迷  走  録


一旦自分の口から飛び出してしまったコトバには責任を持たなければならない。それは既に社会に向けて発信されてしまったのである。

ましてそれが確実な記録として残る「書く」ということにおいてはなおのことである。

自分に確たる思想があるわけではないし、生き方の方向が定まっているわけでもない。だからコトバを発することは恐いし、書くことはもっと恐い。

自身で振り返ってみても矛盾に満ち満ちているので・・・。

しかし、だからといって考えることを止めるわけにはいかない。瞑想することを放棄することは出来ない。

たとえ、迷走でも良い。口から発することによって、書くことによって、多少なりとも自らを律することが出来るのだとすれば。

自らを律する意味でも「毎日更新努力」を宣言して、本コンテンツを設置した。    

                                                                       2000年 12月 1日
レジメ 

2000/12  0101前半 0101後半 0102前半 0102後半 0103前半 0103後半 0104前半 0104後半 0105前半 0105後半 0106前半 0106後半 0107前半 0107後半
0108前半 0108後半 0109前半 0109後半 0110前半 0110後半 0111前半
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020131 一通情報と混沌情報

小生の年代でネット環境を持っているのは、推定ざっと三%という所だろうか。それもせいぜいがメール止まり。
巧拙は別にして自力でHPを立ち上げている人間ということになるとおそらく一%に満たないだろうと思う。

自分がやっているということを自慢する心算ではないが、これを読んで下さっている方はネット環境を持っている方なので 「くだらないことを自慢しやがって・・・」 などとは思わないと思う。

ところが同年代の人間が集まるヤタラな所ではネット環境などという言葉は禁句なのだ。
「自慢しやがって・・・」、裏を返せば 「羨ましい・・・」 というレベルには留まらず、軽蔑の対象にされてしまうのだ。

「いい歳こいた先っぱしり」 「時代に迎合することに一所懸命なヤツ」 「自分は出来るということを鼻にかけているキザなヤツ」。

酔いが回るほどにこの非難は声高になり露骨になって行く。実に不思議な現象であるといつもガハクと話をする。
ガハクと「情報」というテーマで話をし、その手段としてのネットということについて、静かに差しで話をしているのに、遠くの席から横槍として嘲笑が入ってくるのだ。


「なに〜〜、さっきから聞いていたら情報情報って。そんなものは大昔から新聞とか雑誌があるでしょ。勿論ラジオだってテレビだって。ことさら変な機械をコチョコチョいじくり回して情報をとる必要がどこにあるのさ」。
「あんたと話しているわけじゃないから黙っていろ」 と言いたい所だが、ガハクとさっきからまさにその話をしていたのだ。

確かにマスコミはマスメディアを通じて我々に情報を与えてくれる。しかしこれは本当の意味で「情報」といえるのだろうか。
単なる「知識」ではないのか。もっといえば「情報」などという新語を使わずとも、「ニュース」という言葉で十分ではないか。
百歩譲歩して「情報」と呼ぶにしても、これはあくまでも一方通行の「情報」であるに過ぎない。


一部の新聞でも紹介されたが 「パキスタンのオバハン」 は自分のHPを通じて、毎日アフガン情報を世界に向けて発信しているし、その底流にあるのはHPという名のミニコミによるマスコミ批判であるといっても良いだろう。
ガハクとは今そういう話をしているのだ。酒を飲みながらではあるが、静かに、熱く。

もちろん世界の至る所からといってオーバーなら、日本中から発信されているこれらの庶民・生活者の情報を、もちろん受け手であるわれわれ自身で取捨選択する必要はあるが、自分なりに咀嚼して考えるのが「情報」なのではないか。
情報の情は 「情」。 「何かを見たり聞いたりして起こる、心の動き。感情。(新明解国語辞典)」。
情報というのは与えられるものではなく、殴り合う混沌ではないのか。


そういった意味でネットは確かに凄いパワーを持っているし、その恩恵に浴しようという強靭な意思を持つこと、ネット環境を取り込む努力をすることは必要なのではないだろうか。

その努力を放棄するとしても、少なくともそういう努力をしている人間を軽蔑するべきではない。
そういう老人にはなりたくない。  しかしひとたび自分の回りを見渡した時、そういう老人達の何と多いことか。


われわれの年代まだ十年や二十年は生きる人間も多い筈だ。
十年先、二十年先、彼我の溝はどこまで広がるのか。彼我の差はどうなっていくのか。考えるだに恐ろしい。



020130  ニュース製造

期間中何度かの荒天にたたられ、難渋を極めたSS調査であったが、何とか終了した。大学生のバイト諸君もご苦労様だったが、わが社の若いパワー二人が携帯を首からぶら下げ、東奔西走の大活躍をしてくれた。それにしても便利な世の中になった。

一昔前であれば、管理者は社の電話機の前に齧りついていなければならなかった。今はこの携帯という文明の利器のお蔭で、管理者は自らも走り回りながらの管理業務が可能になった。

さて、この期間中小生自身も、彼ら二人に比べれば甘っちょろい密度であるとはいえ、バイト諸君の管理に土・日も返上して動いた。大学生バイトと現場のSSで朝一で待ち合わせをしてその日の荷物を引き渡し、作業指示をするだけという、早起きというネックを除けば楽な作業である。そしてこの期間、小生は六人の大学生と顔を合わせた。殆どの諸君が礼儀正しく、ハキハキとした気持ちの良い若者達であったということはすでに書いた。すなわち殆どはニュースネタにはならない諸君である。

然るにこの前の日曜日、やっとニュースネタになり得る女子大生に会うことが出来た。都心のSSで午前十時の待ち合わせ。日曜というのに七時半に起床して、三十分前には現場の最寄駅に着いた。しかし都心とはいっても完全なビジネス街のこの地域、まるでゴーストタウンである。喫茶店は軒並みクローズ。仕方がないのでSS業務の邪魔にならないように、近くの見通しの良い道路上で待つことにした。

ビルの谷間、木枯らしが吹き抜ける。でも今までの五人のバイト諸君は十分前には現場に来ていた。ところがこの日の女子大生は十分前はおろか、十時を十分過ぎても現われない。十時半になっても来ない。荷物を渡すだけだし、その後はプライベートで新年会出席のためどちらかといえば薄着で出発のコッチの体はガチガチに冷え込んだ。

