迷  走  録


一旦自分の口から飛び出してしまったコトバには責任を持たなければならない。それは既に社会に向けて発信されてしまったのである。

ましてそれが確実な記録として残る「書く」ということにおいてはなおのことである。

自分に確たる思想があるわけではないし、生き方の方向が定まっているわけでもない。だからコトバを発することは恐いし、書くことはもっと恐い。

自身で振り返ってみても矛盾に満ち満ちているので・・・。

しかし、だからといって考えることを止めるわけにはいかない。瞑想することを放棄することは出来ない。

たとえ、迷走でも良い。口から発することによって、書くことによって、多少なりとも自らを律することが出来るのだとすれば。

自らを律する意味でも「毎日更新努力」を宣言して、本コンテンツを設置した。    

                                                                       2000年 12月 1日
レジメ 

2000/12  0101前半 0101後半 0102前半 0102後半 0103前半 0103後半 0104前半 0104後半 0105前半 0105後半 0106前半 0106後半 0107前半 0107後半
0108前半 0108後半 0109前半 0109後半 0110前半 0110後半 0111前半
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021015  三連休の過ごし方

雲一つなく晴れ渡りさわやかな風が頬を撫でる絶好の三連休だった。
どう過ごしたかって? 三日間連続でジムのプールをウロチョロしていた。二キロの水中激歩とクロールで軽く五百。 


大体三連休はそうだが、特に今度のように天気に恵まれた三連休のジムは空いている。フツーの生活水準のフツーの人は、旅に出たりドライブを楽しんだりしているからだ。現に交通情報を聞くと、ザマミロどの高速も大渋滞だった。

さて、二キロの水中激歩であるが、小生は実に几帳面な歩き方をする。すなわち二十五メートルプールを端から端まで、壁をキチンと叩きながら往復するのだ。一往復した所で指を一本ずつ折っていく。十本を折り終わると今度は一本ずつ広げていく。これを二往復、すなわち指が四十回動いたところでノルマの二キロということになる。

このような歩き方をしている人間はまずいない。ほとんどのビヤ樽に目鼻たちは、集団でしゃべりながら、時計を見ながら歩いている。
「今日は三十分目標だから後十分」 とかいいながら。


すなわち時間で歩いているわけだから、距離を勘定する必要はない。したがってその歩き方は実に気まぐれであり、隣のコースを歩いているビア樽と話をするために、突然Uターンしたりするのだ。これは真っ直ぐ、真面目に歩いている人間にとっては非常に迷惑なのだ。 

前とかなり間隔が空いているからと思って、気持ち良くマイペースで歩いているのに、向こうからきたビア樽が突如として目の前ニメートルの所でUターン、人の歩きの邪魔をする。それでもさっさと歩いてくれる分にはついて行けばいいのだが、しゃべりながらノロノロ歩くので、これを抜かなければならない。

しかし水中ウォーキングで前を歩いている人間を抜くというのは水圧と水流の関係からかなり大変なのだ。
それでもやっとの思いで追い抜いて壁にタッチをして振り向くと、いま追い抜いたばかりだから当然後ろにいるべきビア樽が、ショートカットして回れ右、また二メートル前を歩いていたりすると、水泳帽を被っているから分からないようなものの、もおっ! 怒髪天を突いているんだぞ。実に無神経としかいいようがない。


小生の場合はどうか。顎まで水に浸かって歩いているわけだから、決して早いとはいえない。それでも四・五年前、六十二キロの体重を維持していた当時は二キロをジャスト六十分で歩いていたが、体重が五十五キロに減ってしまったいまは六十七分を要する。丁度一キロ減量につき一分のロスという計算だ。しかし体重もさることながら、やはり最大の要因はタッパの問題である。双球のボインが水面から出ているような相手には、たとえ女性であってもスピードでとても敵わない。小生の場合には後ろに気配を感じると、端に避けて水路を譲る。

一年ほど前から一人だけ、ビア樽でない若い女性が現れたが、必ずといってよいほど顔を合わせる。顔立ちもよいし、ハイレグ水着のスタイルもなかなか良い。本来ならば仲良くなってお話をしたいと、最初のうちは思っていた。

しかしその彼女の歩き方が実に傍若無人なのだ。人が真っ直ぐ歩いているのに、向こうから歩いて来て一メートルの目前でクルッと回れ右して走路妨害をするなどということを平気でやるのだ。しかもノロノロ歩きだから追い抜かなければならない。何回抜いてもまた前をのろのろと歩いている。歩き方にルールがあるわけではなくマナーの問題だから、文句をいうわけにはいかない。

彼女の場合は例え若くて容姿端麗であっても、メチャクチャ性格が悪いに違いない。だから彼氏も友達もいない。今回の三連休もそうだったし、その前も、さらにその前の三連休の時もジムに一人寂しく皆勤で、小生の歩行を邪魔していたのだ。水中歩行で性格が分かる。

アンタは孤独な嫌われ者なのだ。だから折角の三連休の三日間全てをプールでウロチョロしなければならない。
三日間とも目撃している小生がいうのだから間違いないのだ。

021014  秋を詠む


空冴えて 耳を澄ませば 家々の 暮らしの響き 聞こゆるがごとし

 

澄み渡り 終わりなき空 秋深し

 

馬肥えて 財布が痩せる 重賞ラッシュ


021013  使用前、使用後

外出から戻って玄関を開けたら、ボロ雑巾がドテッと置いてあった。 「何だ、ダラシが無い」とばかりに蹴飛ばしたら、ボロ雑巾が飛び上って「ギャオーーーッ! うわんっ!!」。思い切り足首を噛み付かれた。ジーパンの上からだから良かったがそれでも足首内出血の青アザ。

猛妻に「こんなボロボロになるまで放置しておくなっ!」 といったら 「いわれなくても明日の予約を済ませたところっ! 例えホントに雑巾だったとしても手で片付けようとするのが常識でしょっ!」 だと。

美容院使用後は写真をクリック。それにしてもこのバカ犬、どこまでワガママなのだ。
猛妻の不在時はコソコソと置き水を飲むくせに、猛妻在宅時は洗面所でギャンスカ。
水道から流れる水しか絶対に飲もうとしないのだ。


