湯気もうもうで、やっと我が家に辿りついた。ビールビール。シャワーシャワーと思って、体にへばりついた服をひっぺがしてシャワーに飛び込もうとしたら、何と外出から帰宅した猛妻が先に入っているではないか。

「オイ、頼む。さっと流すだけだ。一緒に入れてくれ」 と頼んだら
「ダメ、バカ、エッチ、ドスケベ!」 と怒鳴る声と、カチャッと施錠される音が聞こえた。

諦めきれずにしばらくドアの前に立っていると、中から涼しげなシャワーの音と、気持ち良さそうな鼻歌が・・・。
「ばか、けち、ばばあ、みたくねーよ、くたばれーーー」。

全身火ダルマ。アチアチアッチッチ〜。熱っついのだあ。 謹んで暑中お見舞い申し上げます。

010723  直線千メートル

大改装が完了した新潟競馬場が先々週からオープン。話題は日本一長い直線コースだが、それ以上に盛り上がっているのが日本では初めての直線千メートルコース。

フルゲート十八頭の馬がヨーイドンで一直線にゴールまで。目にこそ見えないがあたかもセパレートラインが引いてあるかの如くにただひたすらに一直線。

コース取りの利・不利もなければ、かけひきもペース配分も騎乗テクも無用。とにかくヨーイドンで一直線。小生をガムテープでティエムオペラオーにぐるぐる巻きに縛り付けて、未勝利馬と一緒に走らせればもしかしてもしかすると一着ゴールなんてことも・・・。

何しろ初めてのこと、面白いことが一杯ある。ひとつはテレビ中継のカメラワーク。まさか馬と一緒にカメラを走らせるわけに行かないのでスタート直後は正面からの映像。当然何が何だかわからない。アナウンサーもハチャメチャである。

「先頭は何かっ!先頭を走っているのは何かっ!おっと間もなくゴールです。馬場一杯に広がって殺到してきます。中をついて、いや一番大外の馬がトップ、チガウッ!最内をついて・・・アアアッ!内外一杯に広がってゴールイン。分かりません、分かりませ〜ん!」。

例え写真判定の鼻差の勝負でも、騎手本人には分かるらしいがこう内外広がったのでは騎手にも分からないらしい。インタビューに答えて曰く「へえ、勝っていたのですねえ。とにかく自分では全く分かりませんでした」だと。

従来の千メートルのレコード時計が競馬場によっても違うが五十六〜七秒。それが条件馬でも平気で五十四秒位のタイムで走っている。一流馬が走ったら五十秒なんてことも無きにしもあらずだ。よほどのクズ馬でも一分では走る。

小生の激歩は千メートル十分。ということは小生のスピードはクズ馬の十分の一とは情けなやなどと考えている中にゴールに雪崩れ込んで来てしまうのだ。

小生の単勝勝負の馬がドンケツから入ったということは、しばらくしての正式発表でやっと判明。目を皿のようにしてテレビ画面を見つめていても、どの馬が勝ったのかどの馬が負けたのかサッパリ分からないのだ。

これでは宝くじを買って当選番号の発表を待つのと変わりないが、それでもヨーイドン。ただひたすらに一直線というのもなかなか面白いものがある。



010722  サンディエゴ

三連休を利用してサンディエゴまで行って来た。
前に書いたが美女ダチが住んでいる。とはいってもシスコ経由で、自宅からは片道三十時間強、往復で七十時間近い旅である。三連休では忙しい。

結局彼女に空港近くまでご足労頂き証拠に素晴らしい郊外の住宅街のワンショット。空港ロビーでおいしいカリフォルニアワインをご馳走になって、三十分ほど歓談。
トンボ返りで引き返して来ただけである。

しかしそれにしても便利な世の中になったものだ。観光案内のガイドブックやネットではサンディエゴの写真はいくらでも見ることが出来る。しかし直接のダチである彼女の目線で撮った彼女の生活感が漂う、血の通った写真が三十時間の時空を越えて、瞬時にわがパソに飛び込んで来るのだ。

M子さん。写真の無断借用ゴメン。でも本当に素晴らしい所だ。また写真お願い。

010721 五時誤植

じゃなかった。もう間違えた。誤字誤植の誤りである。

「本コンテンツには一字たりといえども誤字誤植がないように・・・」 とつい最近〔010628 目線〕で大見栄を切ったばかりである。
ところが〔010711 トライアスロン〕。 友人からメールで指摘があった。