たまりかねて十時半に彼女の携帯に電話。 「すみませ〜ん。今電車の中で話が出来ません。駅についたらこちらから電話しま〜す」 と可愛い声。うむ、電車の中で電話できないとはなかなか礼儀正しいと思ったのも束の間、待てど暮らせど電話がない。

やっとコッチの携帯の電話が鳴ったのが十一時前 「いま駅に着きましたから十五分位で着きます」。
「うぬーーっ!」。 さらに冷蔵庫の中で待つことしばし。やっと向こうの角に目印の当社の袋を持った彼女が姿を見せた。
何と歩き煙草でぶらりぶらりと・・・。 「うぬーーッ!」。

流石にコッチの姿を認めてからは小走りで来たが、あろうことか火のついた煙草を踏み消しもせずに道路にピョコンと放り投げて・・・。「スミマセーン、遅くなりましたあ」。 遅くなんかない!!
たったの一時間十五分の遅刻なのだ。こっちは一時間四十五分も、この木枯らしの中で突っ立っていたのだ。

ドタマかっと来て説教してやろうかと思ったが、大切な新年会に遅刻しそうなのだ。逆ギレされて時間を取られるのは困るので、何食わぬ顔で引渡しをして急いでその場を去ったが、ハラワタが煮え繰り返るようだった。いままでの礼儀正しく爽やかな五人の大学生達の残像はどこかへ吹っ飛んでいってしまったが、例外のこの彼女こそがニュースネタである。

こんなマイナーなHPですら、何人かの読者が存在するのだ。これが何千万人かの読者を擁するマスコミに報道されたらどう化けるか。
別にマスコミにうらみつらみがあるわけではないが、大半を占める健全な若者達は姿を潜めてしまい 「ッタク最近の若い者は・・・」という巷間の評価として定着してしまうのだ。


020129  誰もいない家

本早朝、猛妻は西表島・石垣島への三泊四日の撮影旅行へ出発。娘は友人宅への避難完了。パルはすでに昨夜からペットホテルへの避難完了。朝、寒々とした我が家に施錠して一人で出発した。

いつもの朝だとパルが玄関まで飛び出して来て、ギャンギャン吠える。「お座り、お手、お代り、チンチン」を三回繰り返させて、四回目に言うことをきかずにウーーーッと唸り出した所で娘が 「ウルサイッ」 と怒鳴り、猛妻がすっ飛んで来て 「おお、パルちゃん可哀そカワイソ、もういいのよ」 と言ってパルを抱き上げたところで出発するのだ。

これから一日の過酷な時間を過ごさなければならないというのに、物足りない気分で寒風に向かって玄関を後にした。

本日は午後から業界の社長とお偉方連中約五十名がホテルに参集してのセミナーと、引続いての新年パーティ。少なくとも第一日目の今夜は飯の心配は要らない筈だったどころか、高い会費での豪華絢爛の食事だった筈なのだ。しかし前段のセミナーの内容で意気沮喪してしまったのだ。というか、今風の言葉でいえばキレテしまったのだ。とてもじゃないが 「オメデトウございます」 を連呼しながらパーティを楽しむ気分にはなれなかった。「用事があるのでお先に失礼します」 と言って会場を後にした。

しかし考えて見れば用事なんかないし、それどころか帰宅しても飯もないのだ。まあ、食欲だってそれほどあるわけではないのを幸い、最寄駅の屋台でビール一本、焼鳥五本を食って寒々とした我が家の玄関を開けた。吠えながら噛み付きに来るパルはいない。

しばらくしたら流石に腹が減って来た。でも食うものなんかない。それもその筈「面倒臭いから何もイラン、冷蔵庫にはビールと氷だけ、それと金置いてけ」 と注文しただけなので、猛妻もその通りにして出て行った。生憎今日は「どん」も定休日である。

でも、大好物の頂戴ものの南京豆があることを思い出した。台所中を引っ掻き回したが分からない。まさかそのことのために沖縄まで電話するわけにもいくまいな、と思っていたら、何と我が机の上に乗っているではないか。猛妻もたまには気のきくことをやるもんだ。

ということで大量の南京豆とビールで、取りあえずは今夜の飢えは凌いだ。さて、今度は茶が飲みたい。
いつもなら「どん」に駆け込むのだが、何しろ休みだ。かといってポットに水を入れて湧くのを待つのはかったるいし、ガスは点けるのも消すのも面倒である。第一急須にお茶っ葉を入れて、それから・・・などという作業を考えると気が遠くなる。

ということでもう一缶ビールを飲んでからウィスキーに移ることにしよう。

以上は、猛妻に読まれても良い。「どうだ、私の有り難さが分かっただろう。マイッタカッ」 と言って喜ぶだろう。
しかし、この後の文章は読まれては困る。以上の物理面とは違って精神面のことを書くからだ。

ああ何て自由なんだ。何て素晴らしい一家まるごとの空間なんだ。何て伸びやかな、何て静かな、何て素晴らしいオレだけの世界なんだ。

明日は遅刻しよう。今夜はパソに向かってキーボードを叩きながら、酔いつぶれるほどに呑むのだ。たまらなく眠たくなったら、寝室などに行く必要はない。着の身着のままで、この横の寝椅子に引っ繰り返って、目覚ましをかけずに寝るのだ。

ああ、後三日、この幸せ空間が我が身を包んでくれる。


020128  会長

季節が巡っている以上、年中行事がある以上、今年もまた去年と同じことがあるということは避けられない。昨年の今ごろ、季節感とともに同じような感慨を抱いていたことがあるとしても、それは当然である。

問題は昨年それをここに書いたか否かということである。誰しもそうだが、同じ人間から同じ話を何度も聞きたくない。これが会話であれば相手が善玉であれば始めて聞くような振りをすることも出来るし、相手が悪玉ないしはよほど親しい人間である場合には「その話は聞いた」とニベもなく言うことも出来る。しかし書くということにおいては、これはまさに一方通行である。わが愛読作家、椎名においてすらが、その話は読んだということを、違う著作に何度も繰り返しているではないか。小生のような小物がそんなことを気にする必要はない。

第一本人も覚えていないのだから、ここを読んで下さっている方が覚えている筈はないのだ。この話も書いたかどうか分からないし多分書いたと思う。昨年のヤツを調べれば分かることであるがそれも面倒だし、これが三十年・四十年溜まった時のことを考えると、とてもそこまでは気を使っていられない。別に昨年の分をコピー&ペーストするわけじゃない。今年には今年の感性と文章があるのだ。という前置きをした上で書くことにしたが、やはり気になるので調べに行った。アレッ?ない。でも確かに記憶があるのだ。

