迷  走  録


一旦自分の口から飛び出してしまったコトバには責任を持たなければならない。それは既に社会に向けて発信されてしまったのである。

ましてそれが確実な記録として残る「書く」ということにおいてはなおのことである。

自分に確たる思想があるわけではないし、生き方の方向が定まっているわけでもない。だからコトバを発することは恐いし、書くことはもっと恐い。

自身で振り返ってみても矛盾に満ち満ちているので・・・。

しかし、だからといって考えることを止めるわけにはいかない。瞑想することを放棄することは出来ない。

たとえ、迷走でも良い。口から発することによって、書くことによって、多少なりとも自らを律することが出来るのだとすれば。

自らを律する意味でも「毎日更新努力」を宣言して、本コンテンツを設置した。    

                                                                       2000年 12月 1日
レジメ 

2000/12  0101前半 0101後半 0102前半 0102後半 0103前半 0103後半 0104前半 0104後半 0105前半 0105後半 0106前半 0106後半 0107前半 0107後半
0108前半 0108後半 0109前半 0109後半 0110前半 0110後半 0111前半
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020815  八月十五日

夏休みも半分を過ぎた。僕達はいつものように昆山花園の前にある公園に集まって遊んでいた。遊びといっても道具があるわけではない。チャンバラごっこか戦艦ごっこである。その日の遊びは戦艦ごっこの番だった。

二十人ほどの子供達が十人ずつ、二つのチームに分かれて陣地を決める。それぞれのチームに戦艦が一人。大体が特別に足の速い五年生か六年生であり、戦闘帽の庇を前にして被る。後はそれぞれのチームの作戦で艦数を決めるが、庇を横に被るのが駆逐艦、後に被るのが潜水艦である。戦艦は駆逐艦に勝ち、駆逐艦は潜水艦に勝ち、潜水艦は戦艦に勝つ。その時の人数にもよるが、庇を斜め前に被る巡洋艦とか、無帽のスパイとかが割り込むこともあった。

味方の戦艦が敵の潜水艦に捕まった所でゲームセットである。戦闘開始で追いかけっこ兼隠れんぼが始まる。戦艦が駆逐艦を捕らえ、駆逐艦が潜水艦を捕らえる。捕虜になった艦達は敵陣に手をつないで助けを待つ。五人で捕虜になっていても、味方の艦が先頭で手を伸ばしている捕虜にタッチすれば救出である。蜘蛛の子を散らしたように逃げ出し、再び戦闘に参加する。

そしてその日も朝からその遊びに興じていた。いつもと違うのは、子供達それぞれが親から 「お昼になっても帰ってきてはいけません。迎えに行くまで遊んでいなさい」 といわれて出てきたということである。

ゲームが一段落して昼になった時、子供達は誰いうともなく町会の集会所を見下すことが出来る公園の中の小高い丘に集まった。
そして一斉に整列して首をうなだれている親達の姿を窓ごしに様子を窺っていた。
何かよく分からないが、親達はその日の正午からとても大切な集まりがあるということだけは、子供達全員が聞いて知っていた。


しばらくしたところで、起立していた大人達が、それぞれ座り込んだり抱き合ったりして泣いている姿が見えた。
僕は 「タイヘンだ。行ってみよう」 と叫んだのだが、上級生に阻止された。その時である。

わあーーーっという声がして、十人ほどの支那人の子供達がこちらへ向って雪崩れ込んできた。この公園は支那人は入ってはいけない公園なのだ。いままでにこんなことは一度も無かった。ちゃんと入口のところに看板も出ているのだ。


見ると先頭で走ってきた支那人の親分らしき子供が、その入口にあった看板を外して持っているではないか。
看板にはちゃんと 「犬とチャンコロ入るべからず」 と書いてあるのだ。


こっちの六年生二人が前に出て、大声で 「なんだっ!来るなっ!」 と叫んだ。
人数の上ではこちらの方が圧倒的に優勢であり、しばらく睨みあいが続いた。


集会室にいた大人がこちらの異変に気づいて、門を飛び出して走ってきた。僕のお父さんもその中にいた。これで支那人の子供達を追い返してくれると思ったが、そうではなかった。子供達はそれぞれの親に引きずられるようにして、家に連れ戻された。

アパートの一室に帰ったら、お母さんが畳の部屋で大声をあげて泣いていた。
お父さんは僕の両肩に手を置いて、窓から空を睨み上げながら、歯を食いしばっていた。


五十七年前、国民学校三年生だった時の忘れ得ぬ風景の断片である。五年前にこの上海を訪れた時、アパートはスラム化してそのままの姿で残っていた。アパート前のこの公園は、そっくり「上海電脳学院」として、立派な校舎に変貌していた。

いま「有事法案」が揺れている。「有事」っていうのはどういう状況を指すのだろうか。



020814  まだバレテない

昨日猛妻が帰宅した。何っ!? シツコイ。そんなこと分かってる。昨日書いたじゃないかって。ハイそうでした、スミマセン。
ホントはもしかしたら愛妻家なのかもなのだ。


ついでに帰らんでもいい娘とパルも帰って来た。しかしこの僅か二日間とはいえ、言語に絶する苦労をする作業があったのだ。
「茶」じゃない。「茶」はエレベータに乗って「どん」のママさんの所にたかりに行けば済むのだ。

「茶」ではなくて植木鉢の「水」なのだ。昨年までの三年続きの猛妻の一週間に近い旅行の時もベランダで遭難死するかと思った。
その点、今回はたかが二晩と思って軽くみていたがとんでもなかった。今度という今度は本当に三途の川の入口まで行ってきた。

出発前の猛妻の厳命なのだ。 「花が枯れたら大変、会社から帰ったらベランダの植木鉢に水を必ずやること」。
見返りのバイト料は三夜分の食事代五千円。五千円で何が食えると思ってるんだ。自分はホテルのディナーなんだ。

我が家のせこいベランダ、立錐の余地もなくばかでかい植木鉢が並んでいる。百鉢はオーバーにしても、悠にその十分の一はある。これにヤカンの水をやるのだ。いくら狭い我が家といっても台所の水道の蛇口からベランダの入口までは四メートル、ベランダに出てから端から端まで五〜六メートル。全ての鉢に水を満たすためには往復七回なのだ。このクソ暑い熱帯夜に重いヤカンをぶら下げて百四十メートルを歩くんだ。日曜の夜に往復しながら考えた。毎晩この作業をしている猛妻はエライ。エライけどバカだ。

