迷  走  録


一旦自分の口から飛び出してしまったコトバには責任を持たなければならない。それは既に社会に向けて発信されてしまったのである。

ましてそれが確実な記録として残る「書く」ということにおいてはなおのことである。

自分に確たる思想があるわけではないし、生き方の方向が定まっているわけでもない。だからコトバを発することは恐いし、書くことはもっと恐い。

自身で振り返ってみても矛盾に満ち満ちているので・・・。

しかし、だからといって考えることを止めるわけにはいかない。瞑想することを放棄することは出来ない。

たとえ、迷走でも良い。口から発することによって、書くことによって、多少なりとも自らを律することが出来るのだとすれば。

自らを律する意味でも「毎日更新努力」を宣言して、本コンテンツを設置した。    

                                                                       2000年 12月 1日
レジメ 

2000/12  0101前半 0101後半 0102前半 0102後半 0103前半 0103後半 0104前半 0104後半 0105前半 0105後半 0106前半 0106後半 0107前半 0107後半
0108前半 0108後半 0109前半 0109後半 0110前半 0110後半 0111前半
0111後半
0112前半 0112後半 0201前半 0201後半 0202前半 0202後半 0203前半
0203後半 0204前半 0204後半 0205前半 0205後半 0206前半 0206後半 0207前半 0207後半 0208前半 0208後半 0209前半

   過去のものは ↑ を訪問願います

020930  三十年振りの旧友集団

小生の五つ目の会社。大手の広告代理店だった。三十二歳から三十七歳までの五年間。わが人生の油の乗りだした時期である。
マーケティング部調査課長として、十五人ほどの仲間と残業・徹夜の毎日だった。爾来三十年弱を経過するが、今でも年に二〜三回ではあっても親交がある方たちが三〜四人は存在する。後の方たちとは年賀状だけの付き合いか、消息不明かである。


彼が入社してマーケティング部に配属されたのは、小生が退社してから三〜四年後と聞いているから、勿論その会社での彼は知らない。
しかし縁あって、今のわが社の取締役をお願いしているダチのトリさんと共に、三年半前にシステム関係の新会社を設立し、当然共通の知人が多いということもあり、親しくお付き合いさせて頂いたし、仕事の上でも随分お世話になった。


その会社設立後の半年目、すなわち丁度三年前、彼と二人でチームを組んで「カー用品に関するリサーチ」の仕事があった。
かなり大型のプロジェクトであるが、タイトなスケジュール
の仕事だった。その彼と大阪に出張した時、仕事のテーマからみて話題はボツボツと普及し始めたカーナビに集中した。

小生がいった。「細部にわたって指示されるカーナビは好きじゃない。道に迷うのもドライブの醍醐味。東西南北だけを示すカーコンパスの方が良いが、今のは壊れてしまったから買わなければ・・・」と。 彼が笑いながら袋から取り出したカーコンパスを呉れた。
その仕事のために買い集めてきたカー用品の中のひとつである。そしてこのカーコンパスは今、わが愛車の中で活躍している。

その仕事が終って彼と二人で「しゃぶせん」でささやかな打上げをした。三年前の十月である。ところが酒抜きでは語れないほどの酒豪の彼がビール一本で 「もういい」 といったのみならず、健啖家の彼が半分以上も肉を残して 「食ってください」 といってプレゼントしてくれた。「どうしたのだ」 と聞いたら 「ちょっとこの所調子が悪くて」 の返事。
「そうか、それなら日を改めればよかったな」 という小生に 「たいしたことありませんから」 と笑って答えた。

それから十日たったかたたないか、難病で入院、大手術をした。そして二年間の闘病生活。あの仕事が彼にとっては最後の大仕事、あの会食が友人との最後の外食になったのだと思う。今年の二月、享年四十七という若さで・・・。

先週末、彼がこよなく愛したという日比谷公園内のレストランで「偲ぶ会」が開催された。列席者は五十名を越えていたかと思う。
そして出席して驚いたのだ。まるであの会社のマーケティング部のOB会の観を呈しているではないか。三十年振りに会う顔・顔・顔。
顔を見てすぐに 「おうっ!」 と叫んで握手を求めてくる人たちもいれば 「失礼ですがどなたでしたっけ?」
 と名前を聞いてから初めて 「えーーっ!」 と叫んで肩を叩き合う人たちもいた。

ありがちな湿っぽい雰囲気ではなく、控えめではあるが談笑の絶えない、楽しくすらある立食パーティだった。出席者を代表してのトリさんの挨拶。 「彼の人徳が、このような久し振りに会う方同士が多いという厳粛ではありますが楽しいパーティを持たせてくれました」。まさしくその通りである。 他界してなお、これだけの人たちを集めて、楽しませてくれたという彼のパワーに改めて敬意を表したい。

それにしてもよい「偲ぶ会」だった。小生もここに気の早い遺言をしておく。
「葬式はどうでもよいが、出席者同士が楽しめる偲ぶ会を開催して欲しい」。

とてもこれだけの人数は集まってくれないだろうが、出席してくださった方々だけには、是非楽しんで頂きたい。
少なくとも窮屈で退屈な思いはさせないで欲しい。


020929  ヒナには稀な

本HPは一字たりといえども誤字・脱字がないようにと豪語している。それでも万一あった場合にはご指摘頂ければ幸甚、どんなに過去に遡ってでも修正しますと宣言している。

嗚呼、しかし小生ともあろうものが・・・。つい先日のこのコンテンツで「雛には稀な」とやってしまったのだ。鬼の首を取ったような勢いというかご親切というか、速攻でメールが飛び込んできた。

しかし弱った。この言葉は比較的よく使っている筈だ。そうそうと思って、二年前の本HPの処女稿「零細企業」の「サンドイッチの順番」を調べに走ったら確かに使っているが、この時は大丈夫だった。

しかしあと二つの心当たりの個所では両方とも間違えていた。この調子ではかなりの個所で間違えたままになっていそうだが、とても探しきれないし、直しきれない。 でも約束は約束なので一括変換!