よくよく調べてみたら、一昨年の八月にここではなく「零細」の方に「鮮烈の日々、今薄暮の中に」として書いてあった。やはり小生の記憶は正しい。まだボケていない。

遥か昔に卒業した高校時代の演劇部OB会の会長職を十五年にわたって拝命していたが、いささかくたびれたし、幸い後任が見つかったので一昨年夏、ついに会長職を引退、先輩会員達が慰労の宴を張ってくれたという話である。その際に大量の図書券も頂戴したのだ。

ところがこの後に起こった昨年の事件のことは、この「迷走緑」に一言も書いていない。こんなよいネタがあったのに書いていないということは、昨年の今ごろは余程潤沢にネタがあったということなのだろう。

OB会の総会は毎年一月の最終土曜日と決まっている。小生が会長在任の十五年間は一度たりといえども狂ったことがない。ところが新会長にバトンタッチした昨年、一月に入っても中旬になっても案内状が届かないのだ。
ヤキモキしたがもはや、あっしには関わりのないこと、と心を鬼にしていた。そのうち諸先輩方から新会長の方でなく小生の方への電話攻勢が始まった。「新会長は何をやっているのだっ」。そんなことは小生が知っているわけない。


そのうち今度は 「新会長に連絡を取れ」 の指令。仕方がないので新会長に連絡を取ったら 「忙しくて忘れていた」 の返事。
そのままを先輩に取り次いだら今度は 「お前何とかしろ」 の命令。ということで昨年は大変だった。案内状などとは言っておられず主要メンバーへの電話連絡と突然の会場抑えと更に連絡。伝統の一月最終土曜はダメだったが、何とか二月半ばになって開催に漕ぎ着けた。

ドサクサに紛れて今年の臨時執行幹事を拝命。
この最終土曜につつがなく総会を終えたは良いがその席上で 「ヤッパリお前が会長をヤレ」。 「引退慰労に貰った図書券返すのヤダ」と頑張ったが 「図書券はそのままヤルから有り難く会長職を引き受けろ」。


会長は偉いのだ。これからまたリスト整備と会場探し、案内状の作成・印刷と封入・投函。
全ての雑務をこなさなければならないハメになった。 無責任な新会長のヤロウッ!


020127  きたキタ来たっ!

例年ならばとっくに来ている筈なのだが、今年は ックション 遅いと思っていた。一瞬ではあるが ズルウッ 今年は助かるのかなと錯覚したくらいである。 ックション しかし予報では例年より多いと言っているし、電車の中もそろそろ騒がしくなった。チーンッ、いけない、かみ過ぎると鼻の下がただれるのだった。

同病ザマミロの社ダチやメル友の所にもそろそろ来て 
ックション いる様子である。まさか直ったという筈はないので ジュルジュルゴックン やはり感性が鈍化したというか、体の反応が退化したに違いないと思っていた。まあこん ズルウッ なものは来なければ来ない方が良いのだが、来なければ来ないで少しは淋しい気も ックション するから不思議である。

しかし、二〜三日前からやって来たのだ。 ジュルジュルゴックン わが体は健全だった。これから桜の散る四月上旬まで、不愉 ックション 快な毎日が続くのである。
ジュルジュルゴックン。胃の中がネタネタと腹八分目である。
今日は昼食を抜いても大丈夫だ。 
ハックション!


020126  かもしかの肉を食った

貴方はかもしかの肉を食ったことがあるか。いうまでもなくかもしかは特別天然記念物。この肉を食うのは犯罪行為である。
昨夜は肉弾掲示板の新年会。例によってガハクのアトリエで賑やかにパーティ。


しかもかもしか (これは惜しいところで回文にならない) の肉が手に入ったのだ。食うべきか食わざるべきか。大いにもめた。
しかし結論。「折角調理用として捌いてあるのだ。この中にチクル奴がいなければバレナイ。お互い信頼して食うことにしよう。な〜に、雪印の犯罪に較べれば可愛いものじゃないか」。そして食った。涙がでるほど美味かった。


あっちの鍋は醤油味、リンク先の「鴨重さん」の鴨のミンチ鍋。こっちの鍋は味噌味でメンバーの若い美女だちの三重県の親戚が熊野の山で仕留めたという鹿肉。

ちょっとネタバラシが早すぎたかも知れないが、誰に読まれているか分からない。早めに白状しないとそそっかしい方にチクラレテ手が後ろに回らないとも限らない。雪印だってまだ手が後ろに回っていないのだから、コッチの手が先に回るなんて冗談じゃない。
念のためにもう一度いう。かもしかの肉というのはアッチの鍋の鴨の肉とコッチの鍋の鹿の肉のことである。イヤア、美味かった。


鹿の肉というのは初見参ではない。ドライブ先の地方で何度か食ったことはある。しかしこれらの鹿肉はあくまでも流通に乗って流れて来たものである。昨夜の鹿肉はつい三〜四日前まで熊野の山の中を走り回っていた (ここまで書くとチト可哀想な気もするが) 取れたてというか撃ちたての鹿なのである。とろとろと味噌味に馴染んで溶けて、味噌をあまり得手としない小生であるが、思わず味噌に拍手するほどの・・・味噌という自堕落な調味料をここまで昇華させる素晴らしい肉であった。

参加メンバーは十一名。 「そんなに食いきれるかあ」 と叫んでいた連中であるが、特大の鍋二つ、アッという間にスッカラカンになってしまったのだ。そしていよいよ真中に鉄板の登場。鴨のステーキのお出ましである。小生は何度か食っているので美味いことは百も合点二百も承知だが、メンバーの中にはこのような食い方に対しての鴨バージンも何人か存在した。  

彼と彼女の反応を見るのが実に、実に楽しかったのだ。まさに百面相である。ものも言わずにパクツイテいた。
熊野の鉄砲撃ちさん、そして鴨重さん。有難うございましたなのだ。 


腹がくちて一段落した所でプリントアウトした「ネッ川」の改めての評論会。こちらの方もかもしか腹一杯のご機嫌に支えられて大いに盛り上がった。メンバーの半分ほどが投句参加者、ほとんどが投票参加者とあっては、いやあカシマシイこと。これは誰の句だ、これはお前の句に違いないとワイワイやり合っている。

この投句者の推理というのもなかなか楽しいものである。正解は小生だけが知っているというのも快感である。従って小生には投票権はないが、小生だけが正解を知っているということの快感は、投票権がないというイラダダシサを補ってあまりあるものがあるのだ。