二言目には家事労働・家事労働と騒ぐけど、これも家事労働のうちなのか。ベランダなんてデッキチェアに小机のひとつも置いて、夏場はホームビアランダにすればいいじゃないか。足の踏み場が無くなるまで植木鉢なんか置くなっ! 
家事労働って偉そうにいうけど、自分で余計な家事労働を増やしているんじゃないか。植木鉢なんて、花なんて、何で必要なんだ。

そして一昨日の月曜、空いていると思って車出社したがこれまた大渋滞の泣きだった。ついていない時は何をやってもダメだ。
退社時になって 「あ〜あ、また帰宅して百四十メートル」 と鬱気分で契約駐車場に。でもこの駐車場も今月でお別れなのだ。
まさか忘れ物はないだろうなと思って、念のために駐車場後ろの棚を開けたらあった! 何に使ったのかは知らないが七〜八メートルはありそうなホースがとぐろを巻いているではないか。まさに神の恵み。当然車に積み込んで帰宅した。

ルンルンの水撒きと思って台所に行ったら、蛇口に何か複雑な器物がゴッチャリと付いているのだ。見慣れているくせに忘れていた。
そのままではホースは入らないし、かといってこの複雑なヤツを取り外すと後が面倒そうだ。試しに風呂場の蛇口にはめ込んでみたら、辛うじてではあるがベランダに届くではないか。やっぱり頭の良い奴は違うと自分で自分に感心。

蛇口を捻ってからベランダへ。おおっ快適。移動距離は僅かに五〜六メートル。おおっ快適。余所見をしながら散水。
リャッ、ふと気づくと水が出てない。急いで風呂場に戻ると、蛇口から抜け落ちたホースから水が逆流して脱衣場が水浸しなのだあっ。

かけてある二〜三枚のタオルでは収拾がつかない。確か前にもこんな思いをしたことがあったっけ、と思いながらバスタオル三枚で汗だく死にそう拭き掃除。オーバーではなく、目が眩んで本当に死ぬかと思ったのだ。
真っ黒になったバスタオル三枚と重いホースを持って、エレベータに乗ってゴミ捨て場へ行ってきた。


一度にバスタオル三枚消失。さっきから固唾を飲んで自室に閉じこもっているが、いまの所怒声が飛んでこない。
まだバレテいないようだ。 オーマイガーッ!


020813  猛妻のいない猛暑

我が家の猛妻様。でっかいカバンに写真機材一式を詰め込んで出かけて行った。
一昨日の日曜夜が前夜祭、そして昨夜の本番開始の「阿波踊り」の撮影だそうだ。

「そんなものわざわざ徳島まで行かなくても、去年もどこかでやったし、毎年高円寺でもやるじゃないか」といったら、偉そうに「ダメダメ、やっぱり下手糞な踊りはダメ。いい写真を撮ろうと思ったら上手な踊りじゃなきゃダメ」だと。
ビデオや映画の連続映像ならともかく、シャッターを押すだけの一枚写真でどうしてそういうことになるのか、イマイチ分からない。

まあ一週間もの海外旅行の時は少々うんざりするが、二泊三日位ならこっちも骨休めになる。

娘は友人宅に逃亡、パルはペットホテルに緊急避難したので、ガランとした部屋でのうのうとした。
別に家族がいるからといって、団欒するわけではなし、それぞれの部屋に引き篭って好き勝手をしているだけのことだから「お〜いお茶」が飲めないということを除けば、特に普段と変わった生活になるというわけでもない。

しかし一人にしては広すぎる我が家の空間にいると何となく精神的にはゆったりとした気分になるから不思議である。
ということで一昨日曜日はビデオ映画を三本も見たし、まだかなりのページ数を読み残していた本も読了した。普段の日曜とは違い「文化生活を堪能したぞおっ」という気分になれたが、ここから先の今日の話は内緒。絶対に猛妻には内緒なのだ。バレタラ殺される。

本日火曜日は通いのスナック「どん」の定休日。猛妻がいない火曜日。絶好のチャンスではないか。昨月曜夜。例によって十一時を過ぎてから行った。例によってガラガラでママさんと二人きり。しっとりした会話をしていた。ママが聞いた。『夏休みは?』。小生が答えた。「うちの会社は各人がバラバラで自由に三日間」。 『馬鹿さんは?』。 「残念ながら予定なし。猛妻だけが勝手に夏休みを取った」。
『可哀想!』。 思い切って誘って見た。

「猛妻が居ないのもチャンスだから明日一日、細切れの夏休みを取って映画を見にと思っている。もし予定がなかったら一緒にどう?」。必死の言葉、ブルブル震えた。顔も引き攣った。意外や意外っ!! 『丁度いいわ、ワタシも見たかった映画なの。ラッキーッ!!』。

ということで本日、車に乗って一緒に昼食をしてから映画に行ってきたのだ。決死の浮気だったのだ。映画はママさんにいわせると面白かったそうだ。でもコッチは映画どころじゃなかったのだ。途中で手を握ろうか握るまいかと思って、掌が汗ビッショリだった。しかし、衝撃は突然の方が効果があるかもと思い、懸命に自制した。

映画館を出てからコーヒー。まだ日は明るい。 「今日は店も休みだからちょっとそこらをドライブしようか?」 『うん、いいわよ』。胸バクバク、正に心臓が張り裂けそうだった。しかし千載一遇の浮気のチャンスなのだ。この機会を逃しては一生訪れない。
悪魔になるのだ!

万一のこの日のためにチェックしてある所が二軒ある。一軒目へ目掛けてまっしぐら。何と「夏休みにつき休業」の掲示。何でこんな所が休業なんだっ!と心の中で悪態をつきながら心当たりの二軒目のモーテルへ。何と「満室」の表示、このクソ暑いのにバカエッチがっ!!

突然助手席から小生の下心を微塵も感じていないママの声。『アッ!丁度いい。そこの友達の所に寄って行きたいからここで降ろして』。
最後の手段として、誰も居ない我が家に引きずり込もうと思っていたのにである。仕方がないからママを降ろして一人で帰宅。
何と深夜帰宅と錯覚していた猛妻が帰っていた。もしもママの連行に成功していれば大騒ぎになる所だった。

この危機一髪を悲しむべきか、感謝すべきか。 それにしても汗・汗・汗の連続。 凄まじい猛暑である。


020812  美味い刺身が食いたい

この暑さのため「ほっかほっか亭」への握り飯買出し部隊がストライキを起こしているため、仕方なくここ二週間ほどは旧に戻って昼食は近所をさ迷い歩いている。
贅沢さえいわなければ徒歩五分以内で、あらゆるバリエーションの昼食を選択することが出来る。刺身を除いては。