『過去の記述に「雛には稀」の文章がありましたら、これは全て「鄙には稀」の間違いです。お詫びして訂正致します』。
  何? 写真がボケテる! 恥ずかしくてカメラを持つ手だって震えるでしょが!


020928  根性の曲がった奴

社の二階の窓といっても、物置に使用している側の窓を開けると、すぐ目の前に隣のビルの窓が見える。中国人対象の日本語教室であり、日中は狭いスペースに二十人ほどの生徒が犇いている。当然、窓は開けっ放しである。従ってこちらの窓を開けると日本人教師の「こんにちは」とか「良い天気ですね」等のことばに追随する生徒の大合唱がガンガン響いてくる。

昨日の昼下がり、例によって一服のためにドトールへ行こうと思って社の玄関を出たら、後から「チョト チョット」と声をかけられた。何事かと思って振り向くと可愛い女の子である。 真昼間からお誘いでもあるまいと思って 『何ですか?』 と聞いたら 「チョト ミチ オシエルカ?」 というではないか。女のくせに随分乱暴なヤツと思ったが、すぐにピンときた。

以前に社の人間がいっていたがその学校の実習というヤツらしい。授業の一環として一人で外におっぽり出して日本人の通行人と実際の会話をさせるというわけだ。こっちはどうせサボリに出るところだから多少の時間なら構わないと思って『どこですか?』と聞いてやった。

「ハンゾモン イキタイ。ドコ カ?」 うん、半蔵門か。簡単だ。
社のすぐ側を走っている新宿通を左に真っ直ぐ。どこまでも真っ直ぐで、ドスンと突き当たりが半蔵門である。

『そこ、新宿通、分かります?』 「ワカルネ」 『左 レフトね 左まっすぐ。突き当たり半蔵門』 「ジカン ハ?」

真っ直ぐ行って突き当たり。極めて簡単なのだが距離はかなりある。四〜五キロはあるだろう。小生の足なら四〜五十分というところだがこの女の子の足では一時間という所か。でも実際に半蔵門に行くわけではなく、道を尋ねる練習をしているだけだからいいのだ。

腕時計を見せてグルッと指を一回転させて 『一時間ね』 といってやったら、からかわれたと思ったらしい。
キツイ目でキッと睨んで 「コマルヨ ノリモノ ネ」 という。多分バスはあると思うのだが知らない。
仕方がないから『タクシー 十五分ね』といってやったらモノスゴイ目で睨んで「タクシー ダメ デンシャ スキ」というではないか。

さあ、弱った。これは物凄く難しいのだ。新宿通一直線というのに、地下鉄でということになるとどう説明すればいいのか。
自分でも分からないくらい難しい。 でも大変親切に頭の中でいくつかのルートを考えた。

新宿御苑駅から丸の内線で新宿三丁目に出て、都営線に乗り換えて九段下へ。そこで更に乗り換えて半蔵門線で半蔵門か。
イヤこれは大変だ。

新宿御苑から丸の内線で赤坂見附へ出て、そこから永田町まで歩く。永田町から半蔵門線で半蔵門へ。
これが簡単そうだが、しかし、赤坂見附から永田町への徒歩の説明が出来ない。

いっそのこと新宿御苑から丸の内線で赤坂見附、銀座線に乗り換えて溜池山王へ。そこから南北線で永田町、さらに半蔵門線で半蔵門か。うーん、乗り換えが多すぎるぞ。

こんなにグズグスしているならホントに歩いたほうが早いぞ。
散々考えた挙句に 『電車ありません』 と答えてやったら、それはそれはスゴイ目つきになった。その目は明らかに 「このイジワルの根性曲がりのクソジジイ」 と叫んでいた。「アリガト ネ」 と投げ捨てるようにいって、向うから歩いてきたOL風の方に走っていった。

あのなあ、オレは親身になって、頭の中ではあるが一所懸命に考えてやったのだぞ。
根性が曲がっているのはオレではなくて、そんな問題を出したオマエらの先生なのだ。


020927 議員も時間外勤務を

やがて開催される臨時国会において「有事法案」と「個人情報保護法案」の成立が先送りされる、平たくいえば成立しないということが決まった。会期が短すぎて民主党との折り合いがつかず、到底成立に至らないと見切りをつけたのがひとつ。北朝鮮問題等の重要問題の案件が先ということがひとつ。

「個人情報保護法案」については、本来ならば昨年秋にも成立する筈だった。ここにも何度か書いたように、この法案そのものについては小生個人的にはかなりの疑義を抱いている。先延ばしになった時は正直の話「良かった」と思った。しかし今は事情が違う。

片や「住基ネット」が走り出しているのだ。同じくここに何度か書いたが、小生基本的には賛成であるし、送られてきた背番号もおとなしく大切に保管してある。将来の国政に有効利用してくれると思っているからである。いくらオカミは信頼できないと騒いではいても、オカミの存在や機能を根こそぎ否定しているわけではないからだ。オカミはなくては困るし、そう思うからこそ選挙だってただの一度も棄権したことはない。

「住基ネット」に安心していたのも、効率的に運用されるのはかなり先の話だろうが、当面は、小生が好むと好まざるとにかかわらず「個人情報保護法案」という法案が成立し、少なくとも「住基ネットの悪用」というような事態にはブレーキがかかるものと安心していた。

