迷  走  録


一旦自分の口から飛び出してしまったコトバには責任を持たなければならない。それは既に社会に向けて発信されてしまったのである。

ましてそれが確実な記録として残る「書く」ということにおいてはなおのことである。

自分に確たる思想があるわけではないし、生き方の方向が定まっているわけでもない。だからコトバを発することは恐いし、書くことはもっと恐い。

自身で振り返ってみても矛盾に満ち満ちているので・・・。

しかし、だからといって考えることを止めるわけにはいかない。瞑想することを放棄することは出来ない。

たとえ、迷走でも良い。口から発することによって、書くことによって、多少なりとも自らを律することが出来るのだとすれば。

自らを律する意味でも「毎日更新努力」を宣言して、本コンテンツを設置した。    

                                                                       2000年 12月 1日
レジメ 

2000/12  0101前半 0101後半 0102前半 0102後半 0103前半 0103後半 0104前半 0104後半 0105前半 0105後半 0106前半 0106後半 0107前半 0107後半
0108前半 0108後半

   過去のものは ↑ を訪問願います

    ね

010915  自画像(?)

知性の固まりのような男  平和を愛する男  セクシーな男
穏やかな男  優しい男  この鋭い眼光の男  真面目で勤勉な男

博識な男  心休まる男  ストイックな男  敬愛すべき男
光かがやく男  スタイル抜群の男  いつも物静かなカウンターの男

震いつきたくなるようなイイ男  抱きつきたくなるようなイイ男

のハズが・・・

痴性の固まりであるガハクに描かせるとこうなる!


010914  航空券ネット購入

十月早々にどうしても徳島まで行かなければならない用事が出来てしまった。昔はといっても四十年も昔の話であるが、東京から夜行列車で岡山まで、岡山で乗り換えて宇野へ。宇野から宇高連絡船で高松へ。高松から高徳本線で徳島まで。ほぼ二十四時間の旅路だった。

今は羽田から徳島空港まで、一時間とちょっとである。すさまじく便利になったし旅という感覚ですらない。

しかし航空券の手配というのは結構面倒なのだ。旅行社に行けば良いのだが、旅行社というのはいつ行っても結構混んでいるのだ。そして概して応対が親切なのだ。従って混んでいる行列の前に二〜三人連れのOL風や、頑固そうな婆さんがいると、窓口担当者との間で何時終わるか分からない応対が延々と始まるのである。従ってイライラするから旅行社には行かない。

電話で手配できることも知っていたし、一・二度チャレンジしたことがあるが、ボタンを押すと聞きたくもない音楽が強制的に耳に飛び込んでくるのである。合間合間で 「ただ今電話が大変混み合っております。係員が出るまでそのままでお待ち下さい」 のメッセージが流れてくるヤツである。従ってイライラするから電話はしない。

では今までどうしていたかというと、そういうことをあまり苦としないダチ、それも主に女性のダチにお願いしていたのだ。そういえば「今度昼飯をおごるから・・・」 の昼飯の清算が済んでいないことを思い出してしまった。

偉そうに普段はパソパソと言っている小生が、航空券一枚ネットで買ったことがないというのはチト問題であるし、パソをいじるのは多少時間がかかっても、少なくとも列に並んだり電話をしたりするよりはイライラしなくてすむ。

ということでJASのホームページに飛んだ。予約のバナーをクリックするとまずは「会員IDを取得してくれ」ということである。やや面倒ではあったが、指示通りにクリックすることによってIDナンバーの取得はできた。

それからいよいよ本番である。結構いろいろ読まなければならないが一応分かるように親切な指示が出て来る。その通りに入力していくと最後に確認画面が。「これでよろしいですね。よろしければ送信ボタンを押して下さい」。

エイヤッと押してみた。「有難うございました。ご予約確かに承りました」 で終了画面。

「おいおい、ちょっと待てよ。四万円だぞ。航空券のスキャナーしたもの位見せてくれよ。プリントアウトして持って来いとか・・・。承ったって言ったって、一体どうすりゃいいんだ」。

仕方がないので予約センターに電話して 〔こんなことなら最初から電話で申し込むのだった〕 と思いながら聞きたくない音楽を長々と聞く。やっと係が出て来たので 「かくかくしかじかで・・・」 と説明。

手元でパソを操作している雰囲気で、すぐに 「ハイ。確かにご予約承っております。当日搭乗の20分前までにカウンターに、お申込みのクレジットカードをお持ちください」 だと。

念のためと思って、画面が切り替わる度にプリントアウトしたものを後で読み返したら、ちゃんとそう書いてあった。いやあ、便利な世の中になったものだ。

それにしても 「これこれこういう内容のメールを今打ったけど届いているか」 と友人に電話をかけまくっていた二年前のことを、つい昨日のことのように思い出して苦笑してしまった。


010913  邦人の安否

気になるのは当然である。まして友人知人ともなればなおのことである。かくいう小生も在米の友人や、ニューヨークに単身赴任のご主人や肉親のいる友人にメールで問い合わせをした。