特に傑作だったのは作品の全てが自分達だけの世界になってしまうことだ。思わず口を出した。
「チョット待てよ、作品の大半はネッ友なんだぞ。ここのメンバーだけで構成されているわけではない」。

素っ頓狂な人間がいて 「そのネッ友って誰のことよ?」。
そんなこと説明のしようがないし、仮に説明したとしてもアンタの知らない人じゃないか。だからネットなのだ。


020125  死ロゴ殺し

またしてもHPの話で恐縮である。特にHPビルダに興味も関心もない方にとっては「またか〜」のツマラン話題だと思うので、その方は読み飛ばして頂きたい。 

さて本日のタイトルから、ビルダに関心のある方、特にビルダの「ロゴ」とやらに苦労された方は、小生が今日ここに書こうとしていることを察せられたことと思う。

別に「左から読んでもシロゴゴロシ 右から読んでもシロゴゴロシ。どうだっ!見事な回文だろ!」 などと威張る心算は少ししかない。

さて、何度かシツコクUPしたが、どうやら本HPを再起不能にブッコワスことなく「猛妻写真館」の大掃除を終えることが出来た。
こうなると性懲りもなく欲が湧いてくる。平素は散らかしっぱなしで無神経なくせに、一旦始めたとなると 「この際だ、徹底的に」 というシツコイ性分が鎌首をもたげるのである。

ビルダにはロゴという機能がある。例えば「猛妻写真館」というタイトルにロゴを使うと、あたかもデザイナーが描いたような鮮やかな文字に化けるのだ。それもその筈、描いたような・・・ではなく、実際にデザイナーが描いたものを勝手に手元に取り込んで、後は自分のセンス次第で自由自在に加工できるというソフトである。文字の大きさも角度も色も縁取りも、お好みによって如何様にでもというヤツで、場合によっては動いたり、マウスを当てるとグニャッと文字が変形したり、ネオンのように点いたり消えたりというスグレ物である。

使いこなしたらなかなか綺麗で楽しいものだと思う。しかし小生のようなセンスの無い者がこれを使うと、ピンサロもかくやと思うばかりの下品で目が回りそうな満艦飾になってしまうのである。

しかも非常に難しいのがこれにもひとつずつ「ファイル名」が必要だということである。最初のうちは知らないから、適当にロゴを使っていた。その結果「猛妻写真館」のロゴがリンク先の信州のネッ友の所にへばりついてしまう等の失礼を繰り返したりした。極端な場合、ここで張らせて頂いているリンク先十一ケ所のうちの七ケ所までの看板が「猛妻写真館」になってしまったことがある。

訪問された方もビックリしただろうが、作ったコッチはもっとビックリしたのである。
イヤア、頭の良いソフトっていうのは、頭の悪いヤツは使うべきでないのだ。

ということで、これからは極力使わない決心をしたし、すでに使ってしまってあるものも後々のことを考えて、一部を除いて徐々に普通文字に直して行くことにした。

となると気になるのがサーバーに残っているロゴファイルであるが、そんなに大きなメモリを食うものでもないので放っておこうと思っていた。ところがちょっとサーバーを覗いて驚いた。使っていない、死んでいるロゴファイルが三百は下らないのだ。しかも小さなメモリと思っていたが、ひとつのロゴで5KB、どうかすると10KBも取っているではないか。

これが三百ともなるとちょっと放置しておけない。ということで猛妻写真殺しに続いて死んでいるロゴ、すなわち 「死ロゴ殺し」 をする決意をしたのだ。

「そんなこと黙ってヤレ」 とおっしゃるのは良く分かる。でも本コンテンツにUPすべく大ネタが目白押しに並んでいるのだ。
このような小ネタはなるべく早く作って、なるべく早く消化するというのも、本コンテンツの格調維持のために必要なのだ。

さて 「シロゴゴロシ」 開始である。


020124  一日契約社員

先日NHKの特番で「一日契約社員」というのを特集していた。フリーターの若者達が増えているが、フリーターといっても人材派遣会社に登録し、一日だけの、あるいは数時間だけのバイトに出かけて行くというシステムについてである。

例えばファミレス。食事時間とぶつかる朝・昼・夜は忙しいが間の時間はそうでもない。従来はパートタイマーに頼っていたが、独自でパートを雇用するとある程度の時間保証が必要である。忙しい時間帯はそれでは人手が足りないし、暇な時間には人手がダブつく。
それに目をつけたのが人材派遣会社の「一日契約社員」ないしは「時間契約社員」である。

クライアント企業が忙しい時に一日だけの社員を派遣する。忙しい時間帯だけに時間社員を派遣する。クライアント企業の方はそのことによって無駄な人員を雇用する必要がなく、人件費の大きな節約に繋がる。不況脱出のための大きな手段という取り上げ方であった。

勿論、派遣する人間の教育は派遣会社の方で徹底的に行っている。サービス業であれば礼の仕方から挨拶や発声の方法、倉庫業であれば荷物の運び方から格納までのテクニックと、さながら昔でいえば鬼軍曹のような、派遣会社の教育係が声を枯らして教育している。教育される方の若者も真剣な眼差しでキビキビと動いている。それはそうだろう。何しろすぐ側でNHKのカメラが回っていて、大勢のスタッフに取り囲まれているのだから・・・。

本当にこれが企業の効率化に繋がるのか、不況脱出の有効な手段となり得るのか。小生としては疑問を感じざるを得ない。

どんな業種にだってプロは存在するし、どんな作業でもプロ化に邁進する姿勢は必要なのだ。
例えばわが社の場合だって、三千通の、あるいは五千通のアンケート用紙を今日中に宛名ラベルを貼って、封入・発送をしなければならないというような単純労働はしょっちゅうある。しかしこのような単純労働にだって、プロ化ということは必須条件である。

そういう時は中心となる作業者には必ず慣れているバイトの人をお願いする。それでも封入作業が郵便局の閉局時間に間に合いそうも無い場合、社員が応援に加わる。新入当時にそればかりやらされた社員はやはり圧倒的にスピードが違う。みるみる封筒の山は片付いて行くのである。


当社のように毎日でなくてもこの位のことは考えなければならないのだから、毎日「同じ単純労働」が繰り返される大企業・大工場の場合はなおのことであろう。

ファミレス等のサービス業の場合はいうに及ばない。パートの接客態度にさえ疑問を感じることが多いのだ。それが一昨日は倉庫の整理、昨日はパソの入力作業、そして今日はこのファミレスのウェイターというような人材で構成されているような所には行きたくない。