「住基ネット」運用の地方自治体に対しても「個人情報保護法案」を成立させるから・・というのは一種の公約みたいなものだった筈だ。いまでさえ加入しないとか、とりあえずは加入するが中央への接続は見合わせるという自治体が多いのに、年内に造反を起こす自治体がグンと増えるのではないだろうか。そうなると歯止めが効かなくなるかもだ。

現在「住基ネット」に特に文句をいわない層は小生のように「国民みんながやることだから・・・みんなが参加しているのだから・・・」の安心感を拠り所としている人間が多い筈だ。これが「みんなが止めているから・・・みんなが番号を返上に行っているから・・・」ということになるとどうなるか。紆余曲折を経て折角落ち着きかけた「住基ネット」。完全に宙に浮いてしまうことになる。
何のためにあんなに時間をかけたのか。何のためにあんなに大揉めにもめたのか。

先日の昼飯時の混み合った天ぷら屋のことを思い出した。皿に天ぷらが盛られて出てきたのはよい。味噌汁と漬物がついてきたのもよい。飯が出てこないのだ。仕方がないから天ぷらを突付いていたが、いつまでたっても飯が出てこない。催促すると 「ハイただいまっ!」 と返事だけはいい。そしてやっと飯が出てきた時は天ぷらは大方食い終わった後。
仕方がないから飯の方は味噌汁と漬物で流し込んできたが、もう二度と行かない。

対であるべきものは対で出てきてくれないと困るのだ。確かに後から割り込んでくる緊急重要法案ということも分かる。
しかしだからといってそうでない、優先順が繰り下げられただけで重要法案には変わらない法案が、安易に先送りにされて良いのか。

会社の一日の会期は九時半から五時半までである。しかしその間にどうしても終わらない重要会議がある場合には会期を延長して残業をする。ビルが締まるために追い出されても、どこか外に出かけて会期を延長する。どうしても決めなければならないからだ。国会議員というのは会期中以外は、重要法案についてオフィシャルな形で討議をしたり、次の会期に備えるというようなことはしないのだろうか。

笑い話にある。どこかの国の炭鉱労働者。終業のベルと同時に姿が消えた。
彼が振りかぶったツルハシだけが、振りかぶられた形のままで宙に浮いていた。


020926  デジカメの達人

週二回の激歩か電車利用かは別にして、往復ともに上石神井駅が通勤のベース地であり、そこと自宅の間は往復ともにレンタサイクルを利用している。

自宅との距離は二キロであるが、その丁度まん中あたりにポツンと一軒、鄙には稀なと表現するに相応しい、小さいがセンスのよい喫茶店があり、なかなか美味いコーヒーを飲ませてくれる。月一の第一土曜の出社日は帰宅が早いということもありここ四〜五年、必ずといってよいほど立ち寄ってコーヒーを飲んで一服してから帰宅していた。

その他にも直帰で早めに帰宅の時などにも寄るので、平均すれば月に二回位は利用していると思う。住宅街の中のこの喫茶店、手作りケーキなども評判のようだが、当然近所の主婦相手の商売であろう。月に八百円也の小生などは客のうちに入らない筈だが、それでもそこのマスターがすっかり顔を覚えてくれて最近では 「毎度有難うございます。コーヒーですね」 と声をかけてくれるようになった。
ツルッパゲに数十本の白髪がしがみついているところを見ると七十歳位だろうか? なかなか感じの良い爺さんである。


といってもそれだけの話である。愛想はいいが無口であり、それ以上の口をきいたことはなかった。ところが一昨日のことである。
仕事が西荻窪で四時三十分に終わった。社に戻っても即退社時刻であるため、直帰連絡をしてバスで上石神井へ。
レンタサイクルに乗り換えてこの喫茶店に五時に入った。他に客は誰もいない。


例によってコーヒーを黙って飲んでいると、マスターがウィンナコーヒーを作って隣の席に置いた。何をしているのかと思ったら、やおらカメラをもってきてフラッシュを光らせている。

思わず 「何をしているのですか」 と聞いたら、マスターは慌てて 「ごめんなさい。お目ざわりでしたか、いやぁ、実はちょっとは洒落たメニューブックを作ろうと思って、暇な時を見計らって撮影しているのですが、もう止めますから。でもこのウィンナコーヒー作ってしまったので、これだけ撮らせてください」 という。

こんどはこっちが慌てて 「いや、そういう意味じゃないのです。ただ何をされているのかと思って。別になんともありませんから、どうぞ続けてください」 というと 「そうですか、ではお言葉に甘えて」 といってケーキやジュースをとっかえひっかえ持ってきて撮影している。 ふと見ると猛妻と同じイオス1である。 

「へえ、イオス1ですか。本格的ですね。それでリバーサルですか」 と聞くとテレタように 「何しろ趣味なものですから。でもこれを写真屋に出してレイアウトして紙に貼ってコピーして、ということで結構お金と時間がかかるのです。何か今はデジタルカメラとかいう便利なものがあるらしいけど、この年よりにはね」 といって笑う。

やおら登場である。肌身離さず持ち歩いている小生のデジカメをバッグから取り出し、どれどれといって撮影に加わってやったのだ。
仕上がったものを即モニターで見せてやった。

「ウヒェー!」 とか「ギョヒー!」 とか叫んで感動している。 「高いのですか?」 と聞くので 「そのカメラと比べれば安いものです。でもパソコンがないとねえ」 というと 「いやあ、パソコンも覚えたいし買おうと思ったこともあるんですが年がねえ」 と嘆くので、「失礼ですがおいくつですか」 と聞いたら、何と 「今年還暦なんです」。

「私は六十五になりますがパソコンを始めたのは六十二歳。いまでは【自由自在】ですよ」 と鼻を蠢かせてハッタリをかませてやった。デジカメの映像をプリントアウトして次回来店時に持ってくるからと約して店を後にしたが、もしかしたら今度訪店した時にはこの店、立派なパソとデジカメが入っているかもしれない。