021012  報告義務

先日社ダチが立ち上げているHPを読んでビックラこいた。

当社の斜め向かいに比較的新しい瀟洒なビルがある。一階にはかなり有名らしい美容院が入っているぐらいだから、当社の入居しているビルとは格が違う。当社の窓もそのビルの窓も広くて大きいので、お互い素通し状態であるが、そちらのビルの方は日当たりが良いわけではないのに几帳面にいつもブラインドが下りている。

社ダチのHPに書かれている内容と翌日彼から直接聞いた話をあわせて要約するとこうだ。その日の夕方若手社員が当社の窓から件のビルの二階のオフィスを覗いて騒いでいる。その日に限って天気が悪く暗いせいもあったかもしれないが、ブラインドが下りていなかったそうだ。彼が「何だ、何を見ているのだ」といって窓に近寄って向かいのビルの窓越しに見たものは・・・。

大画面テレビが三台並んでいていずれもスイッチオンになっていたそうだ。いくら大画面テレビでも二十メートルは離れているので、細部までは見えないが、大体の所は見える。なんと三台のテレビとも、男女が絡み合ってあえいでいる映像が映し出されていたそうだ。

しかも三台ともがそれぞれ違う画面であるということが認識できるし、よく目を凝らすとそのうちの一台は外人カップルだという識別もできたそうだ。といっても勿論あえぎ声までは聞こえない。

「ヤイッてめえら、勤務時間中に何を見ているんだっ!」 と心の中で叫んで、こちらの全員も固唾を飲んで目を凝らしたそうだが、どうも様子がおかしい。三台のテレビの前に一人ずつ男が陣取って、早回しにしたり逆回しにしたりストップモーションにしたりの操作をしていたそうだ。そのうちにギョヘーーッ、盆に茶を入れた女性社員がそれぞれの男性のサイドテーブルにコーヒー茶碗を配り出した。

しかもあろうことか、そのうちの男性の一人はテレビ画面を指差して女性社員に何かいったそうだ。女性社員もテレビ画面の方にじっと目を注いだ後、ニコリともしないで男性社員に返事らしきことばを投げかけている様子だったそうだ。

彼は窓を開けて怒鳴りつけたくなる衝動に襲われたが、消されたら大変なので怒りをグッとこらえて、目をコスリながら焦点を合わせて若手社員と一緒に見入ったということである。

しかしそこの社員達の勤務時間中の常軌を逸した熱心さはどうにもこうにも腑に落ちないので、こう考えたそうだ。あの会社はアダルトビデオにモザイクやボカシを入れるのを商売にしている会社ではないだろうかと。

そこで退社の帰途、そのビルに入っていき集合ポストをチェックしたら、二階のオフィスはアルファベットで記載された横文字の社名だったので、帰宅後にその社名の検索をかけた。日本のページではひっかからなかったが、海外の検索で見事にひっかかり、それはインターネットのアダルト提供サイトだったという話である。彼の出した結論はその会社の日本支社。

HPを読んだ翌日に 「なぜその時オレに教えなかったのだ」 と文句をいったら、彼の方がビックリして 「みんなであんなに騒いでいたのに気が付かなかったのですか?」。 オレの席は書棚の蔭の見通しの悪い席なのだっ! 何かざわざわしているなとは思ったが。

しかしその後がいけない。「でも教えたとしてもシャチョーにはもはや全く関係のない世界でしょ」。おおっ!いってくれるじゃねえか。そもそも社員たるもの、社の周辺で異常事態が生じた場合には、どんなことであってもシャチョーに報告する義務があるだろがっ!

その話を聞いた翌日から、双眼鏡を持ち込み引き出しに密かに仕舞ってある。
しかしながらそれから数日を経過するが、ブラインドはビッタシと閉まったままでそよとも動かない。

向うからのあえぎ声は聞こえないが、オマエ等のあの大騒ぎが向こうに聞こえたに違いない。


021011  ギャハハ! メッケッ!

一昨日のダブルノーベル賞。「日本も捨てたものではない、イヤたいしたものだ」 と小泉首相が威張っていたが 「へえ〜、横須賀高校ですか。それは知らなかった。僕の大先輩ですね」 といって喜んでいた。 因みに小生の高校の先輩の有名どころは前の青島幸夫東京都知事と漫画家の佃公彦氏。 ゴミのような後輩が自慢すべきことではないが、話題にはなる。

さて、小生が愛読していて毎度引き合いに出している「産経抄」の筆者。どんな人物なのか非常に興味があったが、全然分からない。
色々想像していた。ガハクにもわが想像した人物像を語ったことがある。 

「あの六十年安保の頃、産経だけが労組寄りの過激な記事を書いていた。例えば朝毎読が“昨夜のデモ参加者は三万人”の見出しの時に、産経だけは“デモに十万人(警視庁発表三万人)”の見出しが踊り、その記事内容にもわれわれ労働組合員は拍手を送っていた。今の産経抄氏は多分あの当時の第一線バリバリの記者だったのではないかと推測している。年齢的にも小生より四つか五つは上じゃなかろうか」。


産経抄氏は意図的かどうか分からないが、今まで一切自分のキャリアや年齢を匂わすような記事を掲載していない。
ところが昨日の同コラム、ノーベル賞受賞オメデトウの結文の所でポロッと尻尾を出したのだ。

【うれしいことがもう一つある。小柴氏の中学時代は校則破りの悪童だったそうだが、その中学、旧制神奈川県立横須賀中学校(現・横須賀高校)は、えへん小欄の母校である。それがどうした、何の自慢になるといわれればそれまでだが、ともあれ先輩、おめでとうございます】

名探偵明智小五郎がコレを看過する筈もない。早速「横須賀高校」のホームページの検索に走ったのだ。
現在の横須賀高校の校歌が生徒から公募したものであり、その校歌の作者である「三和義彦氏」なる名前をみつけた。