しかし一方で親しい友人にこういうメールも送った。

「マスコミが邦人の安否を報道するのは当然である。しかし、それはマスコミから対個人(家族)に連絡することも出来る筈だ。何と言っても情報を得やすい立場にあるマスコミ、その位のボランティア活動はするべきだろう。そこから先は連絡網のような形で、肝心な方達には伝わって行く。なんでもかんでもネタにしてテレビ画面で流すのも良いが、邦人の安否についての報道、少しおかしいのではないだろうか。まだ九人が行方不明、邦人の六人は誰と誰と詳しく報道されて、他に現地採用の三名、が軽く扱われているのは如何なものだろうか。命の重さは同じ筈なのに」と。

久しぶりに今朝の『産経抄』からの引用である。

(前略)この未曾有の事態に、日本政府は日本人の安否を確認することを最優先課題にした。日本人をアメリカから脱出させるために?政府専用機を待機させた。  一体、これは同盟国である仲間としての友情ある態度だろうか。日本がいまやるべきことはアメリカを脱出することでない。かの地に踏みとどまり、自由と民主主義を守るためにテロと戦う友人の肩を抱き、慰め、励ますことではないか。】


まさに我が意を得たりの論評であり、思わずコピーしてしまった。確かに難しい問題であるし「言うは易く、行うは難し」ということも百も承知である。多分異論もおありかとは思う。
特に、実際にアメリカに肉親や親しい友人・知人のいる方にとっては不愉快かも知れない。

でも、小生が一日本人として感動した一文であるし、してしまったコピーの保管も邪魔だ。
短文ではあるが、あえて緊急に本日の割り込み原稿とした。
不快感を抱く方がいらしたとしたら申し訳ないが、これは小生のHPということで割り切ってお許し頂きたい。


010912  世紀の愚挙

昨夜、先日記した「NHKスペシャル−日本人はるかな旅」の第二回をビデオで観ていた。第一回目はアフリカで発生した人類の祖が、彼らの食糧であったマンモスを追って、シベリアから当時は陸続きであった北海道へ。そして津軽海峡の凍結を待って本州へ、という北方からのルーツの話であった。

第二回は南方からのルーツ。インドネシアで丸木舟を作って、当然途中で多勢の犠牲者を出しながら黒潮に乗って九州へ、高知へ、和歌山へ、ということを検証した番組である。

そのうち九州へたどりついた祖は豊かな自然の恵みの食糧を得て、定住生活を始めた。その集落の跡がつい四年前に発見されたそうだ。従来の定説を覆して、七千五百年前から人類の定住があったということが、火山灰の堆積層の中に証拠として残っていた。

そう、折角九州へたどり着いた彼らは、六千三百年前の九州沖の海中火山の大噴火により、絶滅したのだ。ビデオはその大噴火の模様をCGにより迫力たっぷりに写し出してした。

ウィスキーの水割の氷を台所で補充すべく、一瞬ビデオのスイッチを切ったら自動的にテレビに切り替わり、ビル炎上の画面が写っていた。一瞬太古の火山と現在の高層ビル火災のシミュレーション画面と錯覚して、ビデオのスイッチが切れてない、と思った位だ。

水割を飲みながらまだやっているビル火災の映画(だと思った)をビデオに切り替えて、北方から来た祖と南方からの祖が、どうコミュニケーションしていったのだろうかという次回作以降に期待を馳せて最後まで鑑賞してビデオを取り出した。切り替わったテレビ画面を見るとまだビル火災の画面。ここで初めて事件を知った。

あまりにも凄まじい事件である。アメリカ国民にとっては宣戦布告なき真珠湾攻撃に続く壮烈な衝撃だったろう。しかも今度はアメリカの、世界の中心のマンハッタン、そのまた中心の世界貿易センタービル。

誰が、何のために。彼らの目的はこれで達成されたのか。これで世界が、彼らの天敵アメリカが変わるのか。どう考えても、あまりにも凄惨なマスタベーションとしか思えない。

台風一過の好天である。九州の地もいまは繁栄している。自然は確かに惨いことをする。しかし、自然はきっと機嫌を直して、われわれに惨さを遥かに上回る大きな恵みを与えてくれている。自然を擬人化して、言葉としていうことはあるが、人間と自然は闘ったりはしない。自然の中に人間がいるだけだ。ましてや擬人化を除けば、人間と自然は報復合戦などはしない。

今回の事件には近い将来に必ず報復活動が伴うだろう。大戦争に発展する可能性だって十分に考えられる。
そしてその報復活動に続いて、さらなる報復テロがあるに違いない。


二万年の人類の歴史、この繰り返しである。自然からすら完全には身を守ることのできない人間同士がお互いに反目しあって、相手から身を守らなければならないというのは実に哀しいことである。しかもそのことをみんなが分かっているということは滑稽以外の何物でもない。