社の玄関を出て路地を挟んだ向い側、徒歩三秒、駆け足二秒の旧いビルも昼食屋が犇きあっている。一階には焼き鳥屋と鰻屋が並んでいるが、焼鳥屋の「焼き鳥ランチ」は合格である。もっとも普通に頼んだのでは串刺しの焼き鳥を重箱に載せて、飯にタレがかかって出てくるので、スペシャルオーダーで別盛りである。面倒なので串も抜いてバラバラで持ってきて貰う。
最近では黙っていてもそうしてくれる。特に雨の強い日などはバサッと肩まで濡れた位のところで飛び込めるので重宝している。

隣の鰻屋は無謀にも二年ほど前にオープンしたばかりであるが、よく続いている。オープン直後に無謀にも飛び込んではみたが、先日も紹介した東京一美味い鰻屋が徒歩三十秒圏内にあるのだ。なぜこんな店を利用する必要があるのだ。従ってそれ以来、利用していない。

そして右側には地下一階への薄暗い階段の降り口がある。一応階段の降り口のホワイトボードに手書きの汚い字で、生姜焼きとかオムライスとかと書いてあるが、ここは古い。四〜五年前に一度だけ降りて行ったことがある。まるで地獄の底へ向う時もかくやはあらんという階段だった。そして降りた所で汚くて狭い扉をギーと開けると「これが噂に聞く絨毯バーか」というような真っ赤な、しかも薄汚れた絨毯。

上がろうとすると 「お客さん、靴を脱いで上がって下さい」 のしゃがれた声。ふと見るとまがうことなき閻魔大婆がしゃもじを振り回している。大急ぎで回れ右して階段を駆け上り、それ以来一度も足を踏み入れていない。

二階はどこかのオフィスだったが引っ越したのか、潰れたのか。一年程前から居酒屋に変わり、ランチタイムには飯もやっている。
しかしとてもじゃないが踏んだらぶっ壊れそうな階段を上がっていく勇気もないまま今日に至っていた。


そして今日のことである。無性に刺身が食いたくなった。そういうことってあるでしょう。今日は何が何でも蕎麦を食いたいとか、ラーメンじゃなきゃヤダヤダヤダってことが・・・。どうやら先日 「太地で美味い伊勢海老とあわびの刺身を馳走になった」 ということを書いた後遺症とみえる。

何が何でも刺身が食いたくなったのだ。しかしこの界隈、刺身だけは空白地帯なのだ。魚介専門チェーン店の 「何とか鮪」 という店と「何とか物産」 という店はあるのだが、両方ともオープン当時に一回利用しただけで懲りた。まあ 「刺身定食五百円」 「鮪丼三百五十円」 という店に期待した方がバカというか無理なのだが。


しかるに今日ふとみるとこの二階の店のメニューに 「本日のランチ、刺身四点盛八百五十円」 のビラが貼ってあるではないか。
清水の舞台から飛び降りる心算で二階への階段に足をかけた。

途中でホントに飛び降り自殺をしたくなるような階段だったが、とにかく二階に辿り着いた。

「いらっしゃいませ!毎度っ!」 の声がかかったが、初めてなのだ。
しかし店の中は階段とは似ても似つかず、広々として清潔で満員で活気に溢れている。カウンタに座った。

烏賊と生蛸と鮪と鰹の四点盛。 おう、なかなかではないか。値段との相談であるがこれはなかなかイケル。
冒険はしてみるものだ。隣で食っている「とんかつランチ」も美味そうだった。


有難い。徒歩三秒のところに昼食ローテーション店が加わった。


020811  華々しくデビュー

十二月に入ったら書店に並ぶと思うけど、この表紙の来年のカレンダーを見かけたら買って下さい。先日我が家のバカ亭主が紹介してくれたようですが、この中の一ページにボクがデビューしました。ボクのママ、モーサイ様がボクのことを撮った写真です。

このカレンダーが着いてからというもの、モーサイ様は毎日飽きもせずに眺めて「何回みてもパルちゃんが一番可愛いよ、イイコいいこ」といって頭を押さえつけて撫でまわします。

でもホントはボクは迷惑なのです。寝ている時にピカッと光ったり、追い掛け回したり待ち伏せしたりしながら、何枚も何枚もピカッとやられるのです。アタマにきてワンワン吠えるとそこをまたピカッ。この時も狭い自転車籠に押し込まれてピカッでした。

人間には肖像権があってボク達には肖像権はないのでしょうか? 買ってくださいといいましたが前言撤回です。別に売れたからといってモーサイ様に印税が入るわけではなし、従ってボクにアスパラがたらふく回ってくるわけでもありません。

写真プチで無料公開します。


020810  大手を振って歩くな

嘘だと思ったらご自分で街角に立って観察されてみると良い。この猛暑の中、男性は老いも若きも顎を突き出してダラッと両手を垂らしてまるでゴリラのような歩き方をしている。然るに女性はとみると、胸を張って両手を前後に大きく振りながら歩いているのだ。
特に若い女性の場合にはこのスイング幅が大きく、前に三十度、後に三十度と合計六十度は振り回している。
 なぜか? 

人間工学的、人類学的考察を行った結果、次のような推論に達した。女性は高い靴を履くことが多い。ハイヒールに限らず、普通の靴でも靴底が悠に二十センチほどもあるヤツを平気で履いている。そういう形で歩くのだから当然バランスが悪い。

綱渡り然り、曲乗り然りであるが、足元の安定が悪いときは両手で懸命にバランスを保つではないか。体操の平均台だってそうである。
従って女性は歩く時のバランスを保つためにあんなに大きく手を振って歩くのだ。それが習性となって、例え高い靴を履いていないときでも、手を振り回して歩くという癖がついてしまっているからに違いない。おばさん族よりは若い女性の振り幅が大きいというのは、彼女等の方が高い靴を履く頻度が多いということの他、当然勢いがよいということも加味されているものと思考する。

この猛暑の中、歩き方といい、ファッションといい全く困ったものである。最近でこそ慣れたが、最初の中はビックリした。前をピンクのシャツに紺の短パンの女性が歩いている。その上下を隔ててすごく幅広のベルトを締めている。追い抜いて何気なく後を振り返るとベルトの前の穴がエラク巨大なのだ。何気なく眼鏡をかけてよくみると、ベルトの穴ではなくこれが臍なのである。すなわち幅広のベルトと見えたのは、彼女の腰周りの皮だったということが判明する。