020925 祝、巨人ジャイアンツ 

 「お父さん。あすこの地べたに座布団を四つ敷いてあるの何?」 と聞いて、 「大きな声でそんなこと聞くもんじゃない」 といわれてコツンと頭を叩かれた。小学校四年生、一九四六(S二十一)年頃、職業野球が再開された頃の土ぼこりの舞う後楽園球場である。

いくらオヤジに頭を叩かれたって、野球のヤの字も知らない子供なのだから仕方がない。もちろん自分だけではなく、周囲の友人達も野球なんてスポーツは知らなかった。

しかし他に何の娯楽もない当時のこと、職業野球は大人達はもちろん、子供達の間にも物凄い勢いで普及していった。
特に川上が復員してきてからの赤バット。大下の青バットと並んで子供たちに大きな夢を与えてくれた。否、大人達にとっても束の間の夢の世界だったのだろうと思う。何しろ一歩外に出ると焼け野原、バラックを縫って歩いていたのだから。

ジャイアンツの赤バットの川上はいうに及ばず、塀際の魔術師平林や名二塁手千葉、タイガースには七色の魔球の若林、ピエロのようなパフォーマンスでスタンドのファンを笑わせてくれた強打者藤村、川上のファウルフライをベンチに攀じ登って捕球したにっくき名捕手土井垣。ロビンスには懸河のドロップ真田。ブレーブスにはジャイアンツキラーの今西と天保。グレートリンクの三塁手は山本(鶴岡)。

その他にも浜崎、スタルヒン、坪内、本堂、苅田、白木等々々、多少の時代の誤差を許して貰えれば四十人や五十人の選手達の名前を上げることが出来ると思う。そのうちの半数位まではフルネームで。
今のプロ野球選手の名前といわれても、せいぜいが三十人位だろうか? そして多分半数位がジャイアンツの選手名だろうと思う。


中学生位までは文字通りの野球狂だったし、友人達を見渡しても例外ではなかった。娯楽といえば野球と映画くらいしかなかったのだから今の子供達の遊びとは比較のしようもない。裏道を占拠してのゴロベースや三角ベースが遊びの主流だったし、野球ゲームといっても六角形の鉛筆にカミソリでヒットとかホームランとかの印を刻んで転がして、自分達でルールを作って遊んでいた。

野球熱が急速に冷めていったのは多分高校入学くらいからだったと思う。遊びのバリエーションが増えたということが最大の理由だと思うが、野球熱は冷めても巨人熱が冷めることはなかったし、それはこの年になるまで続いている。
テレビはビデオ映画を見るために自室に置いてあるが、番組そのものを見るのはニュースと競馬と巨人戦だけといっても過言ではない。


なぜ巨人熱だけが冷めないのか、自分で考えてもよく分からないが、多分巨人戦だけはずっとテレビを見続けてきたからなのだろう。
今でも印象に残っている試合や名場面が数々ある。

長島が村山から打った天覧試合のホームランは、最初に勤めた会社の仲間達と、新宿の「衆楽」のテレビで見たのを覚えているし、あれは確か他社チームとの野球試合の帰りだった。久々に巨人が日本シリーズを制した時の対近鉄戦、三連敗の後の四連勝の時は丁度アメリカ出張中だったが、用事にかこつけては社に電話を入れ、結果を聞いていた。

今年の原新体制。ゴチャゴチャいわれるとは思っていたが、案の定開幕前からゴチャゴチャいわれたし、開幕戦連敗の時は聞くに耐えないようなことまでいわれていた。

いまテレビで原がさわやかな笑顔で宙に舞っている(二十四日夜)。 オメデトウ!!

現役時代からずっと応援してきたしこれからもずっと応援する。別に原だからということではない。巨人の選手なら誰でもいいのだ。
ずっと応援してきたし、これからもずっと応援していく。だって「巨人ファン」なのだから。

もしかして阪神のナインが突然巨人のユニフォームを着て、巨人ジャイアンツを名乗ったら応援するのかもしれない。
改めて選手の名前を覚えるのは面倒だが。


020924  コケの一念

例によって友人のHPのアップを巡回した昨日の話。 「苔の一念岩をも通す」 の一文が目に止まり、思わずギャッと叫んでしまった。「微力な苔の成長力も、長い年月をかければ大きな岩をも割ることができる力を持っているように・・・」 という文意に使われている。

「またやってしまった」 と思った。大分以前にここにアップした覚えがあるが、小生「経由」をつい最近まで「けいゆう」だと思っていたのである。 「四谷 経由 東京 行き」 のあの経由である。ワープロで 「けいゆう」 で変換してくれないので、「この馬鹿ワープロがっ!」 と叫んで 「それは“けいゆう”ではなくて“けいゆ”だ」 と教えられて恥をかいたという話である。

ガキの頃から五十年余の長きにわたって、ずーーーっと「けいゆう」だと思い込んできたのである。
「思い込みというヤツは恐ろしい。時々チェックしなければダメだ」 と書いた。


昨日の「苔の一念」で悲鳴をあげて真っ青になったのもこれと同じである。
「そうか、苔だったのか! そういえば国歌だって“さざれ石の 苔のむすまで♪”じゃないか」 と思った。


やはりガキの頃からの五十年以上を、いまのいままで「コケ」というのは「馬鹿」と同義だと思っていたのだ。
「このやろう手前っ! 人のことコケにしやがって!」 のコケである。 「馬鹿の一つ覚え」 ということばもあるが 「馬鹿というのは恐いのだ。執念深いのだ。馬鹿にするとひどい目に合うぞっ」 というのが 「コケの一念」 のことだと思っていた。