遠からぬ将来にこのような愚挙にはストップがかかるだろう。かからなければ困る。しかし果たしてこの愚挙にストップをかけるのは、数万年の歴史を踏まえたわれわれ人類の叡智なのだろうか。それとも核弾頭ミサイルのボタンに置かれる一本の指なのだろうか。



010911  ダチにスダチ      

本コンテンツも数えてみたら間もなく三百稿に達する。すなわち三百日間、毎日毎日書きつづけて来たということになる。

日記を毎日アップしているHPは沢山見かける。日記は易しい。毎日毎日が進行するのだから、その日に起こったことを書けばいいだけの話だ。

現に日記なら、本コンテンツとは別に小生だって書いている。こっちの方は十五年を越えるし、一日たりといえども欠かしていない。
だから本コンテンツにもその日記をアップすれば苦労はないのだが、困ったことがひとつある。十年前の本日の日付の日記も、今日の日記も「本日は特になし」としか書いていないのだ。

今日に限ったことではない。日記をパラパラとめくっていくと殆どが「本日は特になし」の羅列なのだ。
あまりのひどさに嫌気がさして・・・というのも本コンテンツを立ち上げた大きな動機である。

まあでも、取り敢えずは何年の何月何日が何曜日だったかということが分かるのと、天気が分かるのと、余程変わった出来事があった時は分かるのと・・・という理由だけで、日記の方も惰性で続けていることは続けている。

リンク先にも紹介させて頂いているが、身近でも毎日の日記をアップしているダチもいる。しかし彼らの場合には「酒」であったり「古本」であったり、毎日の生き方そのものにテーマを持っているのだ。当然、その日の生活の記述はそのまま作品に直結する。

しかし小生のようにテーマを持たずに漫然と生きている人間が、このコンテンツのように、例え迷走ではあっても、毎日毎日何がしかのネタを探して、一日も欠かさずにHP上にアップして行くということは、並外れた体力とあふれる才能を要請されるのだ。
いやあ、実に大したものである。


ところがもう一人、小生と同じ方向で「ぶつぶつ雑記帳」なる作品を毎日アップしているダチが信州にいる。やはりリンク先でも紹介させて頂いている。ただし残念ながら彼の場合には小生ほど豊かな感受性と才能を持ち合わせていない。したがって毎日毎日作品を生み出していく苦労というのは小生の比ではないようだ。

しょっちゅうネタネタと叫んでおり、完全なネタ乞食と化している。浅ましいほどネタ探しに狂奔している。そんなに苦しい思いをしなくてもいいではないか、いい加減シャッポを脱げよと思う反面、苦しみを共にする友人を失いたくないとも思う。


まあ日ごろから彼にはお世話になっているし、頂きものもしている。お返しとお互い頑張ろうよという激励の意味も含めて、徳島名産のスダチをお贈りした。

ところが何と早速これをネタにして一文をモノにされてしまったのである。敵に塩を贈ってしまったような心境である。
しかしこの世界、ネタ泥棒、ネタの強奪、何でもありのまさに仁義無き戦いなのだ。

「ダチにスダチ」を贈ってしまったばかりに、「ダチのスダチ」と題した一文を書かれてしまったという程度のことはガマンしなければなるまい。

うーーー。こんなことまでネタにして書かなければならない。 苦しい。   誰かネタクレーーー。


010910  ドカン

    桐一葉 落ちて天下の 秋を知る

    秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ 驚かされぬる

これらの名句、名歌を引用するまでもなく、日本では昔むかし、さらにそのまた昔から、秋というヤツは静かに、そっと、誰にも気づかれないように、忍び寄って来たのだ。

これが正統で礼儀正しい秋の訪れ方なのである。

それがどうしたということだ。ドカンと秋が来た。まだ九月に入って日が浅いというのに。例年だとまだまだ残暑に苦しんでいる季節のはずである。大型台風のドカンドカンの二連発ということもあるのかも知れない。
それにしても、今年は特別に暑かった夏に惜別の辞を告げる暇もなく突然、街に秋色が濃くなった。

年に四回の季節の変わり目、それぞれに異なった感情の動きがある。つい先日のことだったように思うのは初夏から盛夏に移りゆく時のワクワク感だった。さあ来るぞという躍動感に胸が騒ぐ、毎年の初夏から盛夏にかけての数週間である。

一方、この季節に感じるのはどなたも同じだろうが、忍び寄る秋色に対するそこはかとない寂寞とした感じであった筈である。しかし今年は様子がおかしい。秋は静かに忍び寄って来たのではなく、いきなりドカンと来てしまったのだ。あの寂寥感を味わなくて済んだといえばそれまでかも知れないが、あの寂しい気持ちが全くスキップしてしまったというのも、これはこれでまた寂しい。

しかもドカンと来たのは秋だけではない。連鎖反応を起こしているのだ。また害務省がドカンと来た。そして歌舞伎町にもドカンが。
株価の下落にしてもジリ貧という表現もあるかもしれないが、少しばかり長期のレンジで見ればやはりドカンの部類であろう。


