迷  走  録


一旦自分の口から飛び出してしまったコトバには責任を持たなければならない。それは既に社会に向けて発信されてしまったのである。

ましてそれが確実な記録として残る「書く」ということにおいてはなおのことである。

自分に確たる思想があるわけではないし、生き方の方向が定まっているわけでもない。だからコトバを発することは恐いし、書くことはもっと恐い。

自身で振り返ってみても矛盾に満ち満ちているので・・・。

しかし、だからといって考えることを止めるわけにはいかない。瞑想することを放棄することは出来ない。

たとえ、迷走でも良い。口から発することによって、書くことによって、多少なりとも自らを律することが出来るのだとすれば。

自らを律する意味でも「毎日更新努力」を宣言して、本コンテンツを設置した。    

                                                                       2000年 12月 1日
レジメ 

2000/12  0101前半 0101後半 0102前半 0102後半 0103前半 0103後半 0104前半 0104後半 0105前半 0105後半 0106前半 0106後半 0107前半 0107後半
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011015  料理は耳でも食う

毎月第二日曜日、身障者の文化活動が光ケ丘文化センターで開催されている。この会に娘を送って行くのがここ数年来の小生の義務となっている。昨日がその日であった。

まあ、大きな字では書けないが、娘の区役所喫茶室勤務への送り迎えが車利用の目的であり、そのために自動車税免除となっているのだから、月に二時間位のことは止むを得まい。ということは理屈では分かっているが、折角の日曜日の正午というど真中の時間を割かれるのは、遊び好きの小生にとっては辛い。

日曜は少々寝坊をするため、ジムも休まなければならない。午後はテレビで競馬観戦やパソいじり等ののんびりした、自室でのくつろぎの時間と決めているのだ。
この中途半端な時間を少しでも自分の楽しみに転化すべく、二年程前から始めたのが復路にある生蕎麦屋での昼食である。

皆様も同感だろうが、コーヒー屋とラーメン屋と生蕎麦屋は、店構えをみれば不思議と美味いか不味いかの判定が出来る。
良くも悪くもときどきとんでもない例外にぶつかることもあるが、パッと見た店構えの印象で、味の想像が出来る。
料理は目で楽しむともいわれるが、目で楽しむのは料理だけでなく店構えや店内の雰囲気もまた然りである。


この生蕎麦屋、その店構えからして以前から気にはなっていたのだ。しかし折角の日曜の昼食、どうしたってビールの一杯位は飲みたいではないか。仕方がないから一旦帰宅、駐車場に車を置いてから改めてチャリンコで近所の飯屋に出かけていた。

しかしどうしても気になる蕎麦屋だったし、第一娘を送って帰るだけというのは、どうにもこうにも時間が勿体無いというのが第一の理由で、二年程前にビールを犠牲にして入ってみたのだ。店内にはテレビドラマの舞台になった等の写真が貼ってあり(必ずしもこんなことが評価基準になるわけではないが)、客も満員でどうやら有名店らしいということが分かった。

何よりも、確かに美味い蕎麦を食わせてくれるのである。ご贔屓の赤城の「わく玉」の「鴨せいろ」のことはこのHPで紹介したことがあるが、この店の「鴨せいろ」もなかなかの優れものである。多少値は高いが、ビール代を節約と思えばどうということもないので、真冬でも好物の「鴨せいろ」をオーダーするというのが月一の大体のパターンである。

ところが昨日のことである。オーダー前にふと気が変わったのだ。 「温かい鴨南そば」 をオーダーしてみた。
いつも調理場に向って 「鴨南せいろ一丁!」 と叫ぶお姉さんが、昨日は調理場に向ってこう叫んだのだ。 「ホット鴨南一丁!」。

ギョヘッ。そりゃあ店の中の符牒でどんな呼び方をしても構わないけど、せめて客には聞こえないようにお願いしたい。
料理は耳で食うことだってあるのだ。昨日の 「ホット鴨南」 はとても不味く感じてしまった。


蛇足ながらこれは地域の違いだから同列には論じられないが、関西ではアイスコーヒーは冷コー、すなわち「レーコーひとつ」となる。小生基本的にはホットコーヒーなので関係ないが、ごくまれに喫茶店でアイスコーヒーをオーダーすることもある。
しかし関西の「レーコー」は今までは勿論、今後も決してオーダーすることはないだろうと思う。


011014 失礼致します

秋冷の候、皆様にはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。日頃は本コンテンツをご愛読賜り有難く厚く御礼申し上げます。

さて、小生いささか反省する所があります。最近のUP原稿を見ると、むやみにネタ切れを連呼しあたかもネタ乞食の観を呈しております。みっともないことであります。

同情して「日曜ネタ」にどうかと、ネッ友からプレゼントして頂いたのが左の写真です。ご厚志はかたじけないのですが、いかに苦しくとも本コンテンツの優雅にして高潔なる品位は維持したく、多いに迷いました。