小生も激歩通勤には紺の短パンを着用しているが、臍を出すようなはしたないことは絶対にしない。上に着るシャツは長めであり、短パンの半分ほどまでをキチンと隠している。

とはいっても激歩は暑い。特に最近の暑さには音を上げているので帰途の激歩はノーパンである。ノーパンといってもそれは下着のパンツのことであって勿論紺の短パンは履いている。
不潔なと思われるかもしれないが、どうせ帰宅したらすぐに洗濯行きなのだからそんなことはない。
従って短パンの中はすぐに実態である。文字通り布切れ一枚の世界、二ミリの厚さがあるかないかの布に隔てられて鎮座しているのだ。

いくら歌舞伎町が混んでいるといっても、道を歩いている時は大丈夫である。小生の方が足が速いので駅までに三百人位は追い抜くが、後ろからなのでぶつからないように歩いていく。しかし駅についてからのラッシュのホームはそうはいかない。
ちょっとうっかりしていると、前を歩いている若い女性のスイングしている拳に触れられることがあるが、ほとんどの場合は「ごめんなさい」とか「すみません」とかいわれる。まあ混んでいるのだから仕方がない。

しかし昨日のホームでは頭で血が沸騰したのだ。後からバタバタと走って来たジーンズの幅広ベルトの若い女性が、振り回した拳で直撃したのである。ボキッと音がした。というとちょっと見栄の張りすぎかもしれないが、その彼女の拳にふにゃっとした感触が走ったと思われた瞬間である。一瞬ではあるがパッと立ち止まってものすごい顔で小生を睨みつけた。
そしてあたかも汚いものを触りでもしたかのように、ジーンズの腰の部分で拳を拭きながら走り去った。


別にアリガトウという礼の言葉はいらんが、ゴメンの一言があってもいいだろう。コッチはかなり痛かったのだ。
こういうのに限って、満員電車の中でちょっとでもこっちの手が胸や尻に触れようものなら、大騒ぎする手合いなのだ。


若い女性に告ぐ。大手を振って歩くな。


020809  地獄の黙示録

今年その「完全版」なるものが上映されたが、一九七九年、フランシス・フォード・コッポラの作品。主演がマーロン・ブランドである。当社設立二年目、小生は四十二歳で、仕事の上では脂の乗り始めていた時期である。
日本における映画産業がどん底に喘いでいた時期でもある。

大手の広告代理店の企画。 「日本人はなぜこんなに映画を見なくなったのか」 「どうすればもっと映画館に誘致することが出来るか」「地獄の黙示録のコッポラのキャンペーン来日が、眠っている日本人の映画館動員への起爆剤となり得るか否か」
がテーマのグループ・インタビューの司会を仰せつかった。小生が先生・先生とおだてられて天狗になっていた時期でもあった。

東京の他、日本で映画を見る人口比の最も多い水戸市、逆にもっとも低い青森市で実施という、比較的規模の大きな仕事であり、生まれたばかりの会社としては経営的にも助かった。

当時は年間で三百グループ以上はこなしていたので、一グループ六名としても年間で二千人位の見知らぬ方達とお目にかかっていたということになる。二・三グループに一人位はキラリと光る嬉しい対象者にぶつかることがあるが、その中でも特別に忘れられない人が何人かはいる。もう二十年以上も前の話だというのに、この時の東京での一人の対象者を覚えている。

六人の中でも格別発言量が少ない、司会者泣かせの四十台のサラリーマンだった。話の流れの中で 「今まで見たうちで特に印象に残っている映画は・・・」 に触れた時、皆さんがあげたのは「ベンハー」とか「ウェストサイド物語」とか、比較的新しい映画だった。

なかなか発言しない件のサラリーマン氏に 「あなたは?」 と発言を促すと 「とても古い映画なのですが、リバイバルで見たシラノドベルジュラック。あの主演男優が素晴らしかった。名前は忘れたのですが・・・」 という。 「ああ、ホセ・ファーラーね」 と小生が相槌を打った時に、彼と小生の間に電流が通じた。静かで知的なしゃべり方で、ポツリポツリと発言するようになった。

途中で 「あなたはあまり発言しなかったけど、なかなか映画詳しいじゃないですか」 というと、彼はすっかり打ち解けて、その先バリバリと積極的に発言するようになった。発言しない対象者に対しては励まし、鼓舞する、というのも司会者の役割であり、腕である。

ところが終了した時に、同席して立ち会っていたクライアントの田中氏が小生にいった。 「途中で対象者に詳しいですね、といっていましたが、対象者の発言に評価を加えるインタビューは止めて下さい。まだまだ続く仕事ですが、今後は気をつけて下さい」。

小生の方法で間違えていないということは、今では常識になっている。
しかしその時は憮然とした。大先生に対して何を生意気な、しかも彼はいくらクライアントとはいっても小生よりは十歳も年下なのだ。

あれから二十年、その後も彼からの仕事をずいぶん頂戴したし、同業の業界の理事としても毎月のように理事会の席上で同席したり、飲みにいったりもした。特に業界のアメリカの調査会社との会議のために、ニューヨーク、ボストン、ラスベガス、サンフランシスコと回った時、彼は参加しなかったにも関わらず、縁の下の力持ちとして先方の調査会社とのアポ取り等の折衝を一手に引き受けて、参加者の快適な旅行を演出して下さった。

昨日の相変わらずの猛暑の正午、癌で死去された彼の告別式に参列してきた。
焼香を終えての帰途、後ろから声をかけられ振り向くと、あの仕事の時スゴ腕の速記者として同行してくれた昔の美女だった。
随分久し振りである。今はオバさんの彼女と一緒に昼飯を食い、あの時の思い出話をしてきた。

それにしても彼、二十年前と同様、小生よりも十歳も若いのにである。 合掌。



020808  廃車

会社の車はバンである。四ナンバーなので一年車検であり、この月末がその時期である。つい先日、この車を運転して仕事から帰って来た二人が完全にフラフラの茹蛸状態で室内に入るや否やクーラーの吹出し孔の前にバタッと枕を並べて倒れた。大慌てで「どした、どうしたんだあっ」と聞いたら、息も絶え絶えに「エ・エアコンが・・・」と呟いてそのまま「うーーーっ」と唸って目をつぶってしまった。

エアコンが故障したそうだ。確かにその日は暑かったがそれにしてもオーバーというか情けないというか。
全く軟弱な奴らである。世の中エアコンなしのトラックなんてゴマンと走ってるし彼らは毎日そのトラックを運転しているのだ。
たかが一日、それも二時間位の運転で何だ。


しかしまあ、そのままというわけにはいくまい。「修理しなければな。どの位かかるかな」 と尋ねたら、ノーテンキなのがいて 「もうダメですよ、あの車。平成五年ですよ。新車買いましょう」 という。 「ちょっと待てよ、まだ五万キロしか走ってないじゃないか。俺の車も平成五年だしもう八万キロも走っているのだぞ」 と悲鳴をあげたら、こともなげに 「乗用車とは違いますよ」 とおっしゃる。