しかし共通しているのは、どのドカンを見ても下向き・凋落のドカンばかりである。上に向かって、未来に向かって、我々の気力を奮い立たせてくれるようなドカンはひとつもない。

愚痴を言っていても仕方がない。 「もうすっかり秋なのだ、夏の名残を惜しんでいる暇はないのだ」 と覚悟しよう。
覚悟を決めたところで、せめて身の回りのことだけでもよい。上向きのドカンを仕掛ける努力をせずばなるまい。


やがて来る紅葉シーズン。燃え上がる紅葉の景色を心から愛でるためにも、カメラを片手に車で勢い良く飛び出して行くためにも、心のスイッチをドカンと切り替える必要がある。

小泉さん、政局も同じだ。いよいよ特大の上向きのドカンを、日本の空に打ち上げて欲しいものだ。


010909  百円ライター

誰もがご存知の百円ライターである。でもご存知だったろうか? 
小生もガハクに教わるまで知らなかったこの注意書きのラベル。良く読んで欲しい。
老眼鏡プラス拡大鏡で熟読してみた。

注意書きそのものはごく一般的なことである。曰く「食べてはいけない」「タバコに火をつけるものであって、放火用に使用してはいけない」「液化ガスを全て飲み込んでも致死量には達しないので自殺目的には不向き」等々。問題は最上段の横書き部分の「対人賠償責任保険付」。

でもこの百円ライターでどんな事故が起こるのだろう。部屋のガス漏れに気づかずに点火して爆死したら保険金が下りるということなのだろうか。小生、鼻毛を焦がしたことがあるが、保険が効くのだろうか。今後百円ライターを買う場合、この表示を確認してから買うこと。

因みに百円ショップで売っている三個百円の百円ライターにはラベルはついてなかった。

010908  切明温泉

先日久しぶりにスナックのママと露天風呂に行ったが、二〜三年前までは狂ったように露天風呂巡りをしていた。独行を含めて五十箇所以上の露天を湯破ということは大分前に書いた。

何と言っても強烈な印象として残っているのは、ママを含めて五人でキャンプの帰途に立ち寄った切明温泉である。平家の落人部落に端を発することで有名な長野の秘境、秋山郷のどんづまりに湧いている川原の温泉である。「勝手に湧いているから勝手に入れ」というスタイルの温泉で、近くの山小屋から借りたスコップで掘り返して自分で湯船を作るのだ。

われわれが行った時は都合良く先客が掘り返した後が二つあり、広めの方を三人で狭い方の一畳強位の広さの湯船を小生とママが使うことにした。女性はママ一人だったために、彼女にしてみれば一緒の湯船を使う男性は絶対に信用のおけるやつでなければならないから、当然のことである。

先に小生が入っている湯船に、まるで包帯でぐるぐる巻きの重傷患者よろしく、バスタオルで体をガンジガラメにしたママが「失礼します」と言って入って来た。彼女とは当時からジムのプールで会うことがあったので、水着姿は見慣れている。バスタオルでガンジガラメ姿というのは水着よりは余程露出面積が少ないのだ。

にもかかわらず、水着よりは数層倍の色気がある。やはりホックやチャックがないからだろう。滑って手が離れてハラリとか、湯に入った途端にフワッと捲れ上がってとかの期待を抱かせてくれるからだろう。

狭い湯船に並んで入っていた時である。突然川の方から二十センチ位の蛇がポチャンと湯音を立てて飛び込んで来たのだ。
小生が「あっ、ヘビッ」と叫ぶより早く、ママが喉から「ギュエッ!」と絞り出すような奇声を発して、立ち上がって湯船の外へ飛び出して行った。


人間というのはこのような決定的瞬間には沈着冷静であるべきだ。
一緒に飛び出そうと思った小生であるが、一瞬の間に極めて正しい、的確な判断を下した。


〔いま一緒に飛び出せばそれまで。ここでガマンすれば拝めるかも・・・〕。判断は正しかった。当然走り出したママのバスタオルは盛大に捲れ上がって、数秒のことではあったが形の良い尻をバッチリと伏し拝むことが出来たのだ。

蛇は小生の肩先を掠めるようにして泳いで、湯船の向こう側の岩の中に消えた。
これは小生にとっては忘れがたい、一生物の財産である。

今でもスナックのカウンターに長居し過ぎて、へべれけの酔眼朦朧となった夜には、ママの顔が顔ではなくて、あの形の良い尻に見えてくるのである。


010907  NHKスペシャル

昨日の四国の彼の話に関連して思い出した。むかしむかし、安田徳太郎訳のフックスの「風俗の歴史」がベストセラーになった。高校を卒業したばかりの頃だったが、どちらかといえばエロチックな記術への興味が先に立ち、何巻もの本はとても買えないので貸し本屋で借りてむさぼるように読んだ覚えがある。