しかし下品といえば下品ですが、ユーモラスな決定的瞬間という見方もあります。何といっても折角のネッ友のご厚志です。

ボカシを入れることによって、思い切って掲出させて頂くことにしました。

もとより、左の写真をクリックして拡大して見ようなどという不心得な方は存在しないということを固く信じております。


011013  生まれてはじめての鱧

関西在住の猛妻の友人から突然クール便で鱧が届いた。友人と言っても猛妻よりはずっと若い女性で、小生も一度だけお目にかかったことがあるが、美女美女の美女である。茶化しているわけでなく、ホントに美女なのだが頂戴ものをした美女にはおまけをつけるのが礼儀である。

小生、恥ずかしながら鱧というヤツは食ったことがない。もっともそれほど恥かしがらなくても、どちらかといえば関西系の食材であって、関東ではあまり馴染みがない魚らしい。

かれこれ十年程も前だっただろうか。猛妻が何かのグルメ雑誌で「秋葉原に鱧を食べさせてくれる店があるらしいから一度行こう。調べて来て」と言われたことがある。

当時は仕事の関係でしょっちゅう秋葉原に行っていたため、猛妻が雑誌から切り抜いた地図を頼りに店の前まで行ったことがあるが、構えを見ると明らかに店というよりは料亭であった。
そのことを猛妻に報告して諦めたことがあるので、食ったことはないが、高級魚であるとの認識はあった。

猛妻は四国の出身であるから娘時代は鱧をよく食したそうだ。大好物だったとのことで、そのことをその美女に話したのを覚えていてくれたようだ。 旬が終わるのでシーズン最後の・・・の添え書きがついたパックの中で、鱧の切り身は、それはそれは見事な、透明色の白い肌を重ね合って横たわっていた。

「これはどうやって食うものなのだ」と猛妻に聞いたら「しゃぶしゃぶ」と答える。確かにパックの中にはしゃぶしゃぶ用のタレとレシピが同梱されていた。

さて、いよいよ我が六十有余年における生涯の初食いである。 好物のしゃぶしゃぶであるが海の幸のしゃぶしゃぶというのは、数年前に利尻で食った「たこしゃぶ」以来である。

くずれそうな柔肌をそっと箸でつまんでぐつぐつと煮えたった土鍋に入れる。ほんの少ししゃぶしゃぶっと優しくゆすると、音こそしないがパチッとはぜて白い花が咲く。酢橘を絞った特製のタレにつけて。何と上品な・・・、何と淡白な・・・。いつもは一缶のビールの晩酌を二缶空けて、いやあ至福の晩餐であった。しかし? 量が足りない。最初に見た目では確かこれっぽっちではなかった筈なのだ。

ダイニングに立っている猛妻に「オイ、これで全部なのか?」と聞いたら「待ちなさいよ。今照り焼きにしているから」との返事。確かに芳しい醤油を焦がす匂いが漂ってきた。

「ん?レシピに書いてないぞ、照り焼き?」と思っていささか心配になったが、出来上がりを食って二度ビックリ。あの淡白な白身が、まったり・こってりとして、まさに焦がした醤油との絶妙のハーモニーをかなでているではないか。
美女様感謝である。猛妻の料理の腕前も少しだけ見直した。


ところで、満腹・満足した所で「鱧」を「新明解国語辞典」でひいて見て、またもやビックリした。流石、独善と突っ走りで評価が真っ二つに割れているこの辞書。

いわく 〔ウナギに似て、長くて大きい魚。小骨が多いが、おいしい。〕 だと。 もしもし、今は亡き我が敬愛する金田一京介先生。いくら先生が「おいしい」と思ったからといって、辞典にここまで主観的なことを書いていいのでしょうか。
もっとも、だから好きな辞典なんだけど。


011012  FFSの怪

度々ご登場頂いて恐縮だが、信州のネッ友。当HPのリンク先で“ぶつぶつ”と連日苦吟している。「よくもまあ毎日くだらんネタを探してくる」と感心しきりであるが、彼の方も小生のことをそう思っているだろうから、これはお互い様である。

二人で共通して思っていることは、相手に対して「早くくたばってくれ」ということであろう。相手がネタが尽きてバッタリと休んでくれれば、安心してこっちも休養できると思っているのである。

HPなんていうのは本来そんなに苦しんでUPするものでなく、自分の楽しみのためにやっているのだ。この仁義無き戦いは、他人の目から見れば「何をバカなことを・・・」と思うだろうし、向こうはどう思っているか知らないが、「ワンツースリーで休戦」を申し込もうとか「せめて日曜だけでもお互い休みにしよう」とか申し入れようと思ったことも再三である。

しかしお互いメール等で連絡するときは「貴兄のガンバリが小生の励みになっております」等の社交辞令となり、腹の底では「早くくたばれえ」と思っているのだ。
ただし、お互いここまで続くと、この仁義無き戦いは苦しみだけではなく、何か自虐的な楽しみに繋がってきているから不思議である。

もっともこういうふうに考えているのは小生だけで、相手様は悠々楽々と毎日UPしているのだとすれば大変失礼な話になるので「少なくとも小生の場合は」と断る必要がある、と思っていたのだが、彼がやはり半ば意地になって毎日のUPを続けているという動かぬ証拠を掴んだのだ。別に防衛機密ではないので、ここに開陳する。