【昭和8年、海軍航空隊の戦闘機パイロット、三和義勇(よしたけ)少佐を父として鎌倉で誕生。・・・中略・・・逗子小時代は石原慎太郎都知事が1年上級生、俳優の裕次郎さんが1年後輩。横中・横高から一橋大学へ進学。昭和35年兼松株式会社勤務。昭和38年産経新聞入社。社会部記者を経て、ロンドン駐在欧州移動特派員(英国、スペイン、西独で修学)。帰国後、社会部、経済部記者を経て、産経とは姉妹会社の日本工業新聞社経済部へ転出。・・・後略・・・】

おう産経新聞入社だとっ! 匂うではないか。しかし確証はないし現職は大学教授とある。さらに検索していくと同窓生代表が校歌作者の彼との長時間インタビューを行い、彼の産経時代のことを聞いている部分がある。そしてその三和氏が産経新聞について語っていること。

【産経からロンドンに派遣された時は、大事件でも起きて本社からの指令がなければ、仕事はしなくてもよい。どこの国でも、自分で学校を選んで勉強していろ、というのが2年間の勤務条件。この留学生制度は、若干変更されましたが現在でもあります。将来、会社の制度で留学したいと思う生徒さんは、産経へどうぞ。因みに、産経の売り物の記事、「産経抄」を30年も書いている日本のマスコミ界の名文家で菊池寛賞を受賞された、石井英夫論説委員は、横高3期卒業の大先輩です。】

「石井英夫」論説委員! 横須賀高校出身。 小生よりは四〜五歳年長!

ギャハハーーーッ。めっけたのだ。こんなに苦労して探し出したのだし、HPの掲載記事の一部を引用しただけだから、まさかプライバシー云々のクレームはつくまい。

遠山の金さんか銭形平次か、はたまた、ある時は多羅尾伴内か。 名探偵の小生の目は欺けないのだ。 
何っ? そんなこと自慢になるかって! これは自慢になるのだっ!!

という指の根も乾かぬうちの後日談; ものは試し、氏名が特定できたところで「石井秀夫」で検索をかけたら「産経抄」絡みで出てくる出てクル。著書多数、顔写真まで。チョー有名人のようで知らなかったのは小生だけか? 
恥かしいので引っ込めようかと思ったが、ストック原稿のない今、この稿をUPしないと本日穴が開いてしまうのだ。目を瞑ってUP。



021010  楽しき哉、肉弾掲示板

ベルリンの壁が崩壊したのが一九八九年の十一月。丁度その日が「肉弾掲示板」の発会式当日であり、初代メンバーがガハクのアトリエでそのニュース画面に接したそうだ。小生がメンバーに加わったのは年が明けてからの三回目位からのことである。

この会は爾来十三年の長きに渉って続いている。毎月の最終金曜というのが原則であり、十三年×十二回ということは実に百五十六回の開催ということになる。会場は年に一・二回の忘年会や旅行を例外としてガハクのアトリエである。当然、主催者であるガハクとキタロは皆勤ということになるが、それ以外では小生の欠席二回という実績が突出している。

会は夜の八時位からボツボツと始まり、十時から十一時位にクライマックスに達して流れ解散となるが、ほとんどの場合は解散をイヤガル人間が残ってだらだらと朝までというパターンである。 

従って小生は仕事で遅くなった時も十一時になっても十二時になっても参加という姿勢を貫いてきた。まあ千葉を始めとしてとんでもない住まいからの参加者も多いのだから、チャリンコ三分圏内と地の利に恵まれた小生が出席率の良さを誇ってもあまり自慢にはならない。

最初の欠席は七〜八年前のアメリカ出張の時だから、これは不可抗力である。そして二回目の欠席が先月の最終金曜だったのだ。
この日は都心でどうしてもの約束で十一時まで足止めを食らった。普段であればそれからであっても午前零時半には駆けつけるのだが、翌土曜が早朝出勤だった。どうせいつものメンバー中の居残り組が鼾をかいているだけだからと思いさぼってしまった。


このマイナーな会がなぜこんなに長続きしているのか。もちろん主催者のガハクと、しっかりとフォローしているキタロの人徳によるところが大きいと、とりあえずいっておこう。

しかしもひとつの大きなモチベーションとして、男女比がほぼ半々であるということと、女性が二十四・五歳の美女揃いということを忘れてはいけない。男性軍は当然この美女に拝謁できるのが月一の大きな楽しみであったし、女性軍にしてみれば彼女らに比較すればグンと年老いた中年オヤジ軍を観察するのが面白かったのだろうと思う。ただしこれは発足当時の話。

十三年を経過して当然のことながらメンバーはそのまま歳を重ねた。オヤジ連がジジイになったのはどうでもいいとして、うら若き独身女性共が四十に手の届きそうなオバサンになってしまったのだ。その上あろうことか、かつては独身女性だった彼女等はそろいも揃って結婚してしまったのだ。

しかもしかもヒドイことに、中には子供が二人なんていうのがいるし、現在ハチキレそうな腹を抱えて出席してくる女性もいるのだ。
これではならじということで一年程前から会の若返りを企図して新メンバーを募ったが、なかなか楽しいメンバーが増え出した。
いずれも論客揃いの好青年である。ということは残念ながら男ばかりである。


然るに小生欠席の先月の金曜日、突如として独身のうら若き美女が見学を兼ねて参会したというではないか。
首尾やいかん、正式参加の可能性ありやなしやということを問うたら、キタロが 「アンタが欠席したのが致命的だった。残りのあのジイサン酔っ払い集団ばかりでは・・・」という悲観的な返事であり、その美女にも 「今日は欠席だけどメダマの男性がいるから」 とPRにこれ努めてくれたそうだ。  そして先日の夜、早い時間にどんママから電話で「お客様」。


誰だろうと思って出かけていったら、何とガハクとキタロが噂の新人美女を小生に引き合わせるためにお連れしてきているではないか。
深更に及ぶまで歓談。 別れ際にうっとりした目の若い美女が 「次回の例会でもよろしくお願いします」 といった。

ああ、楽しき哉「肉弾掲示板」。


021009  電源オフ週間

小生がサラリーマン一年生になった一九五五(S三十)年。
さすがに企業には電話が入っていたが、一般家庭での電話の普及率はまだ五十%に達していなかったのではないかと思う。
因みに特別貧乏ということもあったが、我が家に電話が入ったのはサラリーマンになって三〜四年たってからだったと記憶する。
電話が入ってからも、たまに蕎麦の出前などを注文する時、電話代が勿体無いからと蕎麦屋まで走らされたものだ。