NHKの取材に答えて若者達は異口同音に「まだ自分のやりたいことが分からない。色々な職種を経験して自分の進む方向を見出したい」と回答していたが「フザケルな。二十歳にもなって“自分のやりたいことがわからない”などと、君はこの二十年をどう生きて来たのだ」と問い返してやりたい。

フリーターが最近増えて来たことは認めるし「一日契約社員」が人材派遣会社における新商品であることも認める。
ただし、この風潮が若者の大勢を占めているわけではない。同じフリーターだとしても多分、先日小生が会った若者のようにしっかりとした「自分の目標」を見据えて、そのためにバイトをしているという若者の方が多いに違いない。そう思いたい。


NHKという名のマスコミがこういう取り上げ方をしたことによってこれが「現代若者の大半像・代表像」ということになりそうである。マスコミは恐い。


020123  大掃除終了?多分

この九日に「マイホームがやばい」と騒いだ。HPを立ち上げてからほぼ一年半を経過するが、サーバーとの契約容量がピンチになってしまったのだ。

明らかにその原因である「猛妻写真館」の掃除を正月休みを利用して始めた。従って同コンテンツはここしばらくの間「工事中」の看板を出してあった。

HPを立ち上げた当時は何が何だか皆目わからなかった。特にスキャナーを買ったりデジカメを買ったりして画像を扱うようになってからは、面白くて面白くて仕方がない反面、ますます混迷の度を加速していった。でもとりあえずUPできればそれで良しとしていたし、何とかスムーズにUP出来る程度にはマスターすることも出来た。

といってもやり方は試行錯誤の連続であり、ただただ遮二無二マウスを振り回して来ただけである。
HP制作の基本である「ファイル管理」などということは全く念頭になかった。これは趣味の世界だから許されることであって、この計画性の無さというやつはビジネスの世界であれば明らかに失格である。

今回根気よくサーバーを覗きに行って判明したのが、案の定のことではあるが試行がUPされ、錯誤がUPされ、その後の成功がUPされていたということである。特に初期の頃のものについては、バカデカサイズの画像が少なくとも二枚ずつ、多い場合には四枚もサーバーのメモリを占拠しているのだ。しばらく前からそのことはわかっていたのだが、これまた試行錯誤で退治をしにいって痛い目にあったことがしばしばである。

一大決心をして正月休みを利用して大掃除を始めたわけであるが、まずは写真館の写真を全て手元にDLして、これにロジカルコードを付してファイルに格納しなおすという作業から始めた。万一サーバーのファイルを消してしまっても手元には残っているようにという配慮からである。サーバーにキチンとした形で残っていればバックアップをとれば済むことであるが、今の状態ではバックアップをとっても手元でわけがわからなくなってしまうのだ。

さて、このロジカルコードを付したファイルがやっと出来上がった。そしてそのUPも全て終了した。猛妻写真館の「工事中」の看板も撤去することが出来た。すなわち今の状態は以前のメチャクチャ無規則のファイルと、今回作り直した行儀良く礼儀正しいファイルとがサーバーに同居しているという状態である。ということは、サーバーとの契約容量が心細くなったという次元ではなく、もはやまさに目一杯なのである。後十枚もバカデカ画像を送り込めばパンク疑いなしという所まで来ている。

いよいよこれからが快感である。今から思い切って始める。サーバーを訪問してロジカルコードのついていない画像ファイルを全部叩っ殺して行くのだ。同じ画像が全てロジカルコードがついてUPされているから問題はないのだ。 問題ない筈なのだ。  筈だと思う。

さて、いよいよ始める。手が震えているが本当に始めるぞ。
成功すればサーバーの容量は少なくとも後一年分くらいはガラガラになる筈なのだ。成功すれば・・・。


失敗すれば本文が遺稿となる。ブッコワレタのであってネタ切れというわけではないので、くれぐれも誤解なきようにお願いしたい。
さて、今からこれをUPする。UPを確認した所で、いよいよ始めるのだ。

さあ、ムダな沢山のバカデカサイズの画像どもよ。覚悟っ!!

って言いながらなかなかコッチの覚悟が出来ない。   でも、さあ、突撃いいいっ!

020122  演劇への夢

昨日は雨。片手に大荷物、片手に傘といういでたちでSSに向った。例によって十分前に到着したが、例によって調査員が走って来た。
初見参の男性である。片手の大荷物はアンケートに協力して頂いた方への謝礼品である。ドライバーなら間違いく喜んで頂ける車関係の本であるが、この上質紙の分厚い本が十冊ともいうことになると腕が抜けそうなほどに重い。

土砂降りの雨に濡らさないように保護しなければならない。幸い近くにファミレスがあったので、調査員と共にそこに飛び込んで用意していったビニール袋への詰め替え作業を行った。

コーヒーを飲みながら 「大学はどこだ?」 と聞いたら 「イエ、学校は卒業してフリーターをやっています」 と言う。
道理で一段としっかりしていて、一段と礼儀正しいと思った。

「専門学校へ行きたいのですが、金がないのでバイト生活です」 と言う。目的のために金を溜めたい、そのためにバイト生活。
大いに結構である。大いに健全である。

多分パソ関係かなとは思ったが 「どっちの方面だ?」 と聞いたら 「舞台です」 と答える。
意外だったが 「装置か?」 と尋ねたら 「イエ、役者です」 の答えが返ってきた。

思いは一挙に五十年前に遡った。かく申す小生だって高校時代は演劇部。夢は役者だったのである。太宰治の「春の枯葉」、木下順二の「夕鶴」、森本馨の「華々しき一族」、宇野信夫の「霜夜狸」、菊池寛の「父帰る」、シラーの「海に行く騎り手」。等々々出演をしたり演出をしたりした芝居の数々が脳裏をよぎった。今のように飛んだり跳ねたりではない正調演劇である。

高校を卒業したら日大芸術学部の演劇科に進み、民芸か文学座か俳優座の舞台に立つのが高校時代の夢だった。ところが高校一年の時に父母が離婚、大学どころか高校生活をまっとうすることすら困難を極めた赤貧の時代に入ってしまったのだ。

当時はテレビなどというものは普及していなかった。もし当時からテレビなどというものが普及していたら・・何しろこのマスクである。大学になど進学せずとも一躍アイドルから演劇の舞台へなどという可能性は大いにあったのだ。