そういわれればそうだ。特に忙しい時期は後の荷台にテレビ三台、ビデオデッキ三台、でかい台車と調査用の素材を山のように積み込んで東京の端から端は勿論、神奈川、埼玉、千葉まで足を延ばして、文字通りの東奔西走の酷使だった。


仕方がないから二匹の茹蛸が冷めるのを待って相談した。 「とにかくこのままというわけにはいくまい。しかし、目下は新車を買う余裕などない」 と哀願すると、件の二人は 「いいですよ、別に死ぬわけではないし、この暑さも後一月位の辛抱。最近は車使用の仕事は滅多に入ってくるわけではないし・・・」 と仏様のようなことをおっしゃって下さった。

確かに車に荷物を満載してというような仕事は最近は殆ど入ってこない。車の稼働率は極端に減少しているのだ。
それでいて都心の車庫代はバカ高い。諸経費を含めて年間の維持費はかなりのものにつく。


いろいろ試算をした結果 「廃車にして車庫も解約」 という結論になった。小さな仕事の時は小生の乗用車で間に合わせる。大荷物の時はレンタカーでということになったが、どう考えてもこの方がずっと安上がりなのだ。主な運転者である茹蛸二人も 「レンタカーならエアコンはあるし、その時々の用途に応じて色々な車種を試せるし」 とニコニコ顔である。

善は急げ。大手自動車工場に勤める「どん」の常連のダチ、まるちゃんに 「廃車、安く頼む」 とお願いした。「引き取りに行くということになるといろいろ社内手続きが面倒になるけど、工場まで持ってきてくれれば破格で」 ということで話がつき、茹蛸二人に頼んだら「最後くらいシャチョーが運転して見取ってやって下さいよ」 という。

今まで 「シャチョーの運転は下手糞だから」 ということで一度もハンドルを握らせてくれたことがないのだ。
それをいうと 「大丈夫です。廃車にするのだからいくらぶつけても」。「だって運転させてくれないから俺は保険にも入っていない」。「ハイ、気をつけて運転して下さい」。 チクショーメである。


ということで東京で最高気温を記録した先日の真昼間、大大渋滞の中仙道を二時間。
サウナの中でマラソンをしているような状態だった。まるちゃんの工場に着くや否や、走りこんでクーラーの吹出し孔の前にバッタリと倒れこんだ。 「どうしたんだ、まるで茹蛸だあ」 といわれたがウルセエんだ。


工場のシャワーを浴びさせて貰って、まるちゃんのだぶだぶパンツを借りて、そのままの姿でまるちゃんの車の後部座席に引っくり返って家まで送って貰って帰ってきた。


020807  我が意を得たり

一昨日アップした「住基ネット」問題。予想というか期待していたことではあるが何人かの友人・知人からメールを頂戴した。
有難うございました。

しつこいようだが、小生の意見は 「もろ手を挙げて賛成」 ということではないから、誤解のないようにして頂きたい。
「今後の行政サービスという観点からは必然の方向だと思う、しかし一歩間違うと危ない。だから無関心であってはいけない、考えなければならない問題だ」 といいたかったのだが、伝わらなかったとすれば、小生の書き方が稚拙だったということになる。

さすが「産経抄」である。小生のいいたかったこと、いった心算のことの核心をズバリと書いてくれた。
今朝のものである。 全文は長くなるのでピックアップする。

【住基ネットにもろ手を挙げて賛成しようというのではない・・・それにしても稼動のさいの報道は、いささか常軌を逸していた・・・全国三千以上の市区町村のうち、十数カ所でコンピュータのトラブルが起きたことを「多難なスタート」と見るかどうか・・・新聞の中には「私に番号をつけるな」「国民は囚人だ」といった市民や識者の話を見出しにした所もあった・・・住基ネット問題の本質は行政サービスのコンピュータ化を進めるかどうかで、進めようとすれば番号は不可欠だ・・・言うまでもないが、住基ネットを進めるための法案は三年前の国会で成立している・・・世界的なIT化の中で個人情報がもれたり悪用される不安もあるが、それを乗り越え実施することを決めたのだ・・・戦後の日本には情緒的な反対論が冷静な論議を妨げてきた例はいくらでもある・・・そんな愚を繰り返さないため、頭を冷やし稼動を見守った方がいい】

ただし上記は大分以前に書いた誤った引用の方法である。小生にとって都合のよい部分だけ、いいとこ取り、賛成取りの引用であるということと、「・・・」で省略した部分には小生が疑問を感じた部分も無きにしもあらずだった、ということをお断りしておく。

他の新聞では大阪府守口市が市民に郵送(シール付ハガキ)で住民票コードを通知した際に約百七十世帯(その後さらに増えた様子)に他人のコード番号を誤って通知した、という記事も出ていた。ということは小生宅にもハガキで通知が送られてくるということなのだろうか。まあこれは法律ではなくて条例なのだから、区が決めることなのだろう。

同年輩の方は分かって頂けると思うが、三十年ほど前には「通販」というのは非常にいかがわしいイメージの言葉だった。
シアーズがカタログによる「通販」で日本市場に殴りこんできたとき「何を考えているのだ」と思う一方で非常な衝撃を受けた。


「情報」ということばもそうだった。何か陰湿なイメージのことばであり、少なくともオフィシャルの場で使用されるということは、われわれの業界においてすらなかった。

あれから三十年を経過したいまは・・・世の中ここまで様変わりしている。確かに住基ネット。いま現在の自分自身のメリット・ディメリットということと関連づけて考えなければならないということも分かる。分かるが・・・三十年後、五十年後の情報化社会、その中における行政サービスという問題も、同じ位の比重で考えなければならない問題だと思う。

一見話が飛ぶようだし、うまく結びつけて書くことが出来ないが、やはり本日のニュースの「日本ハム」の内部告発も情報である。
告発というと響きはきついが、このような情報の漏洩は歓迎すべきことであるし、もっともっと行われなければならない。
しかし防衛庁の情報漏洩はあってはならないことだ。 どちらも 「企業内情報」 の漏洩ということでは同じことなのだが。

どう発信するか、どう受信するか。「情報」ということに対して、も少し神経質になろう。


020806  賢い商売

昨日帰宅したらまた猛妻がニタニタしている。もう慣れた。入選ヅラである。
「何だ、今度はどこに入選したのだ?」 と聞いたら、分厚い文庫本状のものを差し出し 「ホレ」 という。