「擁護学校の教諭とあるが養護学校の教諭の誤りだろう」と。う〜む、参った。

「最近は養護学校の教諭も自分の方が擁護して貰いたいと叫んでいるからワザとこう書いたのだ」と強弁して逃げようかとも思ったが、文意全体のニュアンスからみても、とてもこの強弁は効かない。
礼メールを発信するとともに、謹んで即座に修正させて頂いた。従って今から見に行っても既に修正済みである。

イヤ恥ずかしいことである。実に恥ずかしい。穴があっても入らないことを、これからの生涯の自らへの罰としよう。

まあ自分のホームページで、しかも完全な遊びの世界であるから、そんなに屹立しなくても・・・という考え方も確かにあるし、むしろそういう考え方の方が常識なのだろう。
もったいぶって大げさに構えて・・・という小生の大見栄の方が異常なのだろう。

とは思う。とは思うがやはり、偏屈な小生に関して言えば自分のホームページであるからこそ、一字の誤字誤植もないようにとこだわった上に、それこそ自らに手かせ足かせをする意味からも大見栄を切ってしまうのだ。

再度宣言する。本コンテンツと「零細企業の哀しい社長」には一字の誤字誤植も許さないということにこだわる。先日のお恥ずかしい誤字を指摘してくださったA氏にこの場を借りて再度深謝するとともに、首を洗って皆様のご指摘をお待ちする次第である。


010720 贅沢な逆走

折角の三連休初日というのに競馬はないしスポーツジムは定休日。昼前に起床したがやることがない。勿体無いので前からやりたいと思っていたことを決行することにした。午後三時前にザックに着替え一式を詰め込んで歩き出す。いつもの通勤帰途のコースを荻窪まで七キロ七十分の逆コース激歩である。カンカン照りのため夕方とはわけが違う。へろへろ。

全身水浸し状態で荻窪「湯〜とぴあ」へ。受付で不審顔をされたが入湯料千五百円を払うのだから文句はあるまい。七〜八種類ある湯船を全部回って、上がってから全身マッサージ。

着替えてサッパリした所で荻窪駅前のかの有名な「鳥もと」へ。つべたーいジョッキを二杯。レバーとカワとタンとカシラとシロとハツ。仕上げに雀ともう一本レバー。 腹もくちていい心持でタクシーに乗って十五分でご帰館。

贅沢な休日というべきか、メチャ高くついた運動というべきか。


010719  ボーナス

シャチョーはボーナスは貰えない。貰えないだけならまだしも、社員に対してはボーナスを出さなければならない。貰うと出すでは宇宙のテッペンと海底の底の差がある。

会社が利益が出ている時は良い。利益を配分するのはトーゼンである。しかしこのご時世、利益なんてこれっぽっちも出ていない所か大赤字なのである。

それでも約束してしまった以上、ボーナスを出さなければならないのはトーゼンである。財源がないのだから銀行に頭を下げて借金をしなければならないのはトーゼンである。シャチョーが連帯保証しなければならないのはトーゼンであるし、それが万一の場合にはシャチョー個人の借金になるということもトーゼンである。

でも自分が勝手にシャチョーになったのだから、こんなことをぶちゅぶちゅとグチッてはいけないということはもっとトーゼンである。従ってこんなグチは一言も書かない。

書きたいのは先週金曜日のボーナス支給日の怪である。例え僅かではあってもボーナスが出たためか皆さん何となく明るい昼休み。シャチョーだけが暗い顔でボンヤリと席に座っていた。

わが社の最若年の女性社員K子さんが 「シャチョー、お昼ですよ」 と声をかけてくれた。
「うん、暑っいなあ。こう暑くては食欲もないよ」 と答えると 「鰻なんかご一緒にいかがですか?」 という。
まさに天変地異である。彼女は入社して三年になるが、一度だって二人だけで飯を食いに行ったことなんかない。

よほどボーナスが嬉しかったのだろう。それにしても彼女よりは何倍ものボーナスを獲得した中堅社員諸君はさっさと自分達だけで昼飯に出かけてしまった。少々オーバーな言い方になるかも知れないが、彼女の優しさに目頭が潤むほどの感動を覚えた。