その安田徳太郎が1955(S30)年に「万葉集の謎」という本を発刊、これがまた大いなる話題を呼び、この本も、これは真面目な意味で熱読した。

何しろ四十年以上も前の話だから、多少ネット検索の力を借りながら、無責任な記憶で書くが、彼は万葉集から「日本人の祖先はヒマラヤにあり」という学説を唱えたのだ。

骨格や風貌が現在でも日本人に似ているということを皮切りに、決めてはヒマラヤ地方の言葉で【マン=歌 ヨー=良い シュー=集まり】。すなわち「優れた歌を集めたもの」の意になるということで、万葉の中のいくつかの歌と酷似した歌がヒマラヤ地方にも残っているという論調の本であった。

ある日、野方に住んでいた小生の家に四国の伯父(昨日の彼の父)が東京出張で泊まりに来たことがある。伯父は万葉研究では日本でも権威の一人と言われている人物であるが、小生の本箱を一瞥して、「万葉集の謎」を引っ張り出して「捨てろ!」と怒鳴った。

うろ覚えであるが、その時の伯父の話では 「朝日講堂で安田徳太郎がこの講演をした時に、金田一京助が壇上に駆け上って白手袋で彼の頬を引っ叩いた」 そうだ。決闘の宣告である。

当然伯父は金田一支持である。こうも言った。「第一万葉時代の日本人は今のような発音はしない。万葉集は マン ヨー シュー ではなく マニ エフ シッフ と発音した筈だ」。

そして結局この書「万葉集の謎」に対する大方の評価はキワモノ・ゲテモノ・売名行為という受け取められ方で消えて行ったように記憶している。

ガハクの強烈な薦めもあり、先夜【NHKスペシャル 日本人はるかな旅 1】を再放送で見た。「NHKスペシャル」というヤツはこれだけで受信料を払ってもよいなと思うような良質で凄い番組を続出する。
そして今回のサブタイトルが「マンモスハンター シベリアからの旅立ち」。  


二万年前、アフリカで発生した人類の祖先がいくつかのルートに分かれて旅立って行くが、そのうちのひとつのルートがシベリアへ。
そして食料であるマンモスを追って千島から日本列島へ。


ひとくちに言えば、日本人のルーツはシベリアの村からという仮説を検証しようとしている番組である。
現在のそこの村人との骨格やDNAの比較、さらには考古学の角度から。

めちゃくちゃ説得力があって、めちゃくちゃ面白くて、めちゃくちゃ感動するのだ。

当然、アフリカからシベリアまでの道筋にはヒマラヤ地方も含まれている。そこに残留した者も居ただろうしその子孫は当然、残留せずに日本列島まで来た人間の子孫と同一種族の筈だ。

さて、もし今、安田徳太郎が生きていたら・・・。もし伯父にあの本を捨てられずに今でも持っていたら・・・。

あるいは学会当りではすでに「万葉集の謎」は再評価され、再研究されているのかも知れない。
とにかくNHKスペシャルのこのシリーズ、年末まで続くようだが楽しみである。

010906  「教育」ということ

彼は四国の高校の生物の教諭だった。同時に部活では女子ソフトボール部の指導教官であった。
本当の意味で元気だった彼に会ったのは、三十年ほども前だったろうか。小生が出張で四国に行った際に、祖母と伯父・伯母の家に挨拶に立ち寄った時である。それが最後だったと思う。真っ黒に日焼けしていた。


堅苦しく挨拶をしている所に、伯母の電話連絡を受けて救いの神として姿を表してくれた。小生より二歳年上である。「よ、久しぶりやな。爺さん婆さん相手に話しても辛気臭いやろ。外いこうや」と言って、町に連れ出してくれた。ほっとした。

「四国まで来てストリップ見んちゅうことないぞ。イコ」と言うので「そ・そんな、だって高校の先生でしょ」というと、呵々大笑して「先生がストリップ見て悪いちゅう規則はないわ。第一ワテが見たいんでのうて、東京から来た客人をご案内するんや」といってオゴッテくれた。

出てから焼き鳥屋に入って酒を飲みながら、今度は別人のようになって熱く彼の教育論を語ってくれた。
生物の授業の時間は天気がよければちょくちょく、生徒を引率して裏山に連れて行くそうだ。そして、山に茂る草花や鳥や虫の名前を教え、スケッチをさせて講義するということである。 

特に山菜関係には詳しく、どの草は食べてはダメ、どの草は食用になる、どう料理すれば美味いということを熱心に教えているということである。「生物は野山に生きている。活字の中には生きていない」とも言った。
ソフトボールの方もカラッキシだったチームをここ三年ほどの間に、県下で十指に入るチームに育て上げたということである。

「そりゃあ。生徒が喜んでいるでしょう」と言ったら、「そらまあ、生徒は大半が喜んどるし、ワイはこれがほんまの教育やと思うとるんやがな・・・」。

父兄が喜ばないそうだ。「そんなものは大学の入試問題には出ない」と。校長に呼び出されて何度も勧告されているが、自分の教育方針は曲げたくないと。

そして二十年ほど前、再度四国を訪ねた時は、彼は伯父・伯母の家に顔だけは出してくれたが、缶ビールを一本出してくれて、ほとんど無言で向き合って飲んだだけだった。強制休職中ということであった。