何と、早くも来年の「愛犬カレンダー」というヤツだ。週めくりになっていて、一週間で一枚、従って表紙を含めて一年間で五十四枚の構成になっている。そしてその一枚ごとに、上にペットの犬の写真と、飼い主による犬の紹介、下段が一週間のカレンダーになっている。

なんてくどくど説明しなくても、今度の日曜写真ネタに頂く心算なので 「百文は一見にしかず」 である。
猛妻が挟んだ栞のページを開けると、おう、我が家のおパル様が偉そうにふんぞり返っている写真が写っているではないか。
そこに飼い主であり撮影者である猛妻の氏名と、パルの簡単な紹介文が記されている。

同封されている手紙には 「ご応募有難うございました。多数のご応募の中から厳正なる審査の結果、貴方様のお写真を採用させて頂きました。二冊、謹呈致します」 というようなことが書いてある。聞いたこともないマイナー(多分)な出版社かプロダクションからである。

よく話を聞いてみて整理するとこういうことだった。昨年末、娘が書店でこの愛犬カレンダーなるものを買ってきて、自分の部屋で利用している。その時猛妻がそのカレンダーに添付されていた文書に目を通すと 「お宅のワンちゃんの写真を応募してください。採用の場合、来年のカレンダーの一ページとして掲載させて頂くと同時に、出来上がり次第進呈致します」 と書いてあったそうだ。
そこで早速応募したところ、忘れた頃にやってきたというわけである。


猛妻は 「このカレンダー、一冊千円もするのよ。だから二千円も儲かっちゃった」 とおっしゃるが、果たしてそうだろうか。
「それで年末に書店に並んだら何冊買うのだ?」 と聞いたら、平気な顔をして 「十冊は必要だよね。でも一軒ではそんなに置いてないかも知れないから、何店か回らなければ・・・。探すの手伝ってね」 だと。


夜スナックに持参してガハクに見せて、大笑いした。世の中やはり頭のイイ奴がいるものだ。応募採用の犬が五十三匹。
すなわち飼い主が五十三人。一人が平均して、友人への自慢進呈用として十冊は買うだろう。
印刷上がりと同時に五百三十冊は完売である。進呈しなかった友人にも 「買って、買って」 と騒ぐだろうし、進呈された友人はお義理でそのまた友人に宣伝してくれるだろう。まさに口コミ商品の最たるものではないか。


ガハクと 「おい、黙っている手はない。猫でやってみようじゃないか」 といったらママに笑われた。
「そんなの出てるわよ。しかも日めくりカレンダーよ」。 グェグェッ! 三百六十五枚、三千六百五十冊の即完売。


ガハクとともに感心することしきりであったが、指をくわえているわけにはいかない。
「まだ何かあるのではないか」 といって一所懸命考えた。 あった!


「我が家の赤ちゃん」。
それも日めくりなんていうのはカッタルイ。一日を午前と午後に分ける。すなわち「八月六日午前」「八月六日午後」という具合に。


七百三十枚。犬や猫と違って自分の子供ともなれば十冊とはいわず三十冊は買うだろう。完成と同時に二万一千九百冊を完売。
大冊なので一冊三千円としても六千五百七十万円!


これはもう、来年のカレンダーのベストセラーを約束されているのだ。
もっともコッチは金は余っているから要らない。これ以上稼ぐ気はないから、誰かこの企画買わないか。

今なら五千円でいい。


020805  住民基本台帳

小生が市場調査業界に足を踏み入れた一九五五(S三十)年当時、主要業務のひとつはランダムサンプリングのための「住民基本台帳」の閲覧だった。市場調査の対象者を決定するための「確率比例多段無作為抽出」のベースが「住民基本台帳」である。

例えば大もとの作業で今回の千サンプルのうち、十サンプルは「中野区野方一丁目」の住民からということが決まったとする。ではどの住民を選ぶのか。「中野区野方一丁目」の住民台帳が「中野区役所第七出張所」で管理しているということは簡単に調べがつく。電話で「何日の何時に伺いたいから、住民台帳の閲覧をしたい」と許可を受けてから、雨が降っても槍が降っても約束の日時に出張所に出向く。

台帳を保管してある書庫に案内されるが、そこには綴紐で綴じられた台帳が何百冊か並んでいる。野方一丁目から七丁目まで、大和一丁目から五丁目までという具合に、そこの出張所で管轄している全ての町の住民台帳が並んでいて、野方一丁目だけでも十四冊の分冊になっている。その中から閲覧すべき一冊を乱数表を引いて選んで、五冊目を引っ張り出す。
区(条例)によって異なるが、一冊の閲覧につき三十円位だったと思う。

各世帯ごとにまとめられて、住民票に記載されている内容は住所・氏名・世帯主との続柄・性別・生年月日であるが、次の作業はその一冊の中に収録されている調査対象者となり得る人間を数え上げることである。例えば調査対象者が二十歳以上、五十歳未満の女性ということであれば、生年月日と年齢早見表を見比べながら該当人数を数え上げていく。百人いたとしよう。この中から十人を選ぶのだから、十人に一人の割合で選んでいけばよい。詳しい手順は省略するが、ここでも乱数表かサイコロが活躍する。

このようにして東京の町百地点から選ばれた千人の対象者というのは、ほぼ完璧にランダムに選ばれたものであるから、この千人を調査した結果というのは、東京に在住する二十歳以上五十歳未満の女性全ての、ほぼ完璧な縮図であるということになる。
無論誤差は伴うが、プラマイ数パーセントの誤差で、東京都全体の実態を把握出来るということになる。 理論的には。


そして選ばれた十人を転記してくるわけであるが、転記の内容は住所・氏名・性別・年齢・その世帯の家族人数。
ここから実際の市場調査作業が始まるわけだが、当時は殆どが大学生のバイト諸君で彼らに渡すのは「対象者名と住所」のみ。
学生一人一人が四十〜五十サンプルを受け持って、一週間ほどかけてそのリストを頼りに訪問面接調査を実施した。


そして調査票が上がってくるがアンケートの中には「お歳は?」「同居家族の人数は?」等の項目がチェックのために必ず入っている。
年齢などは対象者の方でサバを読むこともあるので多少の違いは仕方がないが、五十票のうち五票位もが、こちらが住民基本台帳で調べた年齢や家族人数と大幅に違っている場合には 「メーキング(対象者を実際に訪問せずに喫茶店で自分で記入する等)だろう!」 と机を叩いて泥を吐かせる。大抵吐く。


正確な市場調査というのはこうして出来上がるものだし、我々のより良い豊かな生活のためには絶対に必要な仕事なのである。
いかに面倒臭かろうが「国勢調査必要ナシ」とは思う方はいないだろう。