しかし同時に少々薄気味悪くもある。鰻屋に行く道すがら 「どういう風の吹き回しだ。何か下心でもあるのか?」 と聞いてみた。「そんなものありませんよ。社長が一人でぼうっとされていたし、たまには社長とお食事もいいかなって思っただけですよ。何か今日は鰻を食べたい気分だし・・・」。

それでも安心できない。 「あんたは俺に妻子がいることは知っているよな」 と念を押してみた。
彼女は道の真中でケタケタと明るい笑い声をあげて 「大丈夫ですよ。社長にプロポーズなんてしません」 という。

鰻屋に入って席につくや否や明るい声で 「上ふたつお願いします」 と注文してくれた。
〔あんたのボーナスなんて雀の涙ではないか。並で十分なのだ!上は高いぞ!〕 と心の中で叫んだが、ホントにウッと嗚咽がこみ上げそうになった。

カウンターに並んで彼女の夏休み計画などを聞きながら、楽しく鰻昼食を食った。食い終わったら彼女はものすごく明るい声で
「ああ、おいしかったで〜す。ゴチソウサマー」っと言ってさっさと店を出て行った。急いでポケットを探ったが、五千円札が一枚入っていたので助かった。もしかして彼女は 「オイ、ボーナス少なすぎるぞ」 ということを抗議した心算なのだろうか?

あれから一週間を経過するが、ずっとこの謎が解けずに悩んでいる。


010718  弐千円札一周忌

弐千円札が発行されてから明日十九日で丁度一年である。
沖縄サミットを記念して、西暦二〇〇〇年を記念して、景気の急浮上を祈念しての発行である。

さすがに国のトップともなると考えることが違う。たいしたものである。今や弐千円札無しには夜も日も明けない。
駅の券売機は勿論、どの自販機も弐千円札以外の札は受け付けてくれない。特に駅の券売機などは千円札や五千円札を入れるとサット突き返されてくるのみならず
、万札を入れると「両替させて頂きました」の音声と共に、弐千円札が五枚出てくる仕組みになっている。

しかしこの弐千円札の大ブーム・大流通によって、日本の景気は完全に回復したのだ。一年前のしょぼくれた日本は完全に姿を消した。上野の西郷さんの銅像も、渋谷のハチ公の銅像も、今は弐千円札を高々と掲げて破顔大笑している元首相の銅像に立て替えられた。

どこへ行っても街は活気にあふれ、夜中ともなると酔客達のタクシー争奪合戦が始まるという昔懐かしい風景にお目にかかることができる。まさに弐千円札様々である。

こんなに結構な弐千円札であるが、個人的には多少不便を感じないでもない。週末には銀行に行って、ディスペンサーから翌週の小遣い銭の五十万円を引き出すことにしているが、前は万札が五十枚。丸めれば何とかポケットにねじ込めたのだ。ところが今は弐千円札が二百五十枚になって出てくるのだ。ポケットにねじ込むことはおろか、ちょっとした重量のお荷物になってしまうのが難である。
まあ週一回のことだからガマンしなければなるまい。このお蔭で日本全体がこんなに素晴らしくなったのだから・・・。

「じゃ、行ってくるわよ。明日と明後日の食事代テーブルに置いたわよ!」 と猛妻の声。
二泊三日で自分だけ楽しい旅行に出かけるという日曜日の早朝五時である。

パッとばかりにせっかくの夢が覚めた。生返事をして寝なおし。

さて、昼前に改めて目を覚ましてテーブルの上を見たら、二日分の食事代として弐千円札が一枚置いてあった。

折角の久々の猛妻の留守を祝うべく、早速昼食に寿司屋に入り、のんびりとカウンターに腰を落としてジョッキを傾けながらお好みで寿司をつまむ。食いながら上目使いで値段板にちらっと目を走らせて、お次を頼む。
しかし最後にちょっと見栄を張ったのがいけなかった。時価の「海胆」を一カン。

弐千円札に合わせて五千円札まで出動。それが数個の百円玉に化けて返ってきた。猛妻出発後まだたったの半日だというのに。


010717  スナックのボケ !!