実はこのことは小生にとっては天と地が引っ繰り返りそうな重要な意味を持っているのだ。
というのは小生のHPの大タイトル 「馬鹿が電波でやって来る」 は、小生が好きだった映画のタイトルの 
「馬鹿が戦車でやって来る」(山田洋次監督) をもじったものであるが、この「馬鹿」にはもっと重要な意味があるのだ。


小生自分がまるっきりの馬鹿であることを決して否定はしない。しかし、それ以上に自分が馬鹿であることを卑下してはいない。
むしろ 「馬鹿でありたい。変に利口な人間にはなりたくない」 という信念を持っている。
だから「バカ」というのが「使ってはいけない差別語」であるということは百も承知の上で、バカバカと連発しているのだ。
極端な言い方をすればもちろん時と場合によるが、「バカ」のことばは小生にとっては敬語ですらあるのだ。


そしてここでいう「バカ」とは「コケ」の意味と同義である。HPのコンテンツ中のこの「迷走録」がまさにそれに当るが、「始めたら止めない、止めるなら始めない」 の決意に貫かれて始めたものである。 これぞまさしく 「コケの一念」 なのである。

しかしもし、これが「苔の一念」なのだとしたら「五十年近く思い込みで間違えていました」 では済まない由々しき一大事ではないか。「迷走録」アップの原動力そのものが壊れてしまう。

ということで「ギャッ」と叫んだことも「真っ青になった」ということも、決してオーバーではないということをお分かり頂けたと思う。もっともこれがそんじょそこらのHPに書かれていたものであれば、ここまでは気にしないが、何分当該HPの彼は尊敬すべき知識人であり名文家なのである。

従って 「彼のいうことだから間違いない」 のだ。
大変なことなのでネット検索に走った。なるほど「苔の一念」で検索をかけると、確かにいくつかのBBSに辿り着く。

しかしかなり程度の低いBBSである。続いて「コケの一念」で検索をかけた。おお、学術的なHPが沢山ひっかかって来るではないか。「コケの一念」 で正しかったのだ。 正確には 「虚仮の一念」。 
ウッシッシ。ああ良かった。  虚仮というのは老人語で 「バカ」 の意だそうだ。


何? 「そんなこと何でご本人にメールをしないのか」 だって。
コケの一念で頑張っているこのコンテンツ。折角転がり込んできたネタなのだ。  勿体無い。


020923 馬鹿電料理教室

どんママに教わった。 じゃがいもをキンピラ程度にスライスする。澱粉質を逃がさないために水晒しをしてはいけない。そのまま。

フライパンにオリーブ油を敷いてバター少々。スライスしたじゃがいもを形良く並べる。上からタップリ粉チーズを振り掛ける。中火で。

チーズが溶けてじゃがいもが纏まってきたら引っ繰り返して両面にこんがりと焦げ目がつくまで。出来上がったら塩・胡椒。これ絶品。五分で仕上がるビールの友。

何? 自分で作ったのかって? とんでもない。
男子厨房に入るべからず。猛妻に指示しただけだ。
アッそれからもうひとつ。

どんママの間違い。 「色取りのためにニンジンも散らす」 はダメ。

野菜の中の「悪の駆軸」は入れるな。


020922 天高く

先々週は旅行のために欠席。先週の三連休は水虫のためにダメ。
二十日振りのプールである。
一週間休んだということはあるが、二週続けて欠勤ということは記憶にない。


二十日のブランクというのは、考えている以上に大きい。
二キロの水中激歩も、軽く五百メートルのクロールも、かなり重かった。


しかしそれより何より驚いたのが体重計に乗った時。ここ四〜五年でやっとの思いで八キロ絞ったというのに、僅か二十日で一キロも戻しているではないか。
効果覿面というべきか。


外に出て空を見上げてここでも変化に気が付いた。二十日前に来た時は猛烈な暑さだった。しかしすっかり空は秋の色に染まっていた。

デジカメでキャッチしたが、何分にも高すぎて、ピンを合わせるのに苦労した。


020921  ブロードバンド

どうしようもない友人がいて、突然メールでアダルトサイトのHPアドレスを送ってきた。 「動画サイトが豊富で面白いから見てみろ」と書いてある。時々、得体のしれない所から送ってくるヤツは迷わず削除しているが、何しろしょっちゅう顔を合わせている友人からのものである。ハッキリいって小生、動画にはあまり興味がないし、アダルト系には全く興味がない。

しかしせっかくのご厚志だからちょっとだけ付き合ってみようと思って、そのアドレスをクリックした。
毎日五十ほどもの更新があるようだが、なるほど、そのうちの十本位がMOVIEのマークがついている。


それをクリックすると読み込みが始まった。「想定ダウンロード時間」という表示が表われるが七分となっている。冗談じゃない、そんなに待てるかと思ってキャンセルしてから他をクリックしていくと、一分というのがみつかったのでそこをクリックして待った。

想定時間というのは正確ではないようで、二分近くかかったようだが、いざ開いてみると、なるほどこれはなかなかイケル。
画像も綺麗だし音声も入っている。


試しにも一度七分というヤツをクリックして、本を読みながら待った。十分位かかっただろうか。やっと動き出したヤツを見に行ったが、ナルホドナルホド、十分待った価値がある。

以上の文章はイントロであり、ここからが本番である。
本日三連休初日の土曜日、車を社に運ばなければならない羽目に陥ったということはすでに散々ぼやいた。土曜は道も空いている筈だから九時三十分に会社着ということは八時三十分に家を出れば十分間に合う筈だが、万々一遅刻するようなことがあってはシャチョーの信用はますます失墜する。