十数年前、母が存命であった時に母を通じて聞いたが、完全に失業で家の中で隠遁生活。
奥さんも子供を連れて別居中ということであった。


ここ三〜四年の間に、猛妻関係の慶弔で二〜三回、四国に行ったが、伯父・伯母の家に行っても彼はついに顔を出すこともしてくれなかった。

そして今夜、東京に住む彼の弟から電話があった。彼が自ら命を絶ったと・・・。

小生、あの世の存在は信じない。しかしいま、仮に信じることにして、あの世では心置き無く、彼の教育論に基づく、彼の教育方法をまっとうして欲しいと痛切に願うものである。

自分には多分持ち合わせていないであろう、彼の最期の瞬間の勇気に、深甚の敬意を表して合掌する。

010905  たぬきのお宿

行きつけのスナックが月遅れの夏休みで四連休を取った。毎晩無聊をかこたなければならないのは辛いが、このチャンスを逃す手もないのでこちらも今日一日休暇を取って、温泉好きだが足のないママさんのために車付の運転手を買って出ることにした。
本当は一泊で誘いたいのだが、何しろママさんは病猫(ビョービョー)を抱えているために、夜は家を空けられないのだ。

目指すは水上温泉郷の最奥の秘湯、湯の小屋温泉「たぬきのお宿〜洞元荘」である。泊まりも含めて年に二〜三回は利用するお気に入りの宿だが、どういうわけか今年は始めてである。

午前十時にママを積んで出発進行である。我が家から関越の入り口までは十分。夏休みが終わったばかりということもあり、案の定高速道路はガラガラであり、昼前には最初の目的地である「わく玉」に到着した。

赤城インターを下りて二〜三分の日本蕎麦屋であるが、蕎麦が美味い上にメニューが豊富である。もちろんオーソドックスなものが主体であるが、ちょっと変わったオリジナル蕎麦メニューにも工夫を凝らしているし、蕎麦以外の一品メニューも楽しくて美味い。

とは言っても小生がここで頼むものはワンパターンである。「なまずの天ぷら」。これが実に美味いのだ。一人前で十分な量があるために一緒にそれをつまみ終わってから小生は「鴨せいろ」。それもうどんと蕎麦の相盛りで。これがまた見事に美味い。

ここから水上インターまでは高速を一っ走り。インターを下りて間もなく山道に入る。「水上」〜「谷川」〜「藤原」〜「宝川」といったメジャーな温泉郷を通り過ぎて、目的地の「たぬきのお宿〜洞元荘」に到着した。

まずは併設の茶店で岩魚の塩焼きにかぶりつきながらビール。
そして日帰り入浴券を購入していよいよメインイベントの露天風呂である。混浴と男女別の大きな露天風呂が三つある。


当然混浴の方へしつこく誘ったのだが、ママはやだやだと言ってさっさと女性専用露天に入ってしまった。チクショウ、余程自信がないと見える。

仕方がないので缶ビールと煙草持参で一人寂しく男性専用露天風呂の湯船に。十月も後半になれば見事な紅葉シーズンで満員になるのだが、広い湯船には誰もいない。完全に一人である。 

岩一枚を隔てて隣からママの話し声が聞こえてくる。こっちは一人ぼっちだ。岩を枕に大の字になって、煙草に火をつける。景色も美しいが、目をつぶると三メートルと離れていない所にいるはずのママの輝く裸身が瞼にチラツク。缶ビールを呷って妄想に拍車をかける。

その後、茶店で一休みして、周囲を散歩して写真を撮って、またガラガラの高速を通って、ひとつも悪いことはしないで帰宅した。
久しぶりにのんびりとした楽しい一日であった。


これで猛妻がベッタリと一緒でなかったら、思わぬ事態に展開してもっと楽しかったかも知れないのだが、それだけが残念である。


010904  昼飯のマーケティング

一年ほど前に社の近くに「呉さん(ウーサン)の厨房」なる台湾家庭料理店がオープンした。オープンしてすぐに足を運んだが、不慣れということもあって何となくガサガサしていたし、味のほうもさしたるインパクトはなかった。

ところがここ半年ほどの間にメキメキと人気が出て、昼飯時にいくといつも外まで行列が出来ているのだ。何度か食指が動いたが、最初の印象が印象なので「並んでまで」とは思わず、その後行っていない。

ところが昨日、社ダチのHPを覗いたらこの店のことが出ているのだ。彼も小生同様正しい食の道を歩んでいる人間である。台湾家庭料理と聞いただけで、例のこの世のものとは思えない臭い葉っぱの類がドヒャッと乗っかっていることをイメージして、最近まで利用したことがなかったそうだ。所がそこら中が休みの盆休の中で唯一開店していたので、フラッと入ってしまってその美味さにビックリ仰天。その後チョクチョク利用を始めたそうだ。