当時は町を歩いていると至るところに 「テクテク行くよりモシモシ電話」 という電電公社のポスターが貼られていた。
それでも企業の中でもテクテク組が圧倒的に多かった。当時の小生の仕事は「走り使いの坊や」だったが、コマーシャルの入ったテープを放送局に届けたり、新聞広告の紙型を新聞社に届けたりするのはこれは仕方がない。

しかし「この資料を大至急届けてくれ」とか「この手紙を大至急届けてくれ」とか、紙切れ一枚で使いに放り出されるのは情けなかった。雨の日や雪の日は特にである。「こんなもの電話にねじ込んで何とかならないのか」と思ったものだ。
なにしろコピー機さえ登場していない当時のこと、FAXなどは夢のまた夢である。

その代わり街中は活気に溢れていた。
営業のサラリーマンが外を飛び回っていたし、新聞社や放送局に行くと競合会社の「走り使いの坊や」達と必ずガッチンコしていた。

やがて世の中は電話の時代に移り、テレックスの時代に移り、FAXの時代へと移っていった。そして現今のメール時代。
取引をするのに走り回る必要はないし「モシモシ電話」すらもがカッタルイ時代である。

昔は昼間でも都電や省線は移動のサラリーマンで混んでいた。しかし今は昼間の地下鉄などはうまくすると乗車と同時に座れるほどにガラガラであり、乗っている人種もサラリーマンよりは主婦や学生、遊び人風のヤングが圧倒的に多い。

それもその筈、大抵の用事は机の前に座って指バシャバシャで事足りるのだ。当社の場合も例外ではない。何しろ受注産業であるため、電話が鳴ってくれないことには商売にならないのだ。それでも一昔前までは電話が鳴って、それに応対する人間の話に耳を傾けていると「オッ仕事の引き合いだなっ」とか「でかそうな仕事だな」とかいうことが、様子で分かった。

その電話がめっきり少なくなり精神衛生にはなはだ悪いが、これは必ずしも不況のせいだけではなさそうである。
よく耳をすませていると、時々あっちこっちのパソからピンポーンとメール着信の音が鳴る。
それを受けた人間がたちまち忙しそうにパシャパシャと指を動かし出す。

「メールだけで仕事を済ますな。走れ」 とことあるごとにいうのだが、どうやらいう方が無理なようだ。
小生自身、目の前のメールが鳴りシメタと思って「メールでは何ですから今から伺いますから」 と電話でコールバックすることがある。

行けばメールをくれたA氏に会うだけでなく、在席していればB氏とC氏とD氏の所にも顔を出して営業してこようとスケベ根性を起こすのだが、肝心のA氏が 「イヤア、来て頂くほどのことはありません。メールで結構です」 と逃げてしまうのだ。
かくてビジネスマンは全て机の前。静かな日中の街が出現する。

いっそのこと交通安全週間ではないが、政府がオフ会ならぬ「パソ電源オフ週間」というのを二〜三ヶ月に一回位の割合で作ったらどうだろうか。 ビジネスマンは大慌てで街を右往左往、昼間の電車は超満員。喫茶店もサボリーマンで一杯。
少しは景気の刺激策にもなるような気がするが・・・。


021008  靴が鳴る♪

通勤激歩にはジョギングシューズというほど上等のものではないが、分厚いゴム底のそれなりの靴を利用しており、出社・退社の折に会社で履き替えている。正式に何という靴なのか、いくらぐらいする靴なのかということは猛妻任せなので分からない。

今の靴は通勤激歩を始めて以来三足目。今年の初めに買い換えたものである。始めたのが五年ほど前からだから、二年に一足というところだろうか。流石に一見頑丈な靴も、二年もこき使われれば底はペチャンコになるし、数箇所がよれて穴開き状態になる。

それでもまだ履けないほどではないが、猛妻が「みっともないから」といって勝手に新しいのを買ってくる。別に朝・晩の街中を歩くだけであり、それを履いて仕事に出かけるわけではないのだから「みっともない」もハチノアタマもないと思うが、自分の懐が痛むわけではないので黙認している。

ところが今回の靴、ひと月ほど前から気になっていたのだが、底の方でカラカラと音がするのだ。昔あったあのポックリ下駄というヤツのスケールを小さくしたような音が・・・。もちろん街中の雑踏を歩いている時は全く聞こえないし、気にもならない。しかし会社に着いてから、今日は格別客に会う用もないしと思って靴の履き替えをサボッたりした時、静かなオフィスの中を歩くとカランカランとかそけき音が足裏から聞こえてくるのだ。不快な音ではなく、どちらかといえばポックリ下駄に例えたように心地よい音である。

それでも歩いているうちに突然爆発でもされて足が吹っ飛んだら大変だと思い、半月ほど前に靴をしげしげと観察してみた。内側も外側も全く異常ナシである。でも靴を履いたままで足首を振るとカランカランと音がするし、靴を脱いで振ってみてもやはりカランカラン。
靴紐の先についている小さな金具の音でもない。何となく薄気味が悪いが製造工程で靴の中に何か紛れ込んでいたのだろう、最初から音がしていたのだが気がついたのが一月前だったのだろう、くらいに思って忘れていた。

ところが先日、会社の人間にいわれた。「何か私の後ろを通る度にカラカラと変な音がしますね」。
これはおかしい。自分だけでなく人にまで聞こえるということは、やはり絶対に音を出す物体が靴の中に介在しているに違いない。
ということで靴を脱いでも一度しげしげと観察してみた。靴の中に指を突っ込んで奥の方まで撫でまわしてもみた。異常ナシである。
外側もまだ九ヶ月くらいだから、新品同様とはいかないが綺麗なものである。

