この小説「目線」は、〔山と渓谷社〕の別冊、「ポカラ誌」の百万円懸賞応募小説に応募、

応募総数三百六十編強の中から十二作品のノミネートに残った作品です。

 同誌の1999年5月号に、落選が発表され、ノミネート通過作品として作者名だけが印刷されたものであります(泣)。 選者は椎名誠氏他。

 この間の詳細については 「零細企業の哀しい社長--12 作家になりそこなった」 に記述してあります。

  原稿用紙の段落ルールを無視して、極力読みやすいように工夫はしてみました。

しかしハッキリ言って、モニターでは読みにくいし、ヨコ書きというのも本意ではありません。

 でも、自分の記録のために、死んじゃった時の片付けで大切にしまってある原稿を捨てられてしまった時のことを考えた上で、

世の中に残る方法として、ここにへばりつけました。

百万円取りそこなった罰として、ここに終身 「磔」 の刑に処します。

  もし、何もすることがなくて、何も読むものがなくて、退屈だというようなことがございましたら読んでやって頂ければ幸甚です。

  


 
 実はこれに関しては、小生にとっては大変な後日談が発生しました。

詳細に関しては 「零細企業の哀しい社長」 〔47 タタ・タ・タ・タイヘンだ 01/07/27〕に記述させて頂きました。

                                                      
2001年7月27日




   小  説   目    線

一. 少  年
二. 停  年
三. 上  海
四. 探  索
五. 目  線



  一、 少  年         

 
その日の早朝にも少年は佇んでいた。
大きく 「くの字」 型に曲がった車道に沿って歩道が走り、その歩道の内側にある庭を包み込むように高い石塀がやはり 「くの字」 の形で急な坂を下って来る道。その坂道の一番下、石塀の切れるあたりで少年は佇んでぼんやりと坂の上の道路を見上げていた。
チャッピーが姿を消してからもう半月にもなるだろうか。
「必ず帰って来るよ、大丈夫」 という父や母のことばも、その四〜五日前から聞かれなくなってしまった。というよりは父も母も、少年の前では意識してチャッピーのことを話題にしないようになっていた。 
それでも少年はこの場所で毎朝、急な坂の上の道路を見上げながらチャッピーが帰って来るのを待っていた。その日は上海には珍しい小雪のちらつく朝で、寒さをしのぐために被っている少年の防空頭巾の上はうっすらと白くなっていた。

少年の背後のアパートの二階の窓が開く音と同時に
「秋ちゃん寒いわよ。おうちに入りなさい」 という母の声が降って来た。
振り仰いだ少年の目に、寝巻の襟をかき合わせながら窓から首を出している母と、その後ろで母の肩を抱くようにして立っているパジャマ姿の父の姿が写った。
上海の日本人租界。瀟洒な煉瓦造り三階建てのアパートが建ち並ぶ 「くの字」 に曲がった塀が終わる所の二階が、少年と父と母が住んでいる一室である。
いま母がのぞいている窓の向かって右側の煉瓦の一枚だけが半分ほど抉れていて、新築同様のそのアパートに違和感を与えていた。何でも悪い中国人を追いかけた巡査が発砲した時の流れ弾の痕だという話だった。
終戦の翌年の二月の話である。少年一家はその十日後には引揚船に乗れることになっていた。第一陣に近い早い引揚げである。

終戦の前日までは、正確にいえばあの玉音放送のあった日の午前中までは、少年達はその界隈を自由に走り回っていた。もちろんいま少年が見上げている坂の上の道路の方も、かくれんぼや戦争ごっこのエリアであった。
しかしあの日の午後から、子供が一人で出歩ける範囲は親の目の届く所までと厳に決められた。いま少年の佇んでいる地点が、子供達に許された行動範囲の境界線である。

あれは終戦の二〜三日後のことだったと少年は記憶している。父と昵懇で公務のない日は必ずといってよいほど遊びに来ていた正田憲兵大尉が夜遅く、いつものようにチャッピーを連れて青ざめた顔で尋ねて来た。
「やはり明日出頭だ、もう逢えないと思う。どうしても処分出来ない、すまんがコイツを頼む」 と。
母がワッと泣き伏し、父は唇を噛んで下を向いた。正田大尉が戦犯として引っ張られたということを少年が知ったのは、引き揚げたずっと後で母から聞いたことである。
その時正田大尉が 「秋坊、チャッピーを頼むぞ」 といって、いつものように高々と抱き上げてくれたのが最後であった。

アパートの玄関で靴を大きく鳴らして敬礼をして出ていった正田大尉を、いま父と母が顔を出している窓から見送ったが正田大尉は一度も振り返ることなく、 「くの字」 に曲がった坂の上の道路の方へ、軍靴を響かせて消えて行った。
ワンワンと吠えるチャッピーの鳴き声だけが夜の闇にこだましていた。



どうしても続きを読みたい 続きを読んでやってもよい 止めた。帰る!