勿論彼とこんな話をしたわけではないが、少々雑談しながら小止みになるのを待っていたが雨はますます激しくなる一方。
「幸い風がないのが救いだ。オレはいろいろ連絡を取らなければならないので、しばらくここに残っている。ご苦労さんだが始めてくれ」と言ったら、「ハイ」と言って席を立った。

「役者は何といっても体力勝負。これ位の雨で音を上げてはダメだぞ。寒い雨の中で一日突っ立っているのも役者修行だと思え」 と言ってやったら、実に爽やかな笑顔で 「ハイ、僕もそう思っていた所です」 と答えて、元気に雨の中に飛び出して行った。

「何のかんのといってもこういう若者と話するのが楽しいし、こういう若い人達から学ぶべきことが多いというのも、小生が歳ほどには歳を取っていない証拠だな」 と悦にいりながら、社の担当に引渡し終了連絡を入れた。 「随分遅かったですね」 と言われたが、まさか「雑談をしていた」 とも言えない。
「いやあ、スマン。バスが来たので急いで飛び乗ってしまって連絡が遅れた。ゴメンゴメン」 と謝った。

そういえば今度の土曜の午後は、小生が会長を務める「高校演劇部OB会」の恒例新年会である。会場への連絡・折衝等、プライベートでも忙しいが、土曜の午前中にもSS回りを二件も押し付けられているのだった。


020121 マスコミ報道

 ウィークデーの正規の睡眠時間は五時間、良くて六時間という所である。十五歳の時から始まった不規則・夜更かし生活はこの歳になっても体の深奥に棲みついている。

もっとも最近は夕食後の時間、寝椅子に横たわって一服を終えた時にコトンと落ち込むことがしばしばある。時間にすれば二十〜三十分に過ぎないが、これが実に気持が良いのだ。通常睡眠の二〜三時間には相当するのではないかと思う位の落ち込み方なのだ。ガラガラの高速の直線道路を走行している時の三〜四秒の落ち込みに匹敵する位に気持が良いのだ。


しかも寝ダメが効く体質である。休日に七〜八時間の睡眠時間を取って、寝不足分を補充することが出来る。従って休日の起床時間は十時前後である。

然るに昨日と一昨日の土・日は普段より早い七時半起床を余儀なくされた。午前十時からアンケート調査のためにガソリンスタンドに張り込む大学生調査員諸君に当日の書類を届けなければならない。若手社員二人が一日中ブンマワッテいるが、小生の割当ては手加減してくれたので、朝一の一箇所だけである。楽ではあるが寝不足分の補充は不可能である。

土曜に行ったのは練馬区といっても埼玉の県境に接したSS。幸い好天ではあるが風が寒い。寒空の中で一日ガンバル調査員のことを思うと一分たりといえども遅刻するわけには行かない。三十分前には最寄駅に行き、立飲みコーヒーで時間を潰し十分前には現地に着いた。

日曜は都心であるが、我が家から足の便が悪い。用心したため四十分前に最寄駅に着いてしまった。同じく立飲みコーヒーで時間を潰し、十分前には現地着。

土曜日は女子大学生、日曜日は男子大学生であったが、驚かされた。両日ともに、こちらが十分前に到着した時、彼等二人はすでに到着していたのだ。足踏みをしながら寒風をしのいでいた。そしてもっと驚いたことは、こちらが「ご苦労さん」と声をかける前に走りよって来て、小生が重そうにぶらさげている荷物をさっと奪い取り 「寒い所申し訳ありません。有難うございました」 と言ったのだ。

そして荷物を渡して指示をしてこちらが引き返して振り返った時、両日共にSSの入り口に立って見送ってくれていた。女子大生の方は高々と手を上げたし、男子大学生の方は深々と会釈をした。こちらも手を振って分かれたが、実に気分が良かった。
この姿が大部分を占める「最近の若い者」なのだろうと思う。

新聞記者の新人訓に有名な言葉がある。「犬が人間に噛み付いてもニュースにならない。人間が犬に噛み付けばニュースである」。

この超ミニコミのHPでさえ、先日「クソガキ」のことを書いた時、何人かの方から同情や同意を示す反応を頂いた。
あれはニュースだったのだ。でも今日のこの話はニュースにはならない。ただ読まれて 「ははあ、いい話だ」 と思われるだけである。

これをマスコミに置き換えると、エライことになるのだ。今日ここに取上げたような学生諸君は存在しない。
だって所詮ニュースのネタにはなり得ないのだから。
そして世の中すべからく、ニュースネタとなったクソガキが氾濫するということになる。

マスコミの報道とはそのようなものだ。
「情報操作だ」と目クジラを立てることも多いし、事実情報操作を感じることも多いが、情報を受け止めるわれわれの側も、そのニュースの背景や報道された事実の社会でのボリュームということを、も少し時間をかけて慎重に咀嚼する必要がある。


020120  凛として

我が団地玄関のまん前にあるこの樹が好きだ。壕゚を一杯に纏って我が世の春を謳歌している姿も良い。黄金色の衣を眩しげに纏って佇立している姿も、それはそれで風情がある。

しかし、とりわけ今の季節、全ての衣を脱ぎ捨てて素裸で屹立しているこの姿が好きだ。
寒風を遮ってくれる何物もなく、氷雨を防いでくれる一切の物もない。身を寄せ合って暖を取り合う仲間もいない。

ただ一本、ただひたすら寒に耐えて、毅然として屹立している。

必ず春が来るという信念と、必ず春を呼ぶという強い意思をもって、大空を黙然と睨んでいるかのようだ。

この季節、全ての虚飾を捨てて、素裸で屹立しているこの樹の姿が好きだ。

          寒風に 耐ゆる裸木に 心揺れ 


020119  ブロードバンド

シャチョー 「おいっ。ブロードバンドって何のことだ?」
生意気な彼 『はあっ?何ですか、いきなり』

シャチョー 「何か最近スゴク話題になってるじゃないか。知らないのか?」
生意気な彼 『最近じゃないですよ。もうとっくですよ』

シャチョー 「オレって殆どテレビ見ないんだよな。特に歌謡番組なんて紅白も見ない」
生意気な彼 『ファーーーッ?』

シャチョー 「要するに最近人気のあるバンドなんだろ」
生意気な彼 『えっ!』

シャチョー 「ほれ、昔で言えばスマイリー小原と何とかとか、クレイジーキャッツとか」
生意気な彼 『知りませんよお』

シャチョー 「男のグループなの?それとも女?」
生意気な彼 『コンピュータ用語で一言で言えば高速通信のことです』

シャチョー 「あっ。そうか、道理でいまクライアントとの話が噛み合わないと思った」
生意気な彼 『まさかクライアントで聞いたりしなかったでしょうね、恥ずかしい』

シャチョー 「聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥っていうコトバもあるじゃないか」
生意気な彼 『ブロードバンドって何、なんて聞いたら末代の恥ですよ』