やはり靴底かと思って穴の開くほど観察してみたが、さすがに購入当初に比べればかなり減りが目立つとはいえ、まだビンビンに元気であり異常ナシなのだ。

それでもしかし、靴を振るとカランカランと音がするではないか。左右両方とも同じ程度の大きさの音が・・・。こうなれば意地である。何がなんでも原因を突き止めんものと汗を流しながら一所懸命振った。どうやら左右ともに靴底の踵の当りから音を発しているらしいということまでは判明したが、どんなに踵を睨んでも異常が見当たらないのだ。それでも執念深く、仕事などはそっちのけで靴を睨みつけた。

ん? ひび割れというほどのものではないが、踵部分の左右ともに糸をはりつけたような筋が見えるではないか。カッターナイフを刺すとスッと中の空洞部分に入り込んで行く。そのままではナイフの刃が折れてしまうので、次は金属製のペーパーナイフを突っ込んでその切れ目をこじ開けて逆さにして振ってみた。

何と三ミリから四ミリ位の小砂利がポロポロと落ちてきたではないか。
このコンクリートジャングルの中にこんな綺麗な小砂利が落ちているのだと思うと、何だか嬉しくなった。


しかし良く入りこんできたものだ。 床に落ちたソイツらをもとに戻すのが大変だった。



021007  漢和辞典の効用

国語辞典はもちろん、英和、和英を始めとする基礎的な辞書は一通り書棚に入っている。使う使わないは別として、飾りとしても必要だからだ。しかし最近は本当に辞書なるものは使わなくなった。必要を感じるのはこういう風にワープロを叩いている時だが、わざわざ書棚の前に行き、引っ張り出して、細かい字に苦労しながら該当個所を探し出し、更に拡大鏡の焦点を合わせて・・・という作業は面倒だ。
そんな面倒なことをしなくてもネットの検索で十分に用が足りるし、ずっと早いからだ。

ただしネット検索というのは、情報を提供している側が素人であるし責任もないということに留意しないと、時々とんでもない間違い情報があり、それをこちらで鵜呑みしてしまうという危険性を孕んでいるということを忘れてはいけない。

さて、今回の「ネッ川」こと「ネット川柳」。毎度紹介しているので簡単に記すが、前回のトップ得票者が次回の漢字一字のお題を出すことになっている。そして過去九回、回を重ねてきたお題を並べると 「顔・首・裏・気・下・人・玉・笑・嘘」。
いずれもこのコンテンツの狙いである滑稽川柳のお題として相応しいというか、滑稽川柳に展開しやすいお題であった。

前回のトップはというか、前回「も」トップは信州の友人の奥方。何しろ過去九回中の五回はこの夫妻のどちらかがトップを取っているのだ。投票者のセンスがいかに悪いかという本質的な問題には触れないでおこう。とにかくこの実績を引っ下げていい気になっているのだ。ときどき自分達のHPで「またトップ!」などと叫んで高笑いしている。そしてあろうことか今回出してきたお題が 「伝」。

過去九回のお題には滑稽川柳に結びつけやすいのみならず、それぞれの字に色々展開のバリエーションがあった。
しかし「伝」とは何事だ。「デン」か「ツタエ」しかないではないか。伝達とか伝言とか伝説とか・・・非常に狭い意味にしか使えないし本格川柳や俳句にならともかく、滑稽川柳に結びつけるのは至難の業である。

「どうだっ! オマエらの頭には難しいだろ。またトップは頂きだ」 という傲慢な信州面が浮んでくるが、幹事役の小生は大変だったのだ。メールや電話で 「難しい」 「広がりがない」 「ギャーッ!」 といったクレームが殺到したのだ。 「オレが出したわけではない。文句があるなら彼にいえっ!」 といえないのが幹事役の辛さである。しかるに当のご本人は早々と投句してきた。

ナルホド、悔しいが流石にオモロイ川柳になっている。もしかしたらというか多分、自分でこの川柳を作った後に 「その十七文字の中から川柳にするには一番難しそうな漢字」 一字を選んでお題にしたのだろう。彼の性格からすれば多分そうに違いない。

なんて悪口をいう前に自分のヤツを作らなければならない。 癪に障るから 「難しい こんなお題は 伝々無視」 という名句をものにしたが、投票者のセンスを考えるとこれはダメだ。そこで引っ張り出したのが埃を被った漢和辞典。 「伝」をひくとおうっ!! 
あるある。気が付かなかったことば、知らなかったことばがズラッと並んでいるではないか。 流石「漢和辞典」。

伝令/伝写/伝言/伝来/伝車/伝承/伝舎/伝奇/伝受/伝呼/伝法/伝達/伝述/伝乗/伝奏/伝発/伝単/伝染/伝送/伝馬/伝家伝称/伝逓/伝記/伝票/伝習/伝唱/伝授/伝達/伝教/伝道/伝統/伝聞/伝語/伝説/伝駅/伝賛/伝導/伝播/伝録/伝燈/伝騎

これで国語辞書のように「逆引き」の漢和辞典があればもっと面白いのだが・・・。 もしかしたらあるのだろうか?
それにしても「知らないことば」の多いことよ。思わぬところで勉強ができたと思って読み耽ったがそんな場合じゃない。
川柳を作らなければ・・・ということで今度こそはの名句を生み出した。

えっ? もちろんここには書かない。
信州の友人だけでなく参加メンバーは全員節操がないのだ。 全員から 「オレの句だあっ」 といって同じ句のメールが殺到する。


021006  面白空間

社ダチとその奥方を我が家に招待した。最初はオーソドックスに蛸、続いてイカ天、それからチーズ。次は粉ナシでじゃがいもを微塵切りしたものに粉チーズを振りかけて・・・。ころころとまんまるに仕上げて、これはうまい。
「腹一杯」というのでデザートはホットケーキミックスを水で溶いて中にジャム、お次はバナナ。これらもなかなかイケル。次はホットケーキミックスを薄目のコーヒーで溶いてタップリのバターで。えもいえぬ芳香の絶品。

「もうダメ」というので次回来訪時のバリエーション会議。
小麦粉には豚肉、挽肉、エビ、カニ、おかか、梅干、味噌。
ホットケーキミックスではパイナップル、リンゴ、餡、羊羹。議論白熱。
猛妻が突然ケタケタと笑い出した。
「何だ?」といったら「アンタ達そうやって食べ出してから三時間たってるわよ」。
ホントだっ!!  これはビックリ。この小さな面白真ん丸空間。