今日、前を通りかかったら、少し時間が早かったということと雨ということもあって、いつもほどの行列はなかった。早速ものは試しと入ってみた。店内は満員で三人連れのテーブルのあまった一席に案内された。メニューを頼んだ所 「ランチタイムは今日のランチ一品だけなのです」 と言われた。
なるほど、周囲を見ると全員が同じものを食っている。いわれてみれば店の前のボードに「本日のランチ」とあって、その下の難しい漢字を見て「入ろう」と言ったり「今日はパス」と言ったりしている客がいた。


ただし客がセレクトできるものがひとつある。「ご飯かお粥か」ということであり、これはなかなか嬉しい。お代わりは自由とのことなので、本日はご飯を食べた後でお代わりに「お粥を少し」と頼んでみたら、OKだった。
小生に言わせると食事のうまいかまずいかは七割方は米の良否の勝負であると思っているが、ここはなかなか美味い米を使っている上に難しい漢字の料理も簡素ながらしっかりした味付けで良い材料を使っていた。


そうこうするうちに例によって店の外に大分長い行列が出来たが、何しろ厨房で作る料理は一品だけである。したがって席に着くとすぐに出てくる。回転が早いのだ。

小生が食っている最中に同席の三人が出て行った。次に待っているのは四人連れのおばちゃんである。店員が 「三人様とお一人様、別々になりますが・・・」 と断ると 「四人一緒じゃなきゃヤダ」 というのだ。彼女らの後ろにも客がズラッと並んでいるのだ。
サラリーマン地帯のランチタイムのマナーを知らん連中だ。


ま、でも小生は皆さんご存知のように根が優しい。店員を呼んで 「オレあっちへ移るよ」と言ったら、「でもお食事の途中で・・・」という。「構わないから運ぶだけ運んで」 と頼んで四人席を空けた。ドカドカッと挨拶も無しにおばちゃん連が雪崩れ込んで来た。

清算を済ませて少し歩いた所へ店主の奥さんらしき人が「お客さ〜ん」といって追いかけて来た。「あれっ、清算は済ませたぞ」と思って振り向くと、道の真中でピョコンと頭を下げて 「お食事の途中で済みませんでした。有難うございました」 だと。

帰社してネットで調べたらHPを持っていた。店の前まで行かなくても、その日のランチメニューが分かる仕組みになっている。

URLを「お気に入り」に登録すると同時に、この店自体を、わが頭の中の昼食ローテーションの「お気に入り」に登録した。

010903  シルバー世代

先日、自らの悪筆のことを書いた。ご存知のように悪筆のクセに文章を綴ることは大好きときているから始末に終えないのだ。

仕事の方でもレポートは不可分なため、ものすごいハンデを背負っていたのだ。小生のレポートは当然クライアントが読めない。したがって清書の人間がベッタリと小生につかなくてはならない。
清書の人間が読めないので小生に 「これは何て書いてあるのですか?」 と聞く。

そんなこと聞かれたって本人にも読めないのだ。「う〜ん」と唸ってまたその場で改めてレポートの文章を考えて口述しなければならない。効率の悪いことはなはだしかったのだ。
そのような小生に取って、ワープロの出現はメチャクチャ嬉しかったのだ。正に福音である。

百数十万もするワープロを長期の割賦で買い込んだが重量だって七〜八キロはあったのではないだろうか。当時の事務所はマンションの部屋でしかもかなり離れた部屋を二室借りていた。そのワープロをあっちの部屋へこっちの部屋へと、台車を使って移動していたのだ。
いま机の上に鎮座しているノートパソとは機能・性能とも比較にならないが、とにかく涙が出るほど嬉しかったし、あの時ばかりは分厚いマニュアルも赤線だらけにして完読した。

「二十世紀最大の発明である」といって賞賛したものであるが、その気持ちは今でも変わらない。「二十世紀最大」はオーバーかも知れないが、世紀初頭の大発明が飛行機であったとするならば、世紀棹尾の大発明はワープロであったに違いない。少なくとも小生にとっては飛行機よりはずっとずっと、身近で役に立つ、感動の発明品であった。

色々言う人がいる。ワープロの文書では誠意が伝わらない。ワープロのおかげで漢字を書けなくなってしまった。まあ、達筆・博識の人はそれで良いかも知れない。

でも小生のように、自分の書いた字すら読めない人間はどうすれば良いのだ。ワープロでは誠意が伝わらないからといって、例えば礼状をしたためることさえ欠礼すれば良いのか。漢字を知らないから恥ずかしいといって、一枚のメモ紙を書くことすら躊躇するのか。

ワープロ、しかもそれも今はパソの出現によって、コミュニケーションの輪はめちゃくちゃに広がったではないか。
何を今更IT革命を・・・なんていうことを言っているのではない。


未だに、この期におよんでも、特に我々同世代の人たちの中に「何がパソだ」「誠意のない活字で・・・」とうそぶいている人たちがあまりにも多いことが哀しいのだ。

確かにその人たちの中には頑として自分のスタイルを守って、一芸に秀でた方達も沢山存在する。しかしその中の多くの方たちは、自分のスタイルを守る一方において、新しい技術に飛びついて振り回されている人間を蔑んだりすることはしない。