七時三十分に目覚ましをかけて、八時前に眠い目をこすりながら社に向かった。案の定、道は空いていて到着が八時五十分。「ドトール」で居眠りをしている所へ本日コキツカワレル可愛そうな若手社員が出勤してきた。そして彼を無事仕事に送り出した後である。


イヤイヤ土曜に出勤したからには、タダでは転ばない。やおらパソに向ったのだ。例のアドレスは自宅から会社の自分のパソ宛にメールをしておいた。我が家はISDN。速度は0.06MBだそうだ。 「十一月から12MBのADSLに変更可能だから変えてはどうか」 とアドバイスされているが 「動画には興味がないし、今で不便は感じていないから」 と答えていた。
しかしここは会社のADSLのスピードで試してみる価値がある。もっとも初期の導入なのでスピードは1.5MBだそうだ。


それでも家で十分近くもかかったヤツをするするスイッとものの三十秒ほどで読みこんでしまった。
そしてまさに画面が開こうとした瞬間、社のドアが開いた。シマッタ、鍵をかけるのを忘れていた。
朝早くからご苦労なことに 「おはようございまーす。日本生命で〜す」 のセールスレディ。

小生の席は一番奥であり、入口は死角になるがそれでも大いに慌てた。 「ちょっとゴメーン、いま取り込み中だから」 と断ったその時である。ボリュームを目一杯上げておいた目の前のパソが突然大音響で叫んだのだ。「ヤダヤダヤダッテば〜っ あぁ〜〜〜〜ん!!」。
「ゴメンナサイ、失礼しました」 のセールスレディの声とバタンとドアの閉まる音。

繰り返すが会社でこのような挙に出たのはあくまでも実験のため。小生動画には、ましてやアダルトなどには全く興味がない。
しかし1.5MBでも我が家のISDNと比較してこの威力。これが12MBということになると一体どういうことになるのだろう。
これは是非真剣に検討せずばなるまい。 イヤ、ホントにアダルト動画には全く興味がないが。


020920  北朝鮮問題

昨日のアップについて、何人かの方からメールを頂戴しました。有難うございました。

本来ならば賛否両論のご意見を頂いた方々お一人ずつに返信させて頂くべきところですが 「再度ここにアップさせて頂きますのでお読み願えれば幸甚です」 の返信のみに留めました。こういう時に「BBS」を設置していれば、真摯でオープンな意見の交換の場として有効だと思うのですが、何しろ閉鎖してしまいましたので。

頂戴したメールは私信ですから引用するわけにはいきませんが、京都の先輩のHPの昨日のアップは、当該HPへのリンクの許可を頂いている以上、無断引用させて頂いてもお叱りを受けないと、勝手に決めました。
氏の説得力のある文章と、本日の「産経抄」。或いは舌足らずだったかもしれない小生の昨日のアップを十分に補って下さっているというか、小生のいいたかった核心をズバリとついて下さっています。


まず京都の先輩。 部分引用になりますが、主旨は外していないと思います。

【拉致問題では国家機関による犯罪を事実として率直に認め、情報を公開し、謝罪した。国家と国家の首脳会談のやりとりとしてこれ以上のものはありえない。経過の詳細や補償問題はすべて今後の交渉に委ねられるべきものである。

提供された犠牲者についての情報は8人が死亡、5人が生存という悲惨なものであった。日本のマスコミはこの点を厳しく追求している。遺族の一人は「小泉さんはこんな情報を受けとってなぜ正常化交渉の再開に踏み切れたのか」と絶叫していた。遺族や家族の個人の心情としては理解できる。だが気懸かりなのは、民主党の鳩山代表を含めて何人かの国会議員までが、同じ理由で小泉首相の決断を早計であったとコメントしているの点である。(中略)


条約を結び、国交を回復することによって初めて言葉による交渉が可能になる。拉致問題も、今回キム・ジョンイル総書記が犯罪であったことを認めたことによって初めて犯罪として扱い得るものになったのである。日本の世論にはこの点についての認識が決定的に欠けているのではなかろうか。】


次に本日の「産経抄」。

【首相官邸や外務省には日朝交渉の“成果”をめぐって不満や抗議の電話が殺到しているそうだ。一方、新聞の世論調査では小泉訪朝を評価する声が七、八割に達している。この落差はまさに櫻田淳氏が昨日『正論』で指摘した「情」と「理」の乖離(かいり)だろう。

▼横田めぐみさんをはじめ拉致日本人のうち八人が死亡という衝撃は、日本中を駆けめぐってなおやまない。同じ日に死亡した人が二人、しかも三十歳前後だった。こんな不可解な話があるものか、小泉首相はなぜ平壌宣言などに署名した、という怒りの「情」である。

▼一方、ともかくあの独裁者に拉致を認めさせ、謝罪を引き出した小泉首相の交渉力を評価する。さらに核やミサイル開発にも一定の歯止めをかけた。日朝首脳会談を実現した勇気と決断を是とする認識の「理」である。】

本日は以上の引用のみ。ただしひとことだけ。 マスコミ報道、も少し気を使って欲しい。

「なぜ死亡日等の情報を小出しにするのか、もっと早く」 と家族が怒っているという報道に並べて 「家族側は、この日伝えられた死亡日などは「未確認情報」にすぎないとし、不正確な情報を伝えたとして外務省に謝罪と真相究明を求めた。」
などと書かれたら、読む方は混乱する。

もはや大至急の情報ではないのだから、整理して、咀嚼して、背景情報も踏まえて、も少し丁寧に、慎重に報道して欲しい。
何しろいまはご家族の方々も混乱しているのだ。



020919 ミステリアスな結末

何ともミステリアスな結末であった。ご家族の心情を思うと迂闊なことは書けないが・・・。
しかし、考えなければ、書いておかずばなるまい。

勿論かなりの期間にわたる慎重な根回しはあったのだろうが、僅か数時間の会談で電撃的な共同声明への批准である。予想通りであったとはいえ、これで良いのかの疑問も湧くし、世界の将来ということだけに、今後の問題ということだけに視線を定めた場合には、正しい選択であったという気もする。