でもアイツら玄関を辞した途端につぶやいた筈だ。
「人を招待しておいて安上がりな接待!」。

021005  濡れ手に「泡」 の夢

昨日帰宅するとわが居室のパソ横にある電話親器の留守電ボタンが点滅している。配線の都合上リビングの方に子器を置いてあり、そちらの方には留守電を知らせる機能はついていない。 

小生に電話がかかってくることは夜中以外にはまずないので、留守電に入っているメッセージは猛妻宛と思って間違いない。しかし猛妻はわが居室に入ってきての留守電のチェックなどまずやらない。第一発見者は大抵の場合小生である。

台所で支度をしている猛妻に 「オイ、留守電が入っているぞ」 と教えてやると 「何よー、忙しいんだから聞いてよ」 という。
なんだか小生が悪者みたいだ。 「聞いてやってもいいけどプライバシーの侵害になるといけないからヤダ」 といったら 「何バカなこといってるのよお、じゃあ後で聞くからいい。いま手を離せないから」。

仕方がないからどうせたいした要件ではないと思ったが、メッセージボタンをプチッとして聞いてやった。
「世界文化社フォトライブラリーの○○と申します」のてきぱきした女性の声。


世界文化社というのは「家庭画報」でお馴染みの大手出版社である。小生のダチに紹介して貰ってそこのフォトライブラリーに猛妻の写真を置かせて貰っている。大分以前に一枚売れて二万円也の振込みがあって、一応猛妻がプロデビュー気取りになったということを書いた。
続きを聞いたら大変だ。 「本日、お預かりしている社交ダンスの写真について、目黒雅叙園様よりポスターとDMに使わせて頂きたいとの申し入れ連絡がありましたので、ご相談させて頂きたくお電話させて頂きました」。

何だとお。目黒雅叙園だとおっ! メジャーもメジャー、大メジャーじゃないか。
しかも前回のような雑誌記事のカットとはわけが違う。 ポスターとDMだとおっ! こりゃ大変だ。


も一度台所へ行って、うるさそうに振り向いた猛妻に 「あのなあ、タイヘンなんだぞ」 といって内容の概要を話した。
手を離せない筈の猛妻が両手を離して、濡れ手で人を突き飛ばしてわが居室に飛び込んで行った。追いかけるとさあタイヘン。
わがパソのキーボタンの上にメモを置き、留守電に耳を傾けながら濡れ手にボールペンを持って振り回しているではないか。

「オイやめろっ! キーボードに水をかけるなっ!」 と叫んだら 「ウルサイッ聞こえない!!」。

要件をメモし終わってから興奮状態のままで 「でもさあ、雅叙園て潰れたんじゃないの」 と聞く。確かに雅叙園の本体は現在会社更生法の申請中であるが、目黒雅叙園そのものは結婚式場もホテルもレストランも平常通りに営業しているし、相変わらず賑わっているのだ。

そういってやると 「でも前の時は黙ってお金を振り込んできただけなのにご相談って何かしら」 というので 「出版社だから残業しているかもしれない。電話してみろよ」 といったら大急ぎで濡れ手でダイヤルをプッシュした。 「たったいま退社しました」 といわれたそうだが、小生に向って 「なぜもっと早く留守電が入っているって教えないのよおっ!」 はないだろう。

本日帰宅したらリビングの机上がメモだらけで電話にしがみついて大声を出している。写真はスカートと足首だけが写っているものだがモノがモノ。使用する企業が企業だけに、被写体本人の了解をとって「肖像権」の問題をクリアしなければならないそうだ。
そんなこといわれたって選手権の時に撮った写真だから誰のスカートなのか誰の足首なのか分かるわけないのだ。

自分のダンスの先生や選手権の主催者に電話をして、スカートと足首の持ち主を特定すべく、まだ電話にしがみついている。選手権には世界各国からの参加があったのだ。もし外国人と分かったらどうする心算だろう。一千万円か二千万円かのおすそ分けと思った夢もダメか。

それにしても 「スカートと足首の肖像権」 ねえ。 ふーーーっ。

021004  内閣解剖

先日の「産経抄」の書き出しである。【「仰天人事だ」「おれも知らなかった」「こんなんじゃやってられない」「ヒトラーだ、ファシズムだ」…。小泉改造内閣が発足したが、小幅ならぬ“中幅”の小泉流改造人事に、与党や各派閥から不満や非難が噴出しているそうだ。】

「内閣改造はしない」と頑張っていた小泉首相であるが、こう足元からバタバタと火の手があがったのでは解剖せざるを得なかったのだろう。留任大臣はこの期間を経て悪事が露見していないということは、少なくとも清廉潔白な人達だと信じたいし、新任の大臣の中にとんでもないのがいて、またぞろ国会での裁判ごっこが始まらないことを祈るのみである。

今回の組閣については上記のようにいろいろ言われているが、そもそも過去の例をみても周囲から何も言われなかった組閣劇などは一度もなかった。

相談すれば相談したで「派閥人事」とか「派閥均衡人事」とか言われるし、今回のように派閥の領袖に相談なしに決行すれば「独裁人事」とか「ヒトラー」だとか言われるのだ。

何もやらなくても何か言われる。こうすればああ言われる。ああすればこう言われる。そんなことはいちいち気にしていられない。
リーダーたるものの宿命だと思って割り切るしかないのだ。その点今回の電撃的な改造劇は、事前の揣摩臆測もゴチャゴチャもなく分かりやすかった。従来の組閣にみられたようなどろどろは、民主党が代わってやってくれた。


これで日本の国の方向が少しでも良い方に向うのかどうか、日本の景気が少しでも快方に向うのかどうか、そんなことは分からない。
多少投げやりな言い方になるかもしれないが、どうせここまで混迷してしまった以上、結果論だと割り切らざるを得ないのではないか。


ここでも何度も書いているが、いま自分のやっていることが正しいことなのかどうかということは分からない。そんなことは歴史の判定に委ねなければ仕方がないのだ。だとすれば、いま自分が正しいと思ったことに向って邁進しなければ仕方がないではないか。
周囲から何と言われても、あざ笑われても・・・。わが敬愛するドン・キホーテのように。