小生のようなオッチョコチョイで新しいものに飛びつくことを冷たい目で見て、蔑んでいる連中のほとんどは、「出来ないから」「新しいことにチャレンジする気力を持ち合わせていないから」腕を拱いてただただ呑んだくれて、小生のような連中を傍観者の覚めた目で茶化すのだ。

別にパソやワープロのことだけを言っているわけではない。何でもいいのだ。新しいものがあって、それが将来に対して前向きのものであるとすれば、何でもいいからチャレンジしてみようではないか。
大声を出して励ましあって、シルバーの世代を謳歌しようではないか。

010902  距離には関係ない

昨土曜は月一の出社日。いつものように目覚ましで叩き起こされて、いつものようにWEBを一回り。ところが信州の早起きのネッ友のサイトでビックリ。
「歌舞伎町の大惨事」。写真入で詳報が報じられていた。

大急ぎで朝刊を取りに走ったが、まだ何も載っていない。何と小生、このビルのフーゾクには週に三〜四回はアシを運んでいるし、写真にハッキリ写っている隣の焼肉屋は休日に歌舞伎町で映画を見た後では必ずといってよいほど箸を運びに立ち寄る所で、つい先日も行ってきたばかりである。

わが毎朝の通勤路でもあるが、午前九時半過ぎはまだ通行止め状態で、迂回させられた。帰途再度立ち寄ったが報道陣と野次馬でゴッタ返していた。

情報の伝播は距離には関係ない。そんなことは大昔から知っている。
しかし、その事を今朝ほど強烈な衝撃として体感したことは始めてである。

010901  恐怖の通販カタログ

猛妻がわが居室に茶を持って入ってきた。右手に持っている茶はいい。問題は左手に持っている通販のカタログにあった。

「ねえ、見て。このポシェット、センスいいでしょ」。
そんなもの見たってセンスがいいのか悪いのかなんて分からんし、第一今HPのアップで忙しいのだ。


「ねえ、見てよお」 の催促に 「ウン、いいな」 と生返事を返した。 「頼んでもいい?」。

〔ダメッて言ったってどうせ頼むくせに〕と心の中で呟きながら 「欲しければ頼めばいいじゃないか」 と答えて、忙しくマウスを動かす。

「アリガト。じゃあこれが誕生日プレゼントね。今から申し込めば間に合うわ」。
ちょちょちょっと待ってくれいーーー。グェッ。そういえばもうすぐ誕生日なのだった。
マウスを放して急いでカタログをひったくった。 「どれ、どれ、どれだ」。

「ほら、コレ」。 ぎゃあーーーっ。商品の写真なんかどうでもいいが、値段が5ケタに届いているではないか。冗談じゃないのだ。オレの月の小遣いはいくらだと思ってるんだ。

ここは、冷静に、真剣に話し合う必要がある。ストレートに言ったのではヒスを誘発する。
静かに話し掛けた。 「お前はオレの誕生日に何をプレゼントしてくれたんだっけ?」。
しばらく考えていたが 「ちゃんとプレゼントしたわよ。前の話だからモノは忘れちゃった」 と答えた。

オレはハッキリと憶えているのだ。安売り店では二千円を切る所も出ている 「ジョニ黒だったよな」 というと、「そう思い出した。デパートで買った外国の高いウィスキー!」 と叫んだ。

そうだ、デパートの包装紙に入っていたっけ。このバカが。確かにデパートの正価では高かっただろう。それにしてもせいぜい四千円という所ではないだろうか。しかし酒音痴の猛妻にとっては〔外国の高級ウィスキー〕としての知識と記憶しかないのだ。

「ねえねえ、有難う。じゃあ早速このポシェット注文するからね」。

まあ、いいか。毎年花を強請られるのだ。男が花屋に入っていくほどみじめで情けない姿はないのだ。
「どんなお花を?」。 「誕生日のプレゼントだから適当に」。 「相手の方のお歳は?」。 「婆さん」。
なんて会話をしている所に若い女性客などが入ってくると、顔が真っ赤になり走り出したくなるのだ。ある年、それがイヤさに「日比谷花壇」からの配送を頼んだことがある。

評価は「誠意がない」だった。花なら誠意がなくてポシェットなら誠意があるのか!

まあいい。メンド臭い。 「ワカッタ」 と答えた。近々また親しい友人の誰かに死んで貰わずばなるまい。親しい友人の香典には黙って5ケタの金を包んで呉れるのだ。中身を抜き取って袋を何度燃えるゴミに捨てたことか。

しかし問題はその親しい友人の名前をメモして置かなかったことだ。オレの親しい友人は猛妻も面識がある。
道でバッタリ会って、 「あらお宅、亡くなったんじゃなかったっけ?」 なんていわれたら、非常に困るもんな。