現在では大分様相が違うが正確な市場データの入手に当っては、住民基本台帳とその自由な閲覧というのは不可欠なのである。
永年に渉って不心得者が「住民基本台帳」を悪用してきたことも、今回の騒ぎの大きな要素になっている。
絶対に悪用はいけないが、悪用を回避する有効な予防策もあるまい。肝心の管理する側のオカミが信用出来ないのだから。

「住基ネット」。頭の中を賛否両論が駆け巡っている。 いやはや難しい、頭が痛い。

                この問題については、も少し書きたいことがあるので、久々「零細企業」の方にもアップしました。


020804  不況脱出

三時。珍しく社員全員が社内に留まっている。居眠りを通り越して熟睡している者が約二名存在する他は、それぞれが頑張って起きていて、活気を呈している。

社の窓から外を覗くと、何と前のビルも斜め前のビルも煌々と電気が点いていて忙しく立ち働く人達の姿が見える。三時というのにである。

徹夜徹夜の連続だった十数年前の好況が、突然タイムスリップして戻って来た。
と思いたいが、残念ながら午後の三時である。

それにしても一昨日は一天俄に掻き曇り、暗闇の中を連続して雷鳴が走るという凄い天気だった。稲光を撮ろうとして何度もシャッターを押したが、流石俊敏なわが指も電気の早さには敵わなかった。

この後、熟睡している二人をたたき起こしてやった。


020803  オールP

といってもご存知ない方が殆どだと思う。関西の超マイナーと思われる製薬会社が製造しているアンプル型ドリンク剤であり、販売も関西のごく一部の地域だけらしい。東京では随分探したが見つけることは出来なかったし、薬局で尋ねたこともあるが薬剤師も知らなかった。

二年前の土曜日のことである。和歌山といっても突端の太地まで、お招きに預かって〆ちゃんの所へ行った。朝五時に出発して到着が夕刻五時。殆ど休憩ナシの十二時間ドライブというのは相当疲れる。そして到着と同時に宴会が待っていた。
伊勢海老とあわびの刺身に勿論最高級鯨の尾の身を中心とした、大ご馳走である。当然深更に及ぶまで飲んで騒いだ。

二日続きの睡眠不足のまま、翌日曜朝に帰途の車に乗り込んだ時、「これを」といって飲ませてくれたのが「オールP」である。自分の車にも「ネムクナイン」とかいうサービスエリアで買ったドリンク剤を用意はしてあったが、皆様ご存知のようにこんなものは効かない。

しかるにこの「オールP」。凄まじい威力だったのだ。帰途の十二時間、文字通り両目の隅から隅までのオール、パチパチのパッチン状態だったのだ。しかも驚くなかれ帰宅したその夜も全く寝られない状態が続いたほどの効き目、従って月曜の会社では一日居眠りしていた。

先週の楽しかった土曜の夜からもう一週間を経過してしまったが、その先週の夜、〆ちゃんが 「例の物、一本持ってきてやったから今夜は徹夜しても明日の運転は安全」 といってくれた。当然周囲の連中が 「例の物」 とは何だと言って騒ぎ出したので 「その筋からしか手に入らない特殊な薬物であり、効力抜群なのだ」 と説明すると 「見せろ見せろ」 の騒ぎになった。

〆ちゃんが車まで取りに行って 「これがあんたに上げる分だ」 といって渡してくれた。ご丁寧にも 「済まないがここを読まれるとヤバイので、成分のシールは剥してきた」 という解説付である。くびれた部分を付属のヤスリでギッギッとこすり、指をパチンと弾いて首を飛ばして開けるという、今では殆ど見かけることがなくなった、見るからに怪しげなアンプルである。 

皆が顔を寄せ合ってしげしげと見入っている。 「そんなに効くのか」 と尋ねるので小生が多少オーバーに効能を吹聴すると、心配そうに 「それはヤバイよ。いわゆるポン系の違反の覚せい剤が使われているかも」 と忠告してくれた真面目人間がいた。

すかさず〆ちゃんが 「だからラベルを剥してきたし、入手ルートも特殊なのだ。見せろと騒ぐから見せたのだから、ここだけのことにして欲しい」 と真顔でいう。
その時である。かなり酔いの回ったエロPさんが、いきなりアンプルを弾いて一口でカパッと飲んでしまったのである。小生が叫んだ。

「ヤバイッ、それは注射用の液だ。飲む方のヤツではないっ!」。 〆ちゃんも叫んだ。 「しかも一口で飲むなんて無茶をして。早く水を大量に飲めっ!」。 最初のうちはへらへらしていたエロPさんも、小生と〆ちゃんがあまり騒いだのでだんだん顔が引き攣ってきた。周囲もだんだん本気になって心配を始めたので、仕方がないからいい加減なところで白状した。

ところが今度はエロPさんがしゃがみこんでしまったのだ。
「どうしたのだ」 と聞いたら 「これは目パッチンのPじゃなくてピンピンのPだろ。立ったから立てない。恥かしい」。


いい大人が寄ってたかって、たかがアンプル一本で三十分も盛り上がって大騒ぎしたあの夜から、もう一週間が過ぎてしまったのだ。
今日は宴の後の寂しい土曜日だった。

ところであの日はエロPさんはセイノさんと相部屋だった。セイノさんはこの騒ぎをしらずに眠り込んでいたが大丈夫だったろうか。
今ごろセイノさんの巨腹がますます膨らんでいるのではないかと、ちょっと心配である。


020802 旅の金は使い捨て

どういうわけか「八ヶ岳中央農業実践大学」の校庭に家族経営の気球屋さんがいて、それに乗ったということをこの前の日曜に写真入りでUPしたが、これについてはも少し詳しく書くだけの価値がある。

信州原村で先週の土曜に開催された第三回目の大オフ会については報告した通りであり、暑さとアルコールと久々の顔合わせの興奮とで、日曜の朝は全員がふらふら状態だった。

そして朝食を済ませたところで解散、その後有志だけで近隣の散策をということになった。案内役は毎度のオフ会の幹事として世話をして下さっている地元のSさんご夫妻。といっても何分にも和歌山から、名古屋から、東京からの参加者とあってはそれほど時間に余裕があるわけではなく、せいぜい昼までの半日コース。車で三十分圏内ということになる。

そこで土産物の購入を兼ねてということで案内されたのが「八ヶ岳中央農業実践大学」である。ここでは学生達の手になったとみられる手作りのハム・ソーセージやチーズ、漬物等々を販売している土産物屋があった。
それぞれに土産物を買い終わって外に出たがとにかく暑い。  