小生小さな声でではあるが、先日ここに「支持」を表明してしまった。支持を表明した以上は是々非々ではなく、まるごとOKなのだ。
とはいっても勿論、今後とも是々非々は、単一のモノ・コトについては賛否があってブツブツ言うかもしれない。しかし、基本的にはシツコイようだが、支持と言った以上はまるごと支持する。

支持ということばの中には「是々非々」などというイイカゲンな語彙が入ってはいけない。半信半疑などというイイカゲンな言葉と同義である。半分信じるということは「疑っている」ということだし、半分疑うということは「信じていない」ということなのだから。


と、勢いよく書いたがなぜこんなに威勢よく書いたかというとここだけの話、ちょっと心配なのだ。でもいい。も一度声を大にして言う。「小泉首相よ、政界のドン・キホーテたれ」と。

それにしてもヒトラーという人物はたいしたものだ。死後六十年もたつというのに、未だに何かというとひきあいに出される。
今の世界をみてもアメリカにいてイラクにいて北朝鮮にいる。そして今回はとうとう日本にも出現した。インパクトとか記銘性とかいう点ではまさに第一級の人物といえよう。

こうなったら小泉首相も六十年・七十年後の日本で 「まるで小泉みたい」 と言われるように頑張ってはどうだろうか。

でも間違えても「政界のヒトラー」にはなって欲しくないが。

021003  マニュアル接客

多分マニュアルでこういう教育をしているのだろう。「お客様が入ってこられたら笑顔で“いらっしゃいませ、何人さまでしょうか?”」「笑顔でお席まで誘導しましょう」「席につかれたらすぐに水とメニューとお絞りを」「ご注文のお食事は必ず復誦確認」「ご注文のお食事は笑顔でテーブルに“お待たせしました”」「お客様がお帰りになる時は大声で“有難うございました。またお待ちしてま〜す”」。
なかなか結構である。その通りである。


さて、先日の会社の帰り、猛妻が写真教室のパーティに出かけるため一人で夕食を済ませて帰るようにと命じられたときである。
何を食おうかと思って歌舞伎町をぶらぶらしていると何となく雰囲気のよさそうな店構えの焼肉屋が目についた。
タイミングのよいことに突然焼肉が食いたくなった。自動ドアを入ると時間が早いこともあって、客は三組だけ、空いていた。


バイトかもしれないが若い女の子が 「いらっしゃいませっ。何人さまでしょうか」。 思わず後ろを振り向いたが自動ドアはもう閉まっている。 『ひとりに決まってるじゃないか』 と思ったがそうはいわずに指を一本立てる。

ニッコリ笑って大声で奥に向かって 「おひとりさまあっ!誘導しま〜す」。 『オイオイそれはないだろ。“ご案内します”の間違いだろう』 と思ったがそうはいわずに黙って誘導されて四人席に座った。 「ただいまメニューをお持ちします」 といわれたが、例によって社から歌舞伎町まで歩いてきたし暑い日でもあったのでかなりの汗である。  


『まずビール一本お願い』 というと、奥に向かって 「おビール一本!」。 殆ど間髪ナシのタイミングでやはりバイトかもしれないが若い男の子が盆にビールとグラスとお絞りを載せて運んできたのはよい。しかしグラスがふたつある。

?と思ったが、テーブルに置かれたグラスをみると片方には水が入っていた。 『あのなあ、俺は暑いからビールを頼んだのだ。あんたは何か? ビールを飲むときに水も一緒に飲むのか? 目障りで折角のビールが不味くなるじゃないか』 と思ったが、そうはいわずに黙って水の入ったグラスを少し押して前方に置いた。


ビールを飲んでいると今度はさっきの女の子の方がメニューブックを持ってきた。逆さに出されたメニューブックを引っ繰り返して睨んでからオーダーした。 「ハイ、有難うございます。焼肉定食がおひとつ。ナムルがおひとつ。単品で上カルビじゃなかったカルビの“並”がおひとつ。以上でよろしいでしょうか」。
『あのねえっ。隣で骨付きカルビを食べているアベックがクスクスとあざ笑ってるじゃないか』と思ったがそうはいわずに黙って頷いた。


ちっとも待たない。こっちはビールを飲みながら煙草を一服と思っていたのに、二人が入れ替わり立ち替りドカドカとオーダーの品を運んでくる。 「お待たせしました、焼肉定食でございます」 といって目の前、すなわちコンロの手前にハラミ肉とスープ椀と漬物と丼飯とデザートがズラッと占拠する。 

「お待たせしました、ナムルでございます」 といって置き場所を探していたが、こちらからみてテーブルの左前方に置く。
すぐに 「お待たせしました。カルビの“並”でございます」 といって置き場所を探していたが、あろうことかコンロの向こう側に置いてしまった。 それでオワリ。後はシラン顔である。


座ったままではナムルにはとても手が届かないし、ましてや火のついたコンロの上を通ってカルビの「並」を掴むのはこれはもう命がけである。 『俺が店主ならばマニュアル教育なんかしない。金を渡して“レストランに行って何でも好きなものを食ってこい。自分は接客サービス業なんだということを意識した上で、客の目として観察してこい”というのだが』 と思ったが、いわないで出てきた。

「有難うございました。またお待ちしてま〜す」。 『もう来ない』ってば。



021002  豚肉一揆

西友の札幌店。輸入の豚肉を国産豚肉と偽って販売してきた。そんなことは当たり前の慣れっこだから今更驚かない。
驚いたのは 「過去一年以内にお買い上げの方に全て返金致します」 の暴挙に出たことだ。この六日まで実施の予定だったが、ご存知の大騒ぎになって、開始早々にクローズに追い込まれ、昨日などはあおりを受けて臨時休業を止む無くされた。

何しろ日常的な買物であるからよほど几帳面な人以外はレシートなど保存している筈もないとあって、何とレシート無しでもOKなのだ。すなわち自己申告制である。まさかそんなバカはいないだろうが 「オレはこの一年で百万円の豚肉を買った」 と申告してもよいのだ。
企業サイドからみればこれは「お詫び」に名を借りた一大キャンペーンである。 「申し訳ありません。ウチも悪いことをしました。でもウチの企業は逃げたりシラをきったりはしません。キチンとお詫びして返金をさせて頂きます」。