先日彼が二泊三日の旅行に出かけた。お互い旅先からHPの更新が出来るような無駄で贅沢なパソを持っているわけではないので「しめた!」とばかりほくそ笑んだのだ。これでやっと彼のUPに穴が開く。今度小生が穴を開けたとしても「負けた」ということにはならないのだ。  ところが彼のその旅行中、例によって平然と毎日のUPが続いたのだ。思わず目を剥いた。

これが彼が「意地でも毎日のUPを続けるぞ」と考えていることの動かぬ証拠であるが、それ以上に不思議なのは「何で〜?」ということである。一泊二日の旅行なら何とか対処の方法はあるが、二泊以上の旅行となるとお手上げの筈なのである。

何と彼はその留守中のUPの中で声高に自慢している。
「FFSなる新ソフトを開発した。留守でも、その間の原稿さえ書いてプログラミングしておけば、指定した時間に自動的にUPしてくれるのだ」と。丁度ノートンが毎週の設定した時間に一人で動き出すように・・・。

パソの知識は彼の足元にも及ばない小生、来月は一泊二日の旅行を二回控えている。でも前述したように一泊二日は何とかごまかしが効く。その後に控えている一週間弱のオーストラリア旅行が難物である。ここは涙を飲んで彼に頭を下げて、FFSをお譲り頂こうかと考えた。

ところがである。このFFSなるソフトは真っ赤なウソ。実は留守中は彼の友人が代行していたのだということを白状したのだ。
うぬーーーーっ!


オーストラリア旅行のときは彼にUPを頼むことも考えてはみた。
でもそんなことをしたら快く引き受けてくれて、苦心して書き溜めた一週間分の原稿を嬉々としてゴミ箱にドラッグするに違いない。


011011  傘は天下の回り物

傘をさすのは大嫌いである。面倒で鬱陶しいことこの上ない。特に片手に鞄や荷物をぶら下げている時などは論外である。だから多少の雨では傘はささないし、従って持ち歩かない。

「今日は降りそうだから・・・」などという、用心のために傘を持って出かけるなどということは絶対と言ってよいほどにない。最近はようやく猛妻も傘を持って追いかけてくるのは諦めてくれるようになった。

傘を持っていない連中が歩いている途中で雨が降り出すと、よく走り出す光景を見かける。これも小生に言わせるとバカバカしいことこの上ない行為である。

すなわち走るという行為は、前方の本来ならば体に当らなくて済む雨粒に進んで体当たりして行っているということなのだ。歩いていれば当らなくてすむ雨に、何を好き好んで体当たりして行くのかと思う。

もっとも小生がこの学説を力説すると「雨に当っている時間」という異次元の概念を振りかざして反論してくる輩がいる。そういうややこしい話を持ち出すと多変量解析の世界に入って行くのであって、もっと単純に・・・。要するに歩いていて体に受けた雨の総粒数と、走ったために体に受けた雨の総粒数を、正確に測定したヤツなんてこの世に存在しないのだ。

いや、よほどの雨でない限り、小生は傘をささない主義だという話であった。とはいっても昨日のようにドシャブリという時は、小生だって傘をさす。最近めっきりその数が減ったビニール傘である。なぜ減ったか。傘もファッションのうちなどと考えている軟弱者が女性だけでなく、男性の間にも浸透し始めたからである。

いつだったか、大切なクライアントに社ダチと同行した雨の日、例によってビニール傘を持って出かけようとしたら「僕、もう一本置き傘持ってますから、みっともないからそれは止めて下さい」とたしなめられたことがあったが、そんなものなのだろうか?

昨日の話に戻す。例によってポシャ降り位だったので朝は傘を持たずに家をでた。しかし昼休み、食事に出ようとした時は沛然たる雨。流石に傘が必要である。

社の傘立てをみたが、ビニール傘は一本しかなく、後は色とりどりのファッショナブルな傘である。いくら「天下の回り物」でも多少は気が咎めるので、罪の意識皆無のビニール傘をさして表に出た。骨が二本折れていて、殆ど傘としての機能を果たしていない。

蕎麦屋で蕎麦を食い終わって・・・。流石、現代に生きる庶民の食い処・蕎麦屋である。傘立てにビニール傘が数本あった。小生が置いたヤツは骨が折れているのでグシャッと立っているのですぐ分かった。

しかしそれは避けて、数本の中の一本、真新しいシャンとしているヤツをせしめてドトールに行ってコーヒーを飲んだのだ。ところがドトールを出る段になって、傘立てに入れた小生の真新しいビニール傘がないのだ。 
昼休みを過ぎたせいもあって、ビニール傘は一本しか入っていない。仕方がないからその傘をさしたら、何と骨が三本折れていたのだ。

世の中には俺の思想に共鳴するヤツがいるのだ・・・と感心する前に腹が立った。でもむかし昔の大昔、江戸の時代から「傘は天下の回り物」という格言が存在するではないか。


011010  出て来た焼肉クーポン

八月に二回にわたって 「五千円の焼肉クーポン」 を無くした話を執念深く書いた。悪かった。
その後 「出て来たあ!」 という報告を忘れていた。

九月末の三連休の日、あまりにも散らかったわが机、特に机の下のスペースの掃除をした時のこと、机の下に積み上げてあるダンボールの底から出て来たのだ。机の下に落ちた紙切れをスリッパでダンボールの下に蹴込んだようだ。 感涙に咽んだのだ。