案の定、強烈な小泉叩きが始まっているし、ご家族に至っては「許せない」の表現も飛び出している。多分自分が当事者だったとしてもそうだろう。お気持ちは痛いほど分かる。

「二十年余、日本政府は何をしてきたのか」 とも。 しかし十年前に日本政府が何かをしようとしていたら、否、一年前にかもしれない。その何かとは「戦争」以外の何物でもなかったのではないだろうか。

新聞にも政治面もあれば経済面もあれば社会面もある。社会面の突っ込みが足りないからといって、その新聞全体を評価することは出来ない。政治面と経済面が極めて優れた新聞であれば、総合評価として良しとせずばなるまい。逆もまた然りである。
一面だけを見るのではなく、総合的に見ての評価ということは、森羅万象に対しての不可欠の姿勢だと思う。

とはいうものの、僅か数時間の会談で、拉致問題を最重要課題としつつも、核問題を論じ、経済援助問題を論じ、不審船問題を論じ、国交正常化問題を論じたというのはあまりにも忙し過ぎたのではないだろうか、の疑問も残る。
否、その前にあの国と、国交を正常化することをこんなに急ぐ必要があるのか、ということも疑問である。

経済援助が前提の国交正常化であるが、いまの日本にそんな余裕があるのか。近くて遠い国にそこまで莫大な経済援助をするなら、当面逼迫している国内の零細企業の経済援助を頼みたいという気持も強い。

しかし、だが、その一方において。もし小生が決断を迫られる立場だとすれば、世界を視野に入れた国際貢献が優先である、そのためには足元の零細企業の千社や二千社を踏み潰す位の犠牲は止むを得ない、と考えるかもしれない。多分そういう選択をするだろう。

われわれ国民にとっては、何とも後味の悪いミステリアスな結末であるが、小泉首相にとっては、極めてを歯切れのよいキッパリとした成果だったのだろう。

とにかく、右を選んだとしても左を選んだとしても、帰国後には彼に対する厳しい非難が待っているのだ。 「いま自分が正しい」 と思うことをやらなければ仕方がないではないか。それが正しかったかどうかは、歴史の判断にゆだねる以外に手がないのだから。

国内の手術騒動が一段落したところで、小泉内閣の政治がやっと動き出したかの観がある。「支持」ということばを軽々しく使うべきではないと散々書いて来たが、いま小生に「支持」か「不支持」かの二者択一を迫られれば、小さな声で「支持」と答えよう。 

しかし北朝鮮、ホントに大丈夫なのだろうか。薄気味悪いイラクの恭順を含めて、アメリカの居丈高がますます目に余るということにはならないのか。それとも世界は一挙に平和への道に転進するのか。いろいろいろいろ、心配であり、期待も膨らむ。

今度は金成日一家を日本に招いて欲しい。歓迎式典をディズニーランド貸切で開催して貰いたい。
約束を守らせるための強烈な牽制球である。 いつものこのコンテンツのジョークではなく、本気でそう思っている。


020918  北の国から

まさか、よもや「観ていない」などとおっしゃる方はいらっしゃるまい。倉本聡のこの名作。
83 冬」 に始まり 「84 夏」 「87 初恋」 「89 帰郷」 「92 巣立ち」 「95 秘密」 「98 時代」 と続いたこのシリーズもとうとう今回の 「02 遺言」 をもって大長編の幕を閉じてしまった。もちろん本シリーズの全篇を録画して大切に保存してある。


本来ならば「映画コンテンツ」の方に収容すべき内容であるが、とてもあの狭い箱の中に押し込むことは出来ないので、こちらの方に特別登場である。

小生 「今まで読んだ本で最も感動したものは?」 と聞かれたら、躊躇無く 「五味川純平の人間の条件」 と答えているし、「今まで観た映画のベストワンは?」 と問われれば躊躇無く 「小林正樹監督、仲代達矢主演の人間の条件」 と答えている。
小生にとってはそれほどまでに別格である。しかしこの「北の国から」も「人間の条件」に肉薄する作品といっても過言ではない。

二十年の長きにわたって延々と続いてきたこの作品。新しいものを観る度に 「これが今までの中でも最高傑作」 と思いつづけてきた。この三連休に、五時間を越える大作 「02 遺言」 をじっくりと観終えて、またしてもこの最終回が全篇の白眉と思ってしまった。

日本人であるなら誰でもが観ている作品であるから、ストーリーを書いても仕方がない。とにかく舞台は富良野なのだ。杉田成道監督で、主演はいわずとしれた田中邦衛。息子の純に扮するのが吉岡秀隆で、妹のほたるが中島朋子。脇を固める面々がその時その時でまた素晴らしかった。最初に登場したきりで後は回想シーンでの登場だけになってしまったが、母親役の石田あゆみ、シリーズほぼ全篇に渡って不同の脇を固めた地井武男、岩城滉一、竹下恵子。その他にも原美枝子、ガッツ石松、宮沢りえ。

これらの役者個人々々についていえば、好き嫌いはある。しかしどの一人をとっても、この「北の国」からへの登場俳優としてみた場合には、文句なしに皆好きだ。特に今回篇に新たに登場して、主役を食うような活躍をした唐十郎と内田有紀、感涙ものの熱演だった。