ということで目論見通りにいけば企業イメージはグーンとアップ。
マスコミもじゃんじゃんと好意的な報道を流してくれるだろう。広告費と思えば一千万やそこらの投資は安いものだ。

しかも返金の金を手にした客はまさかUターンなんてことはあるまい。
その金を手にして店内に入り、さらに何がしかの金を足して商品を買ってくれるだろう。一挙両得とはこのことだと。

テレビ報道でご存知の通り、この企画は見事に失敗した。この一年間の豚肉売上総額は一三八〇万円、それに対して期間中の返金額が四九二八万円。すでに三千五百万円を越える赤字である。
もし約束通り今月六日までこのキャンペーンを継続したとすれば、西友札幌店ではなく西友の本体が瓦解してしまったに違いない。

騙す企業と騙す消費者。テレビの画面に写る大騒ぎの茶髪の若者の大集団をみて、愕然とした。日ごろ一所懸命若者に肩入れしている小生であるが、一体これはどういうことなのだ。

「会社も休んで駆けつけてきたのに中止とはどういうことだ」 だって。 一体全体あんたの会社はどんな会社なのだ。
あんたはその会社で仕事をしているのか。挙句の果てに暴行で逮捕者までが出る騒ぎに発展した。


この問題 「もっと真剣に議論し検討する必要がある」 と話してガハクと意見があった。
地方都市の一問題としては片付けられない由々しき問題である。民主主義とは何か。これが民主主義国家を自認する国で起こってよいことなのか。民主主義の根幹は 「自分の行動に自分で責任を持つ」 人間の集団の筈ではないか。
拉致問題や現今のアメリカの問題に演繹して考えることもできる、非常に根幹的な問題の一現象に過ぎないと。


ガハクが嘆いた。 「それにしてもこの国の民度の低さよ。どうしてこんなに民度の低い土壌に真の民主主義が育つのだ」 と。
しかし小生はスグに反論した。 

「札幌でこんな騒動が起きたからといって、日本人の民度の問題にするな。これは北海道人の民度の問題だ。現にそこの西友だってやっているに違いないが、仮に“先着千名様に一万円払い戻し”というキャンペーンをやったとしてもオレは堂々とは並ばない。良心の呵責に苛まれながらコッソリと並ぶ。最近の北海道の不祥事の多さを見ろ。北海道人の民度が低いからといって、それを日本人全部にすり返るなんて豚でもない話だ」 と。


ただし北海道人の方、いらしたら気を悪くしないで頂きたい。これはジョークである。
日ごろ二言目には「四国人は」といって小生のことをバカにする、北海道人のガハクに対するリベンジというか個人的中傷なのだから。


021001  バグダッド

皆さん。「バクダッド」というとどんなイメージを想い浮かべるのだろうか。
小生の場合まず想い浮かぶのが「アラビアンナイト」である。といっても世界三大艶笑文学とされる「千一夜物語」の中でも子供の頃に読んだお子様向けの方のヤツ。例えば「アラジンと魔法のランプ」とか「シンドバッドの冒険」。

そしてやはりガキの頃に見た映画「バグダッドの盗賊」。さらには十年程前に観たあの名作。
ジャック・パランスが老画家を演じた「バグダッド・カフェ」。いずれも荒涼とした砂漠の中での「夢幻の世界」のイメージである。

そのバグダッドがイラクの首都であるということは知っていても、イラクとバグダッドという結びつきには違和感を禁じえない。
ついでにいえばメソポタミア文明発祥の地であるということも、チグリス川、ユーフラチス川がイラクの国内を縦断してペルシャ湾に注いでいるという事実も、小生の持っているイラクのイメージとは極端にかけ離れている。


悠久の時の流れの中にあって、悠々たる静寂の砂漠をイメージさせるべきイラクという国がいま世界の中で最もキナクサイ。世界の火薬庫であるといっても過言ではない。
ところがこの火薬庫にあろうことかアメリカが「正義のたいまつ」を振りかざして乱入しようとしている。


現在のイラクという国が、フセインという人物が、本当に危険であるのかどうか、ブッシュがいうように、フセインがあのテロの蔭の仕掛け人であるのかどうかは小生如きが知る由もないが、とにかく戦争は止めて欲しい。イラクはイラク、アメリカはアメリカでお互いに静かにしていて欲しい。

メソポタミア文明からの悠久の時の流れと比較すれば、お話にならない位の短い時間で、話し合いによる解決が可能かもしれないではないか。非常に困難ではあっても。
アメリカは、というかブッシュは、何故に世界世論に敵対してまであせっているのだろうか。

先日ガハクのパートナーのキタロからメールを頂戴した。なんでもフランスの人形劇団が政治家の人形を使って出演しているテレビの人気風刺番組があるそうだ。そして今、ブッシュ人形がマイクを持って登場、ロック歌手よろしく 「We are the world」のメロディで歌う替え歌が、爆発的な人気を博しているということである。

音楽には全くといってよいほど関心がなく造詣皆無の小生であるが、十数年前に世界のロック歌手が集まって、アフリカの飢餓を救うために開催されたこのチャリティショーのことは知っている。
この替え歌、ご存知の方もいらっしゃるかもしれないが、スサマジク面白いので紹介させて頂く。


♪ 世界なんてクソくらえ  子供なんてクソくらえ ♪
 森や海のことなんか 知ったこっちゃねえ  平和なんてクソくらえ ♪
♪ 
世界はアメリカのためにある  みんな アメリカのために働こう ♪
 私のために 私のために  アメリカの美学のために働こう ♪


いやあ、笑ってしまう。笑える状況でないことは重々承知しつつも吹き出してしまうではないか。それにしても流石フランス。お洒落である。この番組、当然アメリカでも放映されているのだろうな。もしかしたらブッシュがホントにマイクを手に持って合唱しているかもだ。


ところでこの替え歌に題名はついているのだろうか。
小生がつけるとすれば当然 「I am the world」 だが。