ぼ〜さん 「昨夜みた? あのテレビドラマ。ほれ何ていったっけ。アレ」
けーさん 『みたみた。良かったねえ、感動しちゃったよ。エット、題名たんだったっけ』

ぼ〜さん 「あの主演の女優が良かったよね。なんとかっていうあの娘」
けーさん 『そうそう、エキゾチックな顔したあの、ほれ、何とかっていう女優ね』

ぼ〜さん 「エキゾチックって言えばあれハリウッドの昔の、何とかっていう女優に似てない?」
けーさん 『えっ? あんたもそう思った。ほれ何とかっていう有名な西部劇の・・』

ぼ〜さん 「それそれそれ! 何て言ったっけ。長いスカート穿いて馬に乗って」
けーさん 『何ていったっけなあ。あの女優。 あの西部劇の主役のヒーローがあれだよね』

ぼ〜さん 「そうそう、西部劇の代名詞みたいな。ほれ、なんだっけ」
けーさん 『あれだよあれ。 西部劇だけじゃなくて大スペクタクルにも出たじゃない』

ぼ〜さん 「うん ギリシャを舞台にした。 あの監督は生きているのかな ほれ 彼」
けーさん 『ああ あの監督ね 何とかって ほれ。 死んじゃったんじゃないかな』

ぼ〜さん 「監督っていえば作夜のドラマの監督も久しぶりに名を聞いたね」
けーさん 『そうそう 何とかってそら 彼』

ぼ〜さん 「なんて言ったけ ほれ それ ここまで出て来てるんだけど」
けーさん 『あれだよあれ ほれ あの』

ぼ〜さん 「何でも、今年もう一本テレビドラマを撮るって昨夜の解説で言ってたよ」
けーさん 『ああ言ってた言ってた。 山陰を舞台にした何とかってタイトルの』

ぼ〜さん 「そうだ 山陰を舞台にして 何ていうタイトルだったっけ」
けーさん 『また昨夜の主演女優を使うんだってねえ』

ぼ〜さん 「何て言ったっけ 彼女」
けーさん 『ほれ え〜と』

ぼ〜さん 「とにかく感動 あんたとは気が合うねえ 握手」
けーさん 『わっはっはあ 握手握手!』

これで十分話が通じているようだ。ボケもここまで進行すれば相当なものである。はたで聞いている小生には何が何だかサッパリわからない会話だが、「あれ」と「それ」だけで抱き合わんばかりにして意気投合していた。

ぼんやりと観察しながら、一人シラケて水割りを傾けていたのだった。


010716  我が家は誰もいないのだ

昨日から猛妻は二泊三日で松江・宍道湖まで、写真教室の撮影旅行に出かけた。娘は友人の家に泊まりに行った。パルとインコはペットホテルに泊まりに行った。

猛妻不在の折には生きとし生けるもの、全てを小生から遠ざけるというのは猛妻の断固とした方針である。インコの世話くらいはしてやらないでもないが、いなければいないでその方が有難い。

オット、ひとつだけ例外があった。ベランダにドヒャッと置いてある鉢植えの類である。「毎日水をヤレ」との厳命である。台所でヤカンに水を汲んで、三メートルほどの道程を六往復しなければならない。これだけがメチャ面倒だがそれさえいい加減に片付ければ後は天国、我が世の春である。

自室のクーラーとリビングのクーラーを十八度に設定してギンギンに冷やす。もちろんスッポンポンのポンで闊歩している。リビングで缶ビールを飲みながら寝転がってビデオを楽しむ。飽きたら自室に入って水割りを飲みながらパソで遊ぶか読書。

寒くなったらクーラーをつけたり消したりは面倒なので、ここだけはクーラーを止めてある娘の部屋に侵入する。物凄い熱帯地帯でありたちまち汗が吹き出す。サウナ代わりである。 
シャワーを浴びてそのまま自室に引き返す。タオルで体を拭くなんて面倒なことをしなくても文句をいうヤツはいない。

何もすることがなくなったら、ドデンとベッドに大の字になって引っくり返る。もう、めちゃくちゃ幸せな時間である。三人と一匹にはいささか狭いが、一人には十分過ぎるほどの広さの素晴らしい空間である。

早い時間にスナックのママから電話がかかってきた。
「どうせ奥さんいないんでしょ。たまには早く出て来なさいよ」。 「ちょっと仕事が忙しいから後で・・」と答えた。

十一時過ぎにガハクから電話がかかって来た。「何やってんだよ、折角いないのだからゆっくり羽伸ばしにこいよ」。

どうも勘違いしているらしい。いつもはそこへ逃げ込んでいるだけなのだ。
折角いないのだから、今夜はメチャクチャ羽を伸ばしているのだ。ホットイテくれ。