他に手ごろなところもないということで「さてどうしようか」といっている時に目についたのが数百メートル先に青空をバックにポッカリと浮いている気球である。「あれは何だ」ということで、行ってみることにした。

緑の広々とした芝生の中央にバカデカイ気球が置いてある。その気球は地上に三角の形で配置された立ち木と乗用車と気球の運搬用と思われるバンとに、三本のロープで固定されている。

遊覧用であり「乗れる」ということであるが、遊覧用とはいっても空をふらつくわけではない。固定したロープを延ばして垂直に上がってそのまままた降りてくるだけというもので、いうなればシースルーエレベーターからガラスの壁を取ったやつである。
しかし小生も勿論だがメンバー中誰一人として気球に乗ったことのある者はいない。
高所が苦手という数人を除いて「じゃあ乗ってみるか」ということになった。


ところが値段を聞いてビックリである。たかが三十メートル、ビルでいえば十階位だろうか、時間にしても十分位。上がって降りてくるだけで一人二千円。しかも運営しているのは運転手のお父さんと客が乗降している間、気球の駕籠の重しがわりにぶら下がる息子、集金係りのお母ちゃんの三人だけ。完全な家族経営であり一回の積載が四人。すなわち十分で八千円。

そりゃあいくらなんでも儲け過ぎだろう、そりゃないだろうと、小生う〜んとばかりに考え込んでしまった。
そうこうしているうちにSさんご夫妻が小生の分まで金を払ってしまわれた。
仕方なしに財布から渋々二千円を取り出したら 「結構です、オゴリです」。 白状するが自分の金ではなかったのだ。 ラッキーッ!。


ただでさえ暑いのに頭上でぼうぼう火を焚かれる。当然ながら駕籠にはクーラーがない、という二点を除けば、絶対に経験しておくべき貴重な十分間であった。

帰宅してから急に興味を持ち、ネットで色々調べてみたが、その中にあった面白いQ&A集。答える側に愛想のカケラもない。
例えば 「気球って落ちないの?」 『落ちます』。  「風船おじさんはどこへ行ってしまったと思いますか?」 『知りません』。


しかしあの気球で二・三百万、バンに見えた運搬用のチェイスカーという車が二百万、一概にはいえないが一回の飛行で家庭用二〜三ヶ月分のプロパンガスを消費するそうだ。そう考えると一人二千円は安いものだが、もしSさんご夫妻がオゴッテくれなければ多分乗らなかっただろう。そして今ごろ後悔して、高い高速代と時間を費やして乗りに戻っていることだろう。

旅に出た時にはケチルな、を鉄則としている小生だが、実行は難しい。


020801  蕎麦は気合で食う

新宿駅「マイシティ」七階の「いづ味」。好きな日本蕎麦屋である。ネッ友の親類ということで紹介されて、ほぼ一年前のオフ会の会場として使わせて頂いたのが最初であるが、なにしろそばメニューが楽しいのだ。そんじょそこらの蕎麦屋には見られないオリジナルメニューの品揃えが豊富なのである。もちろんそんじょそこらの蕎麦屋にあるメニューは全て揃っているが、そうでない独自の工夫。

一例をあげれば「麦とろ飯と刺身とそば」とか、「納豆そば」とか・・・あまり興味がないので後は覚えていないが 「へえ、こんなものが」というような蕎麦が入口のケースにずらりと並べられている。

その意味ではここでも何度か取り上げたご贔屓「赤城のわく玉」の都会版といったところだろう。
「あまり興味がないので」 と書いたが、小生いわゆる変わり種には興味がない。 「いづ味」でも「わく玉」でも、小生が注文するのは「もり」か「ざる」か「鴨せいろ」と決まっている。そんじょそこらの蕎麦屋にあるものばかりである。

じゃあなぜそんじょそこらの蕎麦屋で食わないで地下鉄で二駅乗って「いづ味」まで食いに行くのか。
目的地までの高速代が割高になるのに関越を途中で降りて「わく玉」で食うのか。

いうまでもなく美味いからである。経営姿勢に気合が入っているからである。

これだけ多種類の、「へえ〜っ」 と思うような、中には 「えーっ!」 と思うようなオリジナルメニューを開発しているということは「どうやって客を楽しませるか」 「どうやって客に喜んで貰うか」 という経営姿勢、換言すれば経営者の蕎麦に対する愛情が溢れているということ、気合が入っているということに他ならない。

折角そういう店に行きながら、決まりきったものしか頼まないという小生みたいな客がいてもいい筈だし、多分沢山いると思う。
慧眼の客はそういう店構えというか、店頭がかもし出す気合で蕎麦の美味い店を見抜くことが出来るのだから。

といってももちろんそう足繁く「いづ味」に通っていたわけではない。社から往復電車賃をかけてということになると、例え「もり蕎麦」であっても結構贅沢な食事になってしまうし、第一時間が勿体無い。従って衝動的に「美味いもり蕎麦」を食いたくなった時とか、丁度昼時に新宿駅を通った時とかに行く程度で昨年のオフ会以降、月に一回か、せいぜいが二ヶ月に三回程度のペースであった。

ところがこの「いづ味」。先日のオフ会の折に、紹介してくれたネッ友に寝耳に水の話を聞かされた。間もなく閉店で、まだ本決まりではないが遠方に引っ越してしまうということである。何でも「マイシティ」自体が全面改装ということで、その間の長期休業を余儀なくされる上に、改装後の再入店に際してはべらぼうな敷金だか権利金を取られるそうだ。
「それなら別の場所で」と考えるのは、経営者として当然であろう。

しかし無くなると聞くと無性に食いたくなるではないか。今日の昼、時々訪れる衝動的日本蕎麦欲求の命ずるままに、電車賃と時間をかけて「もり蕎麦」を食いに行った。「こんなことならもっと頻繁に利用しておけば良かった」と思う傍ら、「引っ越して正解」とも思った。

足繁く通わなかったのには電車賃と時間の他にも大きな理由があるのだ。 経営者だけではなく客の方もそうなのだ。
寿司とか蕎麦は「気合で食う!」。

「らっしゃ〜い」 『もりそば』 「へ〜いっ、もりそば一丁っ!」 「は〜い、お待ちっ」 
『サッ、ぱっ、ズルッ、するするする・・・ ご馳走さまっ!』 「へ〜い毎度アリッ」。

あのマイシティのなかなか来ない、やっと来てものろのろ各駅停車のバカエレベータ。
七階に着くまでに 「よおしっ!蕎麦を食うのだっ!」 という気合がすっかり萎えてしまうのだ。

どこへ越すのか知らないが、出来れば一階で、気合満々の店を作って健闘して欲しい。