シャチョー 「そうか、コンピュータ用語か。なるほど、広域カバーだな」
生意気な彼 『高速通信のことです。だから動画なんかも早くDL出来るし』

シャチョー 「だってブロードというのは広いという意味だぞ」
生意気な彼 『通信回線が太いということなのでしょ。太いから早いんです』

シャチョー 「そうか、そういえばこの窓から見える電線も太いのと細いのがあるな」
生意気な彼 『・・・』

シャチョー 「あの太い中を電話回線、細い方を電気なんかの家庭用が走っているのか」
生意気な彼 『・・・』

シャチョー 「わかった。要するにADSLのお化けみたいなもんだな」
生意気な彼 『スミマセン。僕、約束があって出かけなければなりませんので』

うーーーーっ。アッタマ来たぞお。何で次から次へと新しい、しかも横文字が氾濫するのだ。
ラーメン並に細線、中太線、極太線じゃ不都合があるのか。

前の首相が国際会議の席上でIT革命をイット革命と言った気持ちがよく分かる。
彼は多分知らなかったのじゃなくて、抵抗姿勢を示す心算のウィットだったのに違いない。


コンピュータメーカーも通信業者も、もっと親切に、慎重に用語作りをしてくれい。ワカラン言葉を次から次へと機関銃のように吐き出して 「パソは六十歳からでも七十歳からでも・・・」 なんてホザクんじゃない。

それ以上に、生意気なワカイモン達よ。もっとお年よりを大切にしましょう。お年よりを労わりましょう。そうじゃないと隔靴掻痒とか意馬心猿とか天網恢恢とか片言隻語とか魑魅魍魎とか暖衣飽食とか零細企業だとかの意味を教えてやらないぞ。

大体敬老精神が根っこから欠如している。約束があるならさっさと出かけろ。


020118  嗚呼、休日

また大変な仕事が始まった。都内二十五ケ所に散らばったガソリンスタンドに調査員が張り込み、入ってくる車の台数を車種別にチェックすると同時に、来店者にアンケートをお願いするという仕事である。この寒空の下、屋根のあるSSならまだ良いが、青天井の所は雨や、まして雪でも降ろうものなら悲惨である。朝は十時から夜は八時まで、明日の土曜から来週の日曜まで、九日間ぶっ続けの作業になる。

こういう仕事になると普段お願いしている主婦のプロリサーチャーには過酷に過ぎるし、第一相手がプロであるからには経費も嵩む。 
従って馬力のある大学生諸君の戦力に頼らざるを得ないが、折悪しく大学は学期末の試験に突入。普段は勉強しない大学生諸君もこの時期だけはガリ勉のシーズンである。

わが社の担当は昨年末一緒に東京モーターショーを頑張ってくれた頼もしい若手社員二人である。二十五人を予定していた大学生は今週始めになってもまだ五人ほど足りない。

万策尽きたので 「この前のモーターショーを手伝ってくれた学生諸君に声をかけさせて貰おう」 と提案してあの時の、半分はダチのクライアントにお願いの電話を入れた。

あの時の学生諸君はアルバイトには違いないが、半ばは課外授業の赴もある諸君で、いわばクライアントは彼らの間接的な教師の役割も担っていたのだ。今回のように純粋のアルバイトだけというのもどうかと思ったが、何しろ万策尽きたのだ。でもクライアントは「直接声をかけてくれて構わない」と言ってくれたのみならず、自らもリーダー的な存在の学生に対して連絡の労をとってくださった。

やはり長期間一緒に仕事をしたという実績というか、連帯感は捨て難いものがある。リーダーの学生君もご多分に漏れず、ということは彼の学校中が試験期間であるが、とにかく走り回ってくれて、何とかスケジュールの調整をして人数を埋めてくれた。

もちろん当社自前の学生諸君も含めて、一人でぶっ通してという状況は望むべくもないので、バトンタッチ、バトンタッチの連続で日替わりのメンツにならざるを得ない。ということは、こちらの管理体制も大変であり、連日二十五ケ所のSSをブンマワル羽目になる。


昨日担当の若手社員二人が午前中一杯、大きな都内地図を広げて青い顔をしながら打ち合わせをしている。
そのうち 「やれば何とかなる。やるっきゃないのだから・・・」 という頼もしい声が聞こえてきた。流石わが社の社員である。


昼食から帰るとまだ地図の前に座っており、早速 「シャチョー、ご相談です」 と声をかけられた。
「おう、ご苦労さん。管理体制は出来たか」 といって、出来上がった管理表をみてマッサオになった。
その管理表には彼らは勿論だが連日、ということは明日からの土・日も次の土・日もビッシリとオレの名前が埋め込まれているのだ。


思わず大声でドナッタ。 「バカヤロウッ!お前ら何考えてんだっ!俺はシャチョーだぞおっ!」。 怒鳴りながらざっと管理表に目を通したが、なるほど、三人でもキツキツである。二人では絶対に無理だ。他の社員諸君も殆どが別働隊で今度の土・日は仕事体制である。

ここはやはり普段楽をしている、出勤簿上では三連休をフルに休んだ小生の出番と諦めざるを得ない。従って実際には怒鳴る代わりにこうつぶやいた。 「ウン、わかった。やるっきゃないな」。

つい先日「連休返せ」と泣いたばかりであるが、前言訂正。
返してくれなくてもいいから新たな休みを取り上げないで欲しい。号泣あるのみである。


020117  結婚記念日

先週のことである。猛妻が「また来たわよ〜」と言って〔サンマルク〕のハガキをもって来た。「ご結婚記念日おめでとうございます」。
そういえば昨年も行ったなと思い出してこのコンテンツを調べて見たら、一月七日にUPしてあった。フルコースが三千円だった。
それが今年はなんと、フルコース二千円とある。

それではということで、三連休最終日の夕方に娘も一緒に三人で足を運んだ。電話で予約しておいたから良かったが、早い時間であるにもかかわらず順番待ちの客で満員の盛況である。