恥かしながら普段殆どテレビドラマを見ない小生、勿論アングラの旗手であり新宿テント劇場の唐十郎の名前は知っていた。しかし観たことがないため 「どこに出ていたのだ?」 と聞いて笑われた。 「道理であのトドは凄いと思った」 といって後で知った。
「ところであの純の恋人役もいいなあ」といったら「内田有紀ですもの」と教えられた。「何だそれ、新人か?」と聞いてバカにされた。


でもいいのだ。新人だろうがベテランだろうが、うまい俳優はうまいし、役柄に嵌っている俳優は観客に感動を運ぶのだ。
そういえば田中邦衛だって今から四十年以上前、俳優座の舞台で安部公房の 「幽霊はここにいる」 に出演したのが、実質上のデビューだった筈だ。あの時はカブリツキで、彼のツバが飛んで来る位置で観ていた。
「これはきっと物凄い役者になるぞ」 と思って惜しみのない拍手を送ったことを覚えている。


別に説教臭い人生訓があるわけでもないし、これでもかっ! という押し付けがましいお涙頂戴があるわけでもない。
ただ淡々とした富良野の四季の中に、そこに住む家族と隣人たちの、新聞のニュースにはならないような小さな事件の数々。
それを倉本聡が見事で壮大な叙事詩に仕上げ、スタッフとキャストが全力投球で茶の間のわれわれに届けてくれているだけだ。


知らず知らずのうちに目頭が潤み、知らず知らずのうちに口元が綻んで笑いが漏れている。
そういう上質のドラマを送りつづけてくれた二十年余に深甚の謝意を込めて、ここに記録した。


020917  豊かな休日

過去に何度か書いたが本コンテンツは日誌ではない。その日の事実をありのままに記す日誌は別に書いている。ただし勿論人様に公開できるものではないし、殆どが「特になし」の記述だけで終っている。情けないことだが、それほどまでに毎日の、毎週の、毎月の生活に変化がないのだ。ここにアップしている毎日々々の作文は、ある意味では日誌に近いその時に感じたことを記していることもあるが、多くの場合には事実をエッセンスとしたフィクションである。

しかしたまには人様並に、事実と実感だけに基づいた日誌を書いてみようという気になった。
といっても正確には、今日のことではなくて、昨日の一日だが。

昨日は振り替え祝日。土・日の恒例行事である競馬も無いし、その上水虫でプールにも行けない。自分のことだけを考えれば無理をすれば行ける程度には回復したようだが、プールの中に水虫を撒き散らして歩くほどには不見識でない。

ということで一昨夜の就寝は例によって三時だったが、たまの休日を思い切り寝るべく、睡眠薬をウィスキーで呷ってベッドに転がり込んだ。起床が何と十一時過ぎ。いつもの休日なら舌を出しながらプールを歩いている時間だ。八時間という驚異的な熟睡で、実にさわやかな目覚めだった。のろのろと起き上がったが、さてやることがない。
猛妻も娘も出かけたとみえ昼飯はもちろん茶を飲むこともできない。外を見るとざんざん降りの雨。

パソでメールを始めとする一通りの巡回を済ませた後、居室でレンタルビデオを見た。大して面白くはないが、何しろ他にやることもないので仕方がない。見終わって午後一時。夜までは時間がありすぎる。思いついてパソの電源をもう一度入れて、近所の映画館をチェック。

おっ、マークしていた 「バイオハザード」 が始まっているではないか。
時間も丁度良い。チャリンコで十分だが何しろ本降り。しかし車でも十分なのだ。駐車場が空いているかどうかだけが問題だが、ダメなら帰ってこようと思い車で出かけたが問題ナシだった。映画館の客は三時間まで駐車代無料という嬉しいサービス付きである。

まずは切符売り場に行き、シニア料金千円で入場券を購入。上映開始まで四十分ほど時間がある。
一階の「築地すし幸」に入り生ビールを飲みながらお好みでチョコチョコッと。〆て二千円強。
残った十数分で「ドトール」に行き、コーヒーを飲みながら暫時の禁煙に備えて大急ぎで三本のまとめ吸い。

そして映画館にひき返し、チョコレート味のソフトクリームを購入してから入場。四百人席の劇場であるが超満員である。超満員とはいってもいままで五・六回行った中ではということであり、百人位の入りである。この便利な映画館が潰れないことを祈りつつ席につく。

結局映画そのものは全く面白くなかった。しかし映画が終ってから再度「ドトール」に行き煙草をのんびりと。
そして後十分ぐずぐずしていると駐車の追加代金がかかることに気づいて、急いで戻ってきた。

これが昨日の日誌であるが、いやはや何ともいえないのんびりした、小生にとっては型破りの休日であった。
しかしつらつら考えてみると、これってフツーの人にとってのごく当り前の休日の生活パターンなのではないだろうか。定年で悠々自適の小生の友人達は、毎日がこんなに豊かな休日なのだ。休日の度に歯を食いしばって目を剥いているというのは情なさ過ぎる。

せめて毎週の土曜か日曜のどちらかでもいいから、こういう生活をする必要があると痛感して決心した次第であるが、小生の決心は遂行された試しがないのだ。


020916  いないいないバー

貝割れサラダにポテトサラダに椎茸のミンチ詰め。鳥皮のから揚げと絶品の手作り揚餃子。もはや腹がはちきれそうである。

トレンチコートの襟を立てたハンフリー・ボガードの顔が、目を潤ませた若き日のイングリッド・バーグマンの美しいクローズアップが脳裏をよぎる。

隣室からは若手社員二人の賑やかな声と、クライアント兼美女ダチのさわやかな笑声。酔眼朦朧としてスツールに腰を下ろし、彼らの話し声に耳を傾けていた。

やがて始まる調査実施の打ち合わせを終えた後、すっかりご馳走になって、このセンスのよいミニバーのあるお宅を後にしたのだ。

ああ、こんなミニバーが欲しいぞ。羨ましいぞ。