でも、逃がした魚は大きいの例え通り、クーポンの額面は五千円ではなくて四千円だった。
でもとにかく出て来たのだ。 急いで有効期限を確認したらまだ大丈夫だった。

この前の日曜日、猛妻と娘に 「焼肉をオゴッテやるから行こう」 と声をかけたら、もともと肉があまり好きでないということもあるのだろうが 「ヤダ。 第一なぜこの時期に焼肉なのだ!」 という。 可愛げのない奴らだ。
でも一人で四千円はとてもじゃないけど食えないし、つり銭を現金でくれるわけでもない。

そういえば先日ガハクが言っていた。 例の騒ぎでの大臣連中の牛肉試食映像。
ガハクの美女パートナーがアトリエで地団太踏みながら 「なぜ私も呼んでくれない!肉クイテエー」 と叫んだと。 
彼女がビンボーで殆ど難民状態であるのは知っているが 「たまには肉くらい食えよな」 っと思った。

電話をしたら日曜というのに美女パートナーも出勤していて 「行くッ!行くッ!!」 の二つ返事。三人で出かけてきた。 
いつもは混んでいる店であるが、やはりガラガラである。 
何と言っても苦節四年、やっと集めた四千円のクーポンである。いつもの安物の肉でなく全て「特上」をオーダーした。


パッ、パパッ、パパパッ、と平らげて行く。 すなわち小生が良く焼いた肉をパッと一枚食う間にガハクが半生をパパッと二枚、美女パートナーが殆ど生状態をパパパッと三枚という割合である。難民丸出し、美女台無しの図である。 涙が出るほど可哀相な光景であった。

鷹揚に 「こっちもいいよ、追加注文はどうする?」 などといいながら賑やかに焼肉パーティを終えた、と言いたい所だが、実際には彼女は殆ど無言で忙しく肉を口に運んでいた。


たまりかねて 「牛肉はヤバイのだぞ」 と言ってやったら 
「大丈夫、あの大臣連中は四日たった今も生きている。私も少なくとも後四日は生きられる」 だと・・・。

「おいおい、ガハク。 頼むからたまには肉くらいオゴッテやれよ」 と言ってやりたかったが、そのガハクも黙々と箸を運んでいた。

その時は何か壮大なボランティアをしたような気持になって、気分よく帰宅したのだが、すぐに電卓を取り出して叩いた。 ビール代等の追加費用を含めて小生が食ったのは千六百六十七円、ガハクが食ったのが三千三百三十三円、美女パートナーが食ったのが五千円。

「うーん、クーポンは無くなったままの方が良かったのだろうか」 などと考えた小生って、やっぱり大物にはなれないようだ。


011009  テロ対策特別措置法案

とうとう始まった。始まることが分かってはいたが、やはり・・・の観である。だからどうだということではない。何度もいうように小生はまだ分からなくて考え中である。

ただし緊急強引に通過させるであろう、この法案のタイトル。面白がってマスコミに一斉に取上げられたが、一〜二週間後には忘れられて、以後永久にお目にかかれないだろうから、記念のために転写しておく。各マスコミは「以後、この法案のことを(例えば)『テロ対策特別措置法案』と呼称します」というように、それぞれ勝手な呼び名をつけているが、それはそうだろう。記事の要所要所にこの長い法案名が出てきたら、文意不明になってしまう。

【平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対してわが国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法案】

何でもかんでも「分からん」で済ませる気はないが、それにしても偉い人が考えることは分からん。これは法律の条文ではなくてタイトルなのだ。推定ではあるが、おそらくすり合わせと妥協の産物なのだろう。最初はもっと短かったのだろうと思う。

○○党が 「それではまるで・・・みたいではないか」 とイチャモンをつけた。そこで自民党が 「じゃあ・・・という文言を入れるから通過させてね」 といって文言を挿入する。××党が 「ダメだダメだ。それでは・・・であるかのような誤解を生むではないか」と叫ぶ。自民党が 「ハイハイ、じゃあこういうふうに文言を追加するから、通過させてね」 と言ってまた文言を挿入した。

かくして船頭が寄ってたかって舟を山に担ぎ上げた結果がこうなったのではないだろうか。まあ、これを一所懸命暗記・復唱すれば、最近とみに服用頻度が増えてきて気をつけなければと思っている寝酒プラス睡眠薬への依存度が減少するという効用はありそうだ。

先日の各党討論会。人の話を聞かない、人がしゃべっている途中で発言をもぎ取る司会者のキャラが嫌いなのであまり見ない番組なのだが、緊急時なので見てみた。

各党が思い思いに噛みあわない議論をしていて、その話の途中で司会が言葉をおっかぶせるから全体としては本当にますます「分からない」討論だった。

ゲストの慎太郎に意見を求めた時に、彼がズバリと言った。正確に再現は出来ないが、意味はこういうことである。
「折角討論しているのに何を討論しているのだ。何をすべきか、何をすべきでないか、を討論する場所なのに、さっきから話を聞いていると文章の解釈論だけじゃないか」。


そう、だからこんなに長たらしい法案のタイトルが出来て、またその一節一節の解釈を議論して時間潰しをするに違いない。

同じ番組で出て来たが、この法案の最初の仮案としてこんなのもあったそうだ。【対米支援法案】だと。グェッ。アメリカがカンカンになって怒るかも知れないけど、傲慢というか笑っちゃう分だけ、この長い長い正式法案名よりはましかもだ。

011008 わが机

狭い居室。かつてはこの机の上に、レポート用紙や原稿用紙を置いていわゆる「書き物」をしていた。今はノートパソと周辺機器で立錐の予知もなく、机としての機能を全く果たしていない。

たまに自署が必要な書類等、どうしてもボールペンを持たなければならない時は床に寝そべって書かなければならない。当然机の下のスペースもマンタンで色々なものが雑然と積み重ねられている。小生が会社に行っている間に、時々猛妻が狂ったように片付けることがある。

あの文豪、森鴎外の書斎もメチャクチャに乱雑だったそうだ。ある日お手伝いさんが綺麗さっぱりと整理整頓した時、鴎外が怒鳴りつけたそうだ。
「折角規則正しく散らかしてあるのに片付けるな。 何がどこにあるか分からんではないか」。

小生は当然猛妻に怒鳴ったりすることは出来ない。でも鴎外の言うこと、スゴク良く分かる。

011007  わが街

会社の前の通りである。恒例の秋祭りが始まった。

日本でもトップクラスの繁華街「歌舞伎町」、そして「新宿副都心」から指呼の間に位置するわが街。

ほんの僅かな距離のところにこんな下町の雰囲気が残っているのだ。
普段は車でギッシリの道路の真中のステージで、誰も聞いていないカラオケを唄っているオッサンがいる。

下町情緒を愛でるべきか、違和感にとまどうべきか・・・。

そしてこの通り、夜中から早朝にかけては、ノドチンコとオッパイを思い切りせり出したオニイサン達がたむろしているのである。


011006  帝国ホテルの寿司

先日、長野から出てきた友人をネタにして「帝国ホテルのすし」と書いたが、突然「帝国ホテルのすし」が出てきたわけではなく、ちゃんと伏線があったのだ。

実は今週の初め、同業界の社長お二方から呼び出しを受けた。仮にX氏とY氏ということにしておこう。同業の中でも格というものがあり、従って小生が格落ちの社長であるということはしつこくは書くまい。

要件は業界有志で開催している研究会の横の連絡と、研究や情報交換のためにHPを立ち上げるのはどうかという相談である。お二方ともご老体であり、仕事柄もちろんパソには習熟しているというものの、HPの立ち上げについては経験がないし面倒と思ったのである。

どこからともなく、小生がHPを立ち上げているという話が伝わり 「あいつを呼び出そう」、真意は 「あいつに押し付けよう」 という所にあったようだ。

ところが打ち合わせに指定された場所がなんと「帝国ホテル」のバーなのだ。居酒屋ではないのだ。先日の一件に続いて「やはり社長たるもの格も大切なのだな」と思いながら、「帝国ホテル」のバーに一足先に到着した。外人やファッショナブルなアベックに囲まれた席に案内され、カクテルブックだかワインリストみたいなものを差し出されたが夢おろそかに変なものは頼めない。
「ビール、待ち合わせだからとりあえずビール。国産なら何でもいい」 とオーダーして待つことしばし。お二方が現われた。


「どの位の費用がかかるか」とか「どの位の時間がかかるか」という質問には小生でもすぐに答えられる。「僅かな費用と二〜三日」。

しかし何と言っても問題はコンセプトとコンテンツである。ああでもない、こうでもないで大分時間を費やした。メンバーが揃った所でこっちもちっとは見栄を張らねばなどと思って偉そうに「ジントニック」などと追加オーダーをした。いずれにしても早急に結論が出る問題ではないし急ぐ問題でもない。

そのうち腹が減った。X氏が伝票を持ってさっと立ち上がり 「地下にうまい寿司屋があるから・・・。ここは私が持つから、寿司はワリカンで」 と言ってレジに向った。後から思えばその時に 「イエ、私が持ちます」 と言って強引に伝票を奪っておくのだった。

雑談をしながら寿司を食い終わって清算。Y氏が 「上でご馳走になったから今度は僕が・・」 と言って伝票を取り上げた。 
「あれ? ワリカンの筈では・・・」 と思ったが 「そうですか、ご馳走様」 というワケにも行かない。「イエイエ、私が・・・」と言ってY氏と小生の間で良く見かける光景、伝票争奪戦が始まったのだが、何とY氏の闘志は極めて貧困だったのだ。敢闘精神が欠如しているのだ。ほんの少し、形ばかり力を入れただけで、伝票はいとも簡単に小生の手に残ってしまったのだった。


それで肝心のHPは?  
「とにかくトップページだけでも立ち上げるか」というので 「でもそのトップページのデザインをどうするのだ」と聞いたら、X氏が「さしあたってY氏のヌードでもどうだ」 という。
Y氏はY氏で 「とりあえずオレのヌードで立ち上げるか」 という。


冗談じゃない。困るのだ。写真をそのまま取り込むだけなら簡単だけど、変なものを立ち上げられた後にモザイクを入れたりボカシを入れるのは結構、面倒なのだ。


011005  百年河清を待つ

たまには静かに真面目に考えてみよう。とは言っても本コンテンツでのこと。日常生活ではいつだって静かに真面目に考えているバカであるということをアピールしておく。

本コンテンツでもたまには真面目に主義主張をガナルが、基本的には自分の息抜きのための休息の時間と考えている。だから脱線だらけの迷走ではあるが、皆様からお許しを頂けているのだと思う。

ここのところ、息抜き目的で通っているスナックが全く息抜きでなくなってしまっている。ガハクが乱入してきて、明らかに小生をターゲットとして難問を吹っかけてくるのだ。

小生は百回でも二百回でもいう。「分からない」のだ。本当に分からないのだ。分からないと叫んでいるバカに対して、三白眼をヒンムイテ議論を仕掛けてくるなと叫びたい。本当に「分からない」のだ。

否、正確には「分からない」というよりは 「アッチも分かる、コッチも分かる」 という表現の方が・・・、端的にいえばオレは正真正銘のバカの軟弱者であるという認識に立つのが正しいのかも知れない。

小泉の 「じゃあ、日本は世界から孤立してもよいのか」ということも分かるし、慎太郎の 「憲法の改正がないのは先進国で日本だけ。法律は時代に則して変わるもの、変えなければいけないもの」という視点からの意見も分かる。

一方で最近の「ニュースステーション」の久保や、「NEWS23」の筑紫の、主張というか構成コンセプトも分かる。もしかしたら両方分かるということは、いや、もしかしなくても両方分かるということは、明らかに 「何も分かっていない」 ということと同義かもしれない。でもこれだけは分かって欲しい。「分かろうとして・・・」 懸命に希薄な脳みそを総動員しているのだ。考えてはいるのだ。

一部識者も同様のことを言っているがガハクの意見は立派だと思うし、共鳴する部分がある。
「あそこに四兆円をつぎ込むのは賛成。でもそれは軍事費ではない。道路を作れ、公共施設を作れ、学校を作れ。そうすれば三十年後、五十年後に文化が変わる。我々の世代、その位のサイクルの歴史認識を持とうではないか。それがわれわれが生きていることの意味であり、後世に残す遺産ではないのか」。 モノスゴク同感である。

でも一週間後に殺されるかも知れない。自分が殺される分には後のことは分からないが、自分が生き残って、家族や大切な友人が殺されたとしたらどうなのだ。

「それは次元の違う問題だ」ということも分かって言っている。かつての猛妻が 「仕事と家庭とどっちが大事なの?」 ほどに、或いは「すき焼と映画とどっちが好きなの」 ほどに、次元の異なることであるということは分かっている。でも家族や大切な友人・・・。

「百年河清を待つ」 べきなのか。でもこの言葉だって中国人のスケールの雄大さを賞賛する場合に使う場合もあるし、中国人の呑気さ、脳天気を揶揄して使う場合もあるではないか。  ウーーーン。やっぱり分からない。

でもひとつだけ・・・。ブッシュはある程度止むを得ないとしても、ブレア、小泉、言っていることは分かるけど、もうワンオクターブ、もうワンテンション、低い声で、冷静な言葉でわれわれに語りかけて貰えないだろうか。


011004  気持のいい対応

例のJALの懸賞随筆入選の副賞「世界お好きな都市への往復ペア航空券」。気が早い小生のことである。入選通知があってすぐに、行き先をオーストラリア、同行者をトリさんと決めてネットでJALの空席状況を確認の上、日にちも往路が十一月十八日、帰路を二十三日と決定。八月中旬に申込みのメールを送った。先方の担当者は佐藤女史。
すぐにメールで返事がきた。「この度はおめでとうございます」に始まる丁寧な文面である。

「ご予約承りました。確かに空席がありますので確保いたしました。でも、いま正式発券してしまうとそれで確定になってしまいます。一ヶ月前位まで待たれたら如何でしょうか。その時点で改めてご連絡いただければ正式発券しますし、万一それまでに満席になるような状況になりましたらこちらからご連絡を差し上げて、いまキープしているものを正式発券にすることが可能ですが・・・」とのリコメンデーションである。

普通なら「発券してくれ」と頼んだのだから、さっさと発券してしまえばそれで彼女の業務は終了。後に面倒を引きずる必要はなかったのだ。こっちの事情で延期などといっても「それは出来ません。取り消しになります」で、こちらから文句のつけようはないのだ。
しかも小生は別に客なわけではない。先方にとっては良くいえば招待客、普通の感覚でいえばタダ乗り客であるに過ぎない。
あの時点ではまさかこんな事態になるとは想像もしていなかった。彼女のリコメンデーションに従っておいて良かった。

その後オーストラリア入にはビザが必要ということが分かったが何分オーストラリアは初めて。ネットで色々調べたがネットでビザを取るのは面倒そうだし、大使館に足を運ぶのも億劫だ。旅行代理店に頼むとすれば先に発券して貰った航空券の提示が必要なのだろうか。
予定通り行くとすればそろそろビザの準備をしておいた方がよい。佐藤女史とは関係のないことではあるが、エーイこの際聞いてみようと思って昨夕またメールを打った。

小生のことなどとっくに忘れられていると思い 「あの時の随筆入選の・・・」 に始まる自己紹介から始めて 「情勢が情勢なので延期するかも知れない。でももし予定通り出発するとしたらビザが先なのか航空券が先なのか」 という趣旨の質問文である。
返事を貰えなければ貰えないで仕方がないと思って発信した。どうせタダ客なのだから「甘ったれるな」と無視されるかもしれないが、四〜五日中に返事を貰えれば儲けものと思って・・・。


夜遅く我が家に返信が入った。「出かけていましたのでお返事が遅くなって申し訳ありません」 に始まる丁重な文面。ゼンゼン遅くないのだ。

「予約は確保してあります。発券はまだ大丈夫ですから最終予定が確定したらご連絡下さい。その際ビザの取得についてもご連絡頂ければこちらで代行、一緒にお渡し致します」。

一年前に山崎豊子の「沈まぬ太陽」を読んで 「オレは一生JALには乗らない」 と宣言した。
その宣言を憶えていたタチの悪い友人から 「タダなら乗るのか、節操がない」 とからかわれた。

その通り、オレは節操がないのだ。今後はJALしか乗らないのだ。アリガトウ佐藤女史。

011003  徳島日帰り旅行

少しゆっくり寝て九時起床。九時半に家を出て十一時半前に羽田着。JASのカウンタに行き、クレジットカードを提示してサインしてネット購入の航空券を受け取ってから立ち飲み喫茶でコーヒーとトースト。慌しく飛行機に搭乗。

十二時ジャストに飛び立った飛行機は一時間で徳島空港に着陸。折角三年ぶりの徳島だが全く余裕なし。それほど腹は減ってないが、徳島まで来てうどんを食わない手はない。
空港レストランに飛び込んで素うどん。やはり空港レストランのヤツは不味い。

空港からタクシーで伯父の家まで四十分。到着が二時三十分。早速先日亡くなった従兄弟の仏前に線香を供えて合掌。
小生のうしろで改めて号泣する伯父・伯母にご挨拶。二人とも九十を越えていて体が不自由だし耳も遠い。大声で「ご愁傷様」をいうのは何かそぐわない感じである。

それでも勧められるままに、自分で冷蔵庫から缶ウーロンを取り出して飲みながら伯父・伯母の話を聞く。引き止められたがここから徒歩十分の猛妻の実家を素通りというわけにもいかない。四時に辞去して猛妻の実家に土産を届けて四時半。案の定空港まで送ってくれるという猛妻の弟の車に乗せて貰って五時過ぎに空港着。

再度覚悟して空港レストランに飛び込み、それでもやっとビールにありついて刺身をつまみに。やはり不味い。
六時の飛行機に搭乗して七時羽田着。少しましな空港内の中華レストランに入ってビールと夕食。十時現在いささかくたびれて帰宅。

これが、先日ネット購入の航空券による本日の本当の予定であった。しかし実際には幸か不幸か、先週末になって「どうしても本日でなければ・・・」というクライアントからの押し付け打ち合わせが入ってしまったし、断るわけにいかなかったのだ。
やむを得ず先週末になって航空券をネットでキャンセルして伯父・伯母に詫びの電話を入れた。考えてみれば正解だったかも知れない。

上記の強行スケジュールに要する費用がざっと五万円。それならばその分、香典に回した方が遥かに実質的な筈だ。それにもし天国というものがあるとすればの話だが・・・。東京からの距離も徳島からの距離も全く変わらない筈だ。

再度、伯父・伯母に「元気を出すように」の電話を入れて、自宅で従兄弟の冥福を祈って合掌した。

011002  同じ社長でも格が違う

一昨日曜は恒例の年に一度の高校時代のクラス会だった。昼前から始まった会の場所は、恵比寿の有名店。噂では知っていたが生れて初めての豆腐懐石料理。イヤア参った。

前菜に始まって七〜八品。出て来るもの出て来るもの全てが豆腐のオンパレード。いちいち説明つきで出てくるが、何しろ原型を留めていないため、食いたくなくて死にたくても頭をぶつける角さえないと来ている。全ての料理を箸の先っぽで味見をしただけでパス。腹が減ったのでせめて茶漬けでもと思って飯を待ったがなんと湯葉粥。

きわめつけのデザートが豆腐のアイスクリーム(多分)に滅茶甘のオカラの蜜(多分)をぶっかけたヤツ。
イヤア本当に参ったのである。
二次会場に行く途次、ちょっと失礼して一人ドトールに飛び込みコーヒーとトーストで飢えをしのいだ。

夕刻解散。長野に本社を置く上場企業、代表取締役社長の焼野と肩を並べて帰宅の途についた。彼は高校時代の秀才であるが、どういうわけか大凡才の小生とは仲が良く、今でも東京出張の折には電話をかけてくるので、クラス会以外にも年に二〜三回は顔を合わせる仲である。

今日は田無の実家に泊まるというので、帰宅方向は一緒である。小生が「腹が減ったな」というと、彼も同様の災難を感じたらしく「肉の塊が食いてえ」という。

ヨッシャということで、いつか本コンテンツの写真でも紹介した荻窪の「鳥もと」に案内した。何しろ荻窪駅に下りるとホームまでぷんぷんと匂ってくる名物焼き鳥屋である。

普段でもだが、特に日曜日、超満員で店の中には入れない。立ち食い客で溢れている中で、やっと二席だけ確保した。といっても道路に置かれたテーブル席である。目の前が交番で、警察とどこでどう話がついているのか知らないが、店の前にはみ出して、道路に数卓のボロテーブルと丸椅子をはみ出させて置いてあるのだ。そのテーブルの上座、すなわち奥の方に彼を座らせた。小生の背中は荻窪駅の出口からあふれ出て来る客が、背中をこすらんばかりにして通り過ぎて行く。

「どうだ、美味いだろ」 といってやったが、彼はうつむいてチューハイを傾けながら上の空の様子で串を口に運んでいる。時々視線を上げるがまるで犯罪者であるかのように落ち着きが無い。 「何だ、どうしたのだ?」 と聞いたら、小生の背中を通る大群衆を指差しながら 「誰かに見られたらヤバイんだよな」 とボソッとつぶやいた。

シマッタ、そうか、気の効かないことで申し訳なかった。急いで席を替わってやって少しは落ち着いたが、彼は上場企業の代表取締役社長。東京のマンモス企業の関連会社なのだ。フライデーに 「あの焼野社長が零落か!?」 なんてスクープ写真を撮られたっておかしくないのだ。

かつてのクラスメート、今も同じ社長同士なんて気楽に考えていた小生のミスだった。同じ社長は社長でも、雲泥の格差なのだ。
そういえば三〜四年前、彼を長野に訪ねていった時は豪勢な料亭でご馳走になったのだった。

たまには変わった所もよいだろう、というのがひとつ。今日は小生が金を払わねばなるまいな、と思ったのがもうひとつの理由。千円札三枚を出してつり銭を受け取って早々に退去した。

今度出て来た時は帝国ホテルで寿司でもおごってやろう。 絶対に当分は出てくるなよ。



011001  アバウトなヤツ

わが社の社外取締役で自分でも会社を持っている社ダチのトリさんのことは何度かここでネタにした。そう、例の佐久山荘の持主でもある。とにかくアバウトなのだ。

先週始め、彼から電話があり 「明日四時に博多から仕事の打ち合わせでクライアントが出てくるが、目下オフィスが散らかっているので接客スペースを貸してくれ」 という。 「いいよ」 と答えた。

数理統計の難しくてややこしいシステム開発がらみの、規模の大きな仕事が決まって、その契約のためにクライアントがわざわざ博多から日帰り出張で出かけてくるのだ。

そのクライアント氏が当日の二時に当社を尋ねて来た。「トリさんからこちらにお邪魔するように言われたものですから・・・」と。「ハイ、伺っております。どうぞ・・・ですけど四時のお約束ですよね」。 「いえ、二時です」。

エーーーッとばかりに二人でびっくり仰天した。急いで彼のオフィスに電話したが留守電。まさかとは思ったが埼玉の片田舎のトリさんの家に電話したら奥さんが出てきて 「はい、少々お待ちください。今起きて顔を洗ってますから」。  「ナニオーーーッ!」。

博多のクライアントからのメールの十四時をトリさんが横着して眼鏡をかけずにみて、四時と読み違えたということが後から判明した。従って四時に照準を合わせていま顔を洗っているのだ。

何分デッカイ契約である。トリさんも電話口で蒼ざめた声を出している。
「飛び出して行くけどどんなに急いでも三時半。何とかお相手をしていてくれ」。

そんなこといわれたって・・・。クライアント氏に事情を話すと
「もう一件予定があって夜の飛行機だが、こちらが主目的なのでもう一件はキャンセルします。こちらで待たせて下さい」。

初対面とはいってもとりあえず当社を尋ねて来た客人を、一時間半も一人で抛って置くわけにはいかないではないか。仕方がないので喫茶店に誘って向き合って座った。

話題がないのだ。難しい数理統計の話などチンプンカンプンなのだ。世間話っきゃない。
映画、本、酒、写真・・・ない頭を振り絞って話題をしかけたが乗ってこない。数理統計・物理・音楽・・・先方がジャブを出してくる話題はこっちがサッパリだ。

温泉・露天風呂・・・や〜れ嬉しや、猛然と食いついて来たのだ。一時間強を温泉談義で退屈させずに潰すことが出来た。比較的涼しい日だったが「済みませーん」と叫んで駆けつけてきた脳天気のトリさんは脳のテッペンから湯気を出していた。

今日クライアント氏からダンボールの荷物が小生のところに届いた。開けてみると九州に関する温泉情報がビッシリつまった本が六冊。「貴重なお時間を頂いて申し訳ありません。社で関係する所の新刊本です。いずれも無料で入手したものですからご遠慮なく」とある。

美女の入浴シーンのグラビアが沢山あるのは目で楽しめるが、九州の温泉案内をくれたってねえ、とは思ったが、気持ちは嬉しいではないか。

トリさんに報告して 「こういう風にタイムフィーということをキチンと考えてくれる人は嬉しいね。それにひきかえ・・・」
とまで言ったところで 「ワカッタ行こう」 ということになり、昼飯に焼肉定食をオゴッテくれた。