店に入って 「予約してあるのだが・・・」 と言ってハガキを見せたら、三人のウェイターとウェイトレスが一斉に最敬礼して 「ご結婚記念日おめでとうございます」 と叫んだ。こっちはジーパンにサンダル履きで出かけているのだ。まあ、別に照れる年でもないが、ちょっとやり過ぎではないのかと思いながら用意された席についた。

奥まった雰囲気の良いテーブルに案内されたが、真中にはキャンドルが灯いている。ほほうと思って感心している間もなく、ウェイターがシャンパンを運んで来た。

「本日はご結婚記念日おめでとうございます。当店からのお祝いのシャンパンでございます。まずは乾杯をどうぞ」。
オイオイ、結婚式の司会の心算なのか。


娘は娘で 「私は関係ないんだから二人で乾杯しなよ」 と冷たい。関係ないならついて来るな。
仕方がないので注がれたグラスを持ち上げたが、本日は結婚記念日ではないのだ。結婚記念日は一月一日の元旦なのだ。
でも元旦はここは休みじゃないか、と昨年も言ったじゃないか。


まあいい。食事そのものは昨年同様申し分なかった。スープに始まってサラダ、前菜、メイン、デザート、コーヒー。そしてその間に種類の違った焼き上がりのパンが次から次へと出てくる。これで二千円はどう考えても安すぎる。
ちょっとした喫茶店に行けばコーヒーとケーキだけでも二千円で釣りが来るか来ないかというご時世である。


結婚記念日の特別サービスということなら話が分からぬでもないが、入り口の方からはひっきりなしに 「ご結婚記念日おめでとうございます」 「お誕生日おめでとうございます」 の大声が聞こえてくる。満員の客の四組に一組はハガキ持参のフルコース客のようだ。

それもまあいつも来ている常連ならサービスということもあるのだろうが、わが家のように昨年ハガキ持参で来て、一年ぶりにハガキ持参で来たなどという客を相手にしていて採算が取れるのだろうか、などと余計な心配をしてやった。

ただしコーヒーを飲み終えてさて一服と煙草を取り出しかけた所でウェイトレスが 
「お下げさせて頂きます。本日はご結婚記念日誠におめでとうございます。有難うございました」。


要するに飯食い終わったらさっさと帰れということである。ま、確かに入り口を見ると来た時以上の長蛇の列。その位は協力せずばなるまいと思って席を後にしたのだった。

うん、結婚記念日か、四十回目であるから多分ナントカ婚式という名前がある筈だ。調べてみよう。
ただし 「おめでとうございます」 というのは絶対に間違っている。全く、全然、毛筋ほどもめでたくはないのだ。そりゃあ相手がこの猛妻でなければ、いくら四十年といってもチョッピリはめでたいという感傷に耽られるかも知れない。しかし相手はこの猛妻なのだ。


「おめでとう」 よりは 「ご苦労さまです」 の方がピンと来るし、場合によっては 「ご愁傷様です」 と言われた方がフィットするのではないだろうか。


020116  年賀状

このタイトルは使っていない筈がないと思って調べたら、昨年のタイトルは「賀状」だった。従ってセーフである。
と、自分で勝手に決めた。だって自分のHPなのだから自分の勝手なのだ。

例年着信が大体三百枚強、今年はゾロ目で三百三十三枚だった。ということはそれ以上の賀状を発信しているということになる。これから先のことを考えた場合には、明らかにも少し整理する必要がある。ハガキ代はもちろんのこと印刷のためのインク代、それ以上に時間が大変である。なかには二十年以上もご無沙汰、名簿にはあるが顔も思い出せないという明らかな虚礼メンバーも十パーセント位は存在する。

まあ昨年も書いているが、賀状そのものの文面を考えるのは楽しい作業であるし、懐かしいあの人やご無沙汰ではあるが会いたいこの人との賀状のやりとりは多いに意味がある。ただこれからの時代、頻繁に会っている人への賀状はネットへの切り替えということを考えても、それがお互い様であれば、失礼に当ることはないだろうとも考えている。

ということで、今年は少々慎重にというかテストランの心算で、例年よりは多少発送を手控えてみた。しかし手控えた人から賀状が到着してしまった場合には、これはすぐに返信しないと失礼である。大急ぎで追加発信した結果は結局例年と同じになってしまった。

着信のハガキは五十音順に揃えて置いてある。住所、特にメルアド等のメンテだけは早めに済ませなければならないと思っているからであるが、思っているだけで夏頃まで埃を被っているというのが、ここ十年来のしきたりである。だって賀状を出す時以外は、住所録を引っ張り出して手紙を書くなどということは先ず無いからだ。

せっかく五十音順にソートしてあるので順番を狂わすわけにはいかない。従って発表になったお年玉ハガキの抽選番号を調べるわけにも行かないのだ。これだけの枚数になるとある程度番号順にソートしないと調べるのも大変なのだ。

社ダチが作ったプログラムを貸してくれるという。テンキーで六ケタを入力していくとでっかい声で「はずれーーーっ」と叫ぶプログラムだ。切手シートが当ろうものなら大音響で賑やかな音楽が流れるというヤツだ。

とてもじゃないがトライする気にはなれないので、当選番号のコピーだけを机の前にボードに貼り付けてある。夏くらいになって住所録のメンテが終わったら、調べる心算である。期待値ということで言えば、少なくとも末等の切手シートは九枚は当っているはずなのだから。

さて、この年賀状で非常に困ったことがあるので皆様の場合どうしているのか教えて頂きたいのだ。
年賀状の末尾には恒例句として 「今年もよろしくお願いします」 と書いてある。


でも 「今年は勿論、絶対によろしくして欲しくない」 という人が、その年の新規参入者を含めて二人や三人はいるではないか。
当然その人には年賀状を出していない。


でも来てしまったらどうする。
返信しないのは基本的マナーとしてどうかと思うが、当方の賀状の末尾には 「今年もよろしくお願いします」 と書いてある。

その人のためだけに別パターンの年賀状を作るのはバカバカしい。やむを得ずこの部分をマジックで線を引いて消してみたが、いかにもショッキングである。よろしくして貰いたくないからと言って、相手に正月早々モノスゴク不愉快な思いをさせることもない。
仕方がないので結局そのまま欠礼してしまったが、概してそういう相手は住所録のメンテなんてことには無頓着なタイプである。

と勝手に決めた。 
こっちから返信が無かったなどということにも気づかず、来年もまた